職場のストレスの多くは人間関係

「職場ストレス」の原因は?といえば、古今東西を問わず真っ先にあげられるのが「職場の人間関係」ではないだろうか。
ではなぜ「職場の人間関係」がストレスになるのか?というと、それは人それぞれ性格や価値観が異なるために、一緒に仕事を進めてゆく上で、「コンフリクト(対立・摩擦)」が起こってしまうからだ。
欧米では仕事上のコンフリクトは、オープンな場でもって、徹底的に議論を戦わせて(=ライトファイト)コンフリクトを解消しようとするが、日本の職場では多くの人が議論ベタなうえに、ガチの議論は「職場の和」を乱す行為として忌避される傾向が強いため、水面下で個人間のドロドロとした怨恨に発展してしまうこともある。
対人コミュニケーションスキルだけでは人間関係は改善しない
こうした個人的因縁が「ハラスメント」や「離職」につながったり、また「職場のモラル」を低下させたりしてしまうために、米国を中心に科学的な調査と研究にもとづき、対立解消のための「コンフリクト・マネジメント」や、円滑なチームプレーを促進するための「ファシリテーション」などの対人コミュニケーション・テクニックが開発された。
もし職場のメンバーがこれらのテクニックを学び、適切な対人コミュニケーションスキルを実践することで、本来であればとっくにどの職場の人間関係も改善されてそうなものだが、現実はなかなかそうは簡単にはゆかないようだ。
私の職場でも大なり小なりこういった問題は存在するが、会社の人事に携わる者として「なにかよいヒントはないものか・・・」とあれこれキンドルを漁っていたら、とても興味深い本を見つけたので、ぜひ紹介させて頂きたい。
「空気を読む人・読まない人」の紹介
これは大阪大学院教授の老松克博先生が上梓した「空気を読む人・読まない人~人格系と発達系のはなし」(講談社現代新書)というタイトルの本だ。
この本の中で老松先生は「世の中の人間の思考や行動パターンは『人格系』と『発達系』の2つに分類され、これらのタイプが互いに反目しやすい特性を持つがゆえに、職場や家庭においてコンフリクトが発生するのだ・・・」と述べている。
さらに「人間同士のいさかいのほとんどは『人格系』と『発達系』の対立から生じる」とも仰っていたが、これら2つのタイプの主な特徴をそれぞれまとめると概ね次の通りだ(一部筆者の意訳あり)。
「人格系」の特徴
- 世の中の「多数派」であり、多くの人は「人格系」の傾向が強い
- 「調和」や「協調」を好み、ゆえに「聞き上手」であり、「自己主張」を抑え、「他者の同意」を得ることを重視する
- 「集団のメンバー」として受け入れられることが大切であると考えており、相手の都合や価値観に合わせることに腐心し、頼まれたら断わることができない
- 「相手からどう思われているか?」ということを気にするあまり「場の空気」に敏感で、不必要に目立たないように、万事において控えめに振る舞う
- 仕事も趣味も「常識」の範囲で行い、失敗することや恥をかくことを恐れるあまり、言動が慎重で引っ込み思案(良くいえば「大人」)である
- 職場では服装、言葉遣い、行動パターン、話題などが周囲と一緒でないと安心できず、孤立を恐れて常に群れたがる
- 常に周囲から「同調圧力」がかかっていることを意識しており、そんな自身に「自己嫌悪」しつつも、ひたすらガマンしている
- ガマンが限界に達してしまうと、他人に対する態度だけではなく、自分の感情もコントロールできなくなり、突如怒りを大爆発させる
「発達系」の特徴
- 圧倒的「少数派」だが、意外に身近にいることが多い
- 「調和」や「協調」は大事なことだとは考えておらず、むしろ強い信念のような「マイルール」にもとづき、「マイペース」で行動することを重視する
- 誰に対してもフランクに接するが、原則として他人との距離感も「マイディスタンス」であり、特に必要の無い限り他人とは一定の距離をおいて付き合う
- 素直で屈託のない性格であり、かつ創造性に富んでいて直感も鋭いが、「場の空気」を読まずに「正論」をぶつけてくるので、集団の中では浮いてしまいがち
- 「マイワールド」があり、仕事や趣味の関心の範囲が狭いが、それらを徹底的に追求しようとするので、時々周囲があっと驚くようなことをやってのける
- 流行りのファッションやスラングには興味を示さず、周囲と違おうが全くお構いなしに「マイスタイル」をつらぬく
- 思いついたらすぐに行動し、エネルギッシュで疲れ知らずだが、たいていは思いつきで突っ走るため、他人のひんしゅくや恨みを買ったりすることも多い
- 竹を割ったような後腐れのない性格だが、直情径行で喜怒哀楽が激しく、いったんキレると「キレ方」も徹底しているため、手がつけられなくなる
なぜ人格系と発達系は衝突するのか?
老松先生の著書では、より具体的かつ詳細に解説されているのだが、読者のみなさんはご自身が「人格系」と「発達系」のどちらの特性が強いと感じられただろうか?
最後に老松先生は「なぜ『人格系』と『発達系』がぶつかるのか?」ということを、こういう両者の特性の違いによるものとしている。
1,「発達系」の無遠慮でストレートな物言いに対し、「人格系」のガマンが限界に達し、とうとう怒りを爆発させてしまう。

