人事部長のひとりごと・・・

頑張っても職場で評価されないときは・・・


なぜ会社には人事評価制度があるのか?

サラリーマンにとって「人事評価」はつきものだ。

かくいう私自身も、かれこれ25年以上もサラリーマン稼業をやってきて、「人事評価」のたびに上司から査定されたり、また部下の仕事ぶりを採点したりしてきた。

「他人を評価する」ということはなかなか難しいものだが、それにしてもなぜサラリーマンの世界には「人事評価」などというものがあるのだろうか?というと、それは従業員を会社の望むような人材に育成するためだ。

最近の人事評価のトレンドは「コンピテンシー評価」という、「仕事のデキる人」の思考や行動のパターンを職種別もしくは役職別に体系化し、それと自社の社員の日ごろの仕事ぶりを照らし合わせて採点する方法だ。

そして従来の「ノルマの達成度」といった「目標に対する実績評価」と先の「コンピテンシー評価」を併用したモノサシでもって、個々の社員に対して「あるべき姿」と「現在の姿」を比較し、ギャップを本人に自覚させることで、考え方や行動の変化を促す仕組みになっている。

不本意な人事評価は避けられない・・・

もっとも人事評価というものは「不完全な人間」が「不完全な他人」を評価して採点するという行為である以上、世の中には「完璧な人事評価」などというものは存在しない。

評価される側はともかくとして、評価を行う上司だって「全知全能の神」ではないのだから、どうしても人事評価の精度にバラツキが生じる。

また会社の評価の基準やルールだって、全く非の打ち所がないくらいに完成された人事評価制度など、いまだかつてお目にかかったことはない。

よって人事評価を行ってゆく上で「自分の評価に納得がゆかない!」というように本人にとって不本意な評価が生じてしまうケースは珍しくない。

ゆえに「当社では最初から人事評価は行わない」などという会社も存在するが、やはり多くのサラリーマンは自分が頑張った成果を正当に評価して欲しいと思っているのだから、なるべく客観的かつ公平な人事評価制度を整備しておくことは必要ではないかと思う。

自分の人事評価に納得できないとき

ところでもし自分の人事評価にどうしても納得できない時はどうすればよいのだろうか?

答えはふたつ。

ひとつは「上司が自分に求めている仕事ぶり」について、今一度よく考えて、自らの行動を改めてみることだ。

「不本意な人事評価」となってしまう原因は、「自己評価」と「上司の評価」に認識のギャップがあるからであり、簡単にいえば「上司が本人に求めている仕事ぶり」と、「本人が良かれと思っている仕事のしかた」に大きな食い違いがあるということである。

よって「人事評価面談」の際に、上司が自分に対してどのような役割や成果を期待しているのか具体的によく確認し、自分の「努力の方向性」がズレていないか、冷静に検証してみることをオススメする。

そして上司の意向に沿うように日頃の言動を改め、上司が期待するような成果をあげ、さらに上司と常に良好な関係を築くように心がけることだ。

こうやって「上司が、上司が・・・」というと、「上司の方ばかり見て働くのはどうか?」という人もいるかもしれないが、会社組織においては自分の評価を行う権限をもっているのはあくまでも上司なのだから、こればかりは割り切るより仕方がない。

それでもやっぱり自分の評価に納得できないときは?

「サラリーマンは上司に好かれてナンボ・・・」とはいえ、世の中にはどうしてもソリの合わない上司もいるし、また大して実力が無いのに勤続年数が長いというだけで管理職のポジションに居座っている上司もたくさんいる。

そんな困った上司達であっても、彼らもまたサラリーマンであることには変わりないので、上手くゆけばそのうちどこかに転勤して、新しい上司に代わる可能性もある(ただし後任の上司が有能であるという保証はないが・・)。

しかし、たとえば転勤先が無いような小さな会社だったり、そもそも勤務先の「経営理念」や「職場風土」そのものが自分の価値観と相容ず、どの上司にあたっても納得できるような評価が得られないような場合にはどうしたらよいのだろうか?

もうどうしようもない場合には仕事をする環境そのものを変えてしまう・・・つまり「転職」してしまえばいいというのが、ふたつめの答えである。

人事評価のあり方について認識を改める時だ

「現役の人事部長がそんなこと言っていいのかよ!」などと叱られそうだが、冒頭で述べたように人事評価というものは不完全なものであるがゆえに、職場の風土や上司との相性によって「天と地ほども変わる」というのは事実だ。

ましてや今や企業の「平均寿命」は20年にまで短命化し、一方では「定年延長」によってサラリーマン人生は長期化しているので、本人の好むと好まざるに関わらず、誰もが社会に出てからリタイアするまで1~2回の転職を余儀なくされる時代だから、この選択は決しておかしな話ではない。

そして最もしてはいけない選択は「人事評価を気にせずにマイペースでその職場で働き続ける」ことだ。

かつてはそんな生き方も許されかかもしれないが、現代においてはそのような社員は「ぶら下がり社員」というレッテルを貼られて、有事の際には真っ先にリストラされてしまう。

よってサラリーマンとして働き続ける以上は、たとえ勤務先を変えてでも、社内の平均点以上の評価ランクをキープし続ける必要があるのだ。

私の尊敬する経営学者のドラッカー博士はこんな名言を遺している。

組織が腐っているとき、自分が公平に処遇されないとき、成果を正当に認めてもらえないとき、そんなときはその職場を辞めることが正しい選択である。本物のキャリアを築きたいのであれば、そのような組織の出世なんか大した問題ではない。

それともうひとつ・・・これは作家の橘玲さんの言葉だ。

従来の日本社会は「もし華を咲かせられなくても、自分に与えられた場所で精一杯頑張りなさい」という考え方だったが、これからは「華を咲かせられそうな場所に移動し、自分にふさわしい場で大輪の華を咲かせよう」という時代に変わります。

これまでの人事評価は多少粗くて不正確であっても、終身雇用と年功序列といった日本特有の雇用制度によって、従業員の不公平感や不満をある程度は吸収できたが、これからは短期的成果を公平に評価し、ダイレクトに処遇に反映させないと、有能な人材ほどあっという間に他社に移ってしまうだろう。

社内評価よりも社会的な評価を重視しよう

「社内での評価」も大切ではあるが、これからは「社会的に自分の評価はどれくらいなのだろう?」ということを意識し、人材マーケットでより「高い値段」で取引されるように絶えず自分という商品の価値を高めてゆかないと、次の時代を生きてゆくことは難しい。

自分の市場価値を高める一番手っ取り早い方法は、なんでもいいから社外勉強会に参加し、自分の目標となる人を見つけ、その人の物の考え方、仕事のスタイル、取得している資格、社内外での肩書、他人との接し方など、あれこれと真似てみることだ。

そして昔から「朱に交われば赤くなる」というように、むしろ自分が「染まりたい」と思うような人達の中に身を置き、プラスの刺激をたくさん受け続けているうちに、自然に自分自身のスキルやマインドが磨かれてゆき、やがて社会的な評価もアップして人生が好転し始める。

この法則は間違いないので、もし「自分もそういう人材なりたい!」と思ったなら、今、この場で考え方や習慣を改めよう。

最後までこの記事を読んでくれたあなたなら、十分その資格はある。

絶対に保証する。

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