パワハラ被害は他人事ではない
パワハラ経験の有無
(厚生労働省「明るい職場応援団」より転載)
これは厚生労働省がパワハラ被害者に行ったアンケート結果をまとめたものです。調査対象の労働者のうち、パワハラを受けた経験のある人は全労働者中の3分の1、パワハラ現場を目撃したことのある人も3分の1存在します。
つまりパワハラは決して他人事ではなく、いつ自分の身に降りかかってくるかわからない非常に身近な問題となっています。
パワハラに遭ってどうしたか?
(厚生労働省「明るい職場応援団」より転載)
実際にパワハラ被害を受けた人のうち、パワハラに対してどのように対応したか集計したものです。驚くべきことに40.9%もの人が「何もしなかった」と回答しています。逆に社外の専門家や公的機関に相談した人はごく少数です。
他にも「退職した」「しばらく休んだ」などの消極的対応を含めると、大部分の人がパワハラに対して泣き寝入りしている実態が浮かび上がります。
パワハラ被害の救済制度
個別労使紛争解決制度(ADR)
「個別労働紛争解決制度(ADR)」とは、訴訟(裁判)に発展する前の段階で「都道府県労働局が労使間の紛争解決のお手伝いをしますよ」という制度です。
労使間であっても、労働組合を通して使用者側と紛争を争うことを「集団的労使紛争」といい、労働者個人が直接使用者に対して権利の保全や処遇改善を求めることを「個別労使紛争」といいます。
個別労使紛争解決制度は、「労働相談」「助言・指導」「あっせん」という3段階でもって個別労使紛争を解決する仕組みになっています。
労働相談
個別労使紛争を扱うことのできる特定社会保険労務士が、労働者の相談にのります。
助言・指導
労働局が使用者側に労働者の要望を伝え、「いちどお互いに話し合ったらどうですか?」という趣旨のことを助言・指導してくれます。ただし法的な強制力はありません。使用者側がこれに応じるかどうかは使用者側の任意です。
あっせん
指定された日時に労使双方が労働局に出頭し(鉢合わせしないように時間をずらすことが多い)、労働局が委嘱した特定社会保険労務士に、それぞれの陳述書(言い分)を提出します。ただしこれに応じるかどうかは双方の任意です。
そもそも「個別労使紛争解決制度」は労使紛争を解決するための制度であり、パワーハラスメントを解決するためのものではありません。
しかしパワハラの加害者に経営者や職場の上司が多いこと、またパワハラ環境を放置した使用者責任を問うという趣旨から、「個別労使紛争解決制度」を利用しているのが実情です。
公益者通報保護制度
「公益通報者保護法」は社内の不祥事(内部不正、パワハラ、セクハラ)を、「社内の通報窓口」「官公署」「マスコミ」などに内部告発した社員を保護するための制度です。
社内の通報窓口
パワハラの場合は社内の通報窓口もまた管理職であることが多く、パワハラ加害者と通じているケースが少なくないため、根本的な問題解決は期待できないでしょう。
官公署
労働問題の所轄官庁といえば「労働基準監督署」ですが、労働基準監督署の場合はあくまでも労働基準法違反について対応しますので、パワハラ行為そのものに対しては「民事不介入」の立場を採ります。
ただしパワハラによって「違法な長時間労働を強制された」とか「残業手当を支払ってくれない」「精神疾患を発症したので労災認定して欲しい」というような、労働基準法に関わるケースであれば動いてくれるでしょう。
もし問題解決のゴールとして「退職」を考えているのであれば、「ハローワーク」に相談しておくことをお勧めします。それは「会社都合退職」か「自己都合退職」かで、受給できる失業保険の条件が大きく変わるからです。
多くのブラック企業では、パワハラで労働者を退職に追い込んでも、あくまでも「自己都合退職」として開き直ることが一般的です。しかしハローワークが「特定受給資格者」として認定すれば、失業保険の受給については「会社都合退職」と同等の扱いとなります。
マスコミ
マスコミにリークする場合は、企業側から「名誉棄損」で告訴される可能性がありますので慎重に行って下さい。
この場合「公益性」と「客観的事実」の有無がポイントです。特に「公益性」の部分ですが、パワハラが社内で常態化していて、それによる早期離職者が相次いでいる場合は、仮に会社側が名誉棄損で訴えてきても「公益性あり」と判断され、通報者が保護される可能性が高いです。
労働弁護士・労働組合
最終的に頼りになるのは弁護士です。弁護士以外にも社会保険労務士という労働関係法令のスペシャリストがいますが、彼らは紛争に発展した事案を扱うことができませんので、あくまでも一般的な労働法上の取り扱いを解説するだけです。
ただし弁護士にも企業側の弁護士と労働者側の弁護士(労働弁護士=ろうべん)がいますので、事前によく調べてから訪問するようにしましょう。
社内に労働組合があれば、労組に相談してみましょう。また社内に労組が無くても、社外の地域労組で相談にのってくれます。地域労組には顧問弁護士がついていますので、労組を通じて弁護士のアドバイスを得ることもできます。
また労組に加入することで、個別労使紛争から集団的労使紛争に扱いが変わります。使用者側がパワハラ環境を放置しておくのであれば、労働組合として会社側に対して是正要求を行うための団体交渉を申し入れすることになります。
パワハラ被害に泣き寝入りしないために
解決のゴールを決めておく
ひとりで悩んでもパワハラ問題は解決しません。必ず社内外の誰かに相談する必要がありますが、その際には自分なりの「解決のゴール」をきちんと決めておいた方がよいと思います。
「解決のゴール」とは、「今の状況がどのような状態に変わったら問題解決とするか」ということです。例えばパワハラ加害者がパワハラを止める、異動してパワハラ加害者と顔を会わせなくなる、会社を辞めて環境を変える…などです。
どこに自分のゴールを設定するかによって、相談内容や相談先も変わってきます。
退職に備えて証拠を集めておく
最終的にモノを言うのは決定的な証拠です。これまで様々な制度を解説してきましたが、これらは全て決定的な証拠の有無いかんで、使える制度になったり、全く使えない制度になったりもします。
またパワハラ加害者が「パワハラの事実を認めて謝罪し心を入れ替える」ということもあまり期待しない方が良いでしょう。パワハラ加害者のうち9割がパワハラを行っていたという自覚が無い、というデータもあります。
ですから録音、録画、メール、メモ、証言など、さまざまな方法で、日ごろから用意周到にパワハラの証拠を収集しておく必要があります。
準備は早いうちに進めておく
被害者が社外にパワハラ救済を求めたことが社内に知れると、加害者側は尻尾を見せまいとするので、証拠集めが難しくなります。またパワハラがエスカレートして退職強要にまで発展すると、被害者側の心理的プレッシャーは相当なものになりますので、正常な判断力が鈍ってしまいます。
よってできることから早めに準備を行っておきましょう。特に証拠の録音データは、後日テープ起こしを行って、書面にしてから証拠として提出する場合もありますが、精神的に参った状態で、過去のパワハラ現場の生々しい音声を拾うのは相当に辛い作業です。
一番理想的なのは、パワハラ禁止がきちんと法制化され、加害者に対する罰則と、被害者の救済制度が早期に整備されることです。これによって労使双方ともムダなことにエネルギーを浪費することがなくなるのですが…。
END
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