職場の和を乱さないようにガマンしてきたけど、いい加減にしてよ!
2,突然の「人格系」の怒りに対し、直情径行の「発達系」も反射的にキレ返す。
端的に事実を述べただけなのに、なんで逆ギレしてんだよ!

3,「発達系」に逆ギレされた「人格系」は、最終的に呆れ果てて「発達系」を無視するようになる。

・・・(なにいってんの、逆ギレはそっちでしょ。もう関わりたくない)
4,このようにしてマイノリティの「発達系」は職場の中で浮いた存在となってゆく。
(ちょっと気に食わないと「既読スルー」かよ・・・。勝手にしろ。)

ゆえに、職場においてそれぞれのメンバーが「人格系」と「発達系」のどちらの傾向が強いのか相互に確認しあい、相手の傾向に合わせてどのようなコミュニケーションをとるのが有効なのかを検討する、といったワークショップを開催してみたら、職場の人間関係の改善に効果があるかもしれない。
お互いの特性を理解して適切なコミュニケーションを心がける
以前、なにかのTV番組で、個々の社員の思考や行動の特性を「動物占い」にあてはめて、人事異動や社内コミュニケーションに役立てていた企業が紹介されていたことがあった。
その中で特に印象的だったのは、事前に社内にきちんと説明したうえで、全社員の名札にそれぞれの社員の特性を表す「動物シール」を貼り、社員同士がお互いに相手のタイプに合ったコミュニケーションを心がけることで、職場の雰囲気が劇的に改善した、という事例だった。
さすがにこの事例のように何種類もの動物の特性パターンを覚えるのは難しいとは思うが、「人格系」と「発達系」の2つであれば、すぐにでも職場で活用できそうだ。
なお、昔からよくある「見ざる・言わざる・聞かざる」といった態度でコンフリクトそのものから目を背けたり、「遠回しに伝えて察してもらう」などといった受け手に期待するような対応は、職場の人間関係の改善にはなんら役に立たない。
従来はこういった日本の伝統的な「奥ゆかしさ」が美徳とされてきたが、そんな「腹芸」をビジネスの現場で持ち出すような国は、世界広しと言えども日本しかない。
もし日本がかつての「鎖国」に戻ろうというのであればまだしも、超高齢社会と人口減少時代が深刻化している状況において、もはやグローバルな連携なくして日本は存続できないのだから、コミュニケーションのやり方もグローバル基準に合わせるべきだ。
事業計画の共有とライトファイトが対立解消のカギだ
では具体的に職場においてはどのようにすればよいか?というと、まず第一に全社的にお互いの部署の「職務分掌」と「年間事業計画」を共有し、相手の置かれている立場や抱えている事情をよく理解することから始めるべきだ。
そしてコンフリクトが生じてしまったら、「誰」が言っているのかではなく「何」を言っているのか、ということに注目し、「人を責める」のではなく「やり方を攻める」という観点から、対立解消のために建設的な議論を行うべきだ。
残念ながら日本の学校教育では「論理的思考力」を養うトレーニングを行わないため、多くのサラリーマンは絶望的なくらいに建設的な議論がヘタクソであり、すぐに仕事上の意見の相違を「アイツが」「コイツが」といった個人の感情的な対立に発展させてしまう。
かつて私が若かった頃、私に対して何かとケチをつける上役がいて、思わず「なぜ私ばかり目の敵にするんですか!」と噛み付いたことがあった。
しかしその上役いわく、「べつにオマエ個人には何にも無いねん。それよかオマエの仕事のやり方がアカンゆうとるのや。それを直せば済む話やないか・・。」と、なかば呆れ気味に言われてようやく目が覚めた・・・という経験がある。
「人格系」と「発達系」の対立は、思考や行動特性の違いであって、「事業拡大を重視するのか」それとも「収益性を重視するのか」といった事業戦略情の齟齬ではないので、仕事のルールと上手な議論の進め方を社内で教育することで、職場内の無用な対立を解消し、職場の人間関係も大きく改善されるのではないだろうか。