歯科経営者が知るべき労働基準法のキホン

労働基準法をきちんと把握してますか?
労務コンプライアンスと聞けば、多くの方がまず労働基準法を思い浮かべるでしょう。しかし、その法律の名前は知っていても、趣旨や具体的な内容まで正確に認識している経営者は少ないのが実情です。
特に歯科クリニックは、就業規則の作成・届出義務が生じる10人以上の事業場に該当しないケースも多く、そのために労働基準法の存在自体を知らない院長先生も少なくありません。
しかし、労働基準法は行政取締法規と呼ばれ、労働基準監督官は司法警察官の権限も有します。同法令違反には罰金刑だけでなく、懲役刑という厳しい罰則も適用されるのです。
また、罰則が適用される場合、違法行為を行った担当者だけでなく、法人や個人事業者といった経営主体も処罰される「両罰規定」を採用している点が大きな特徴です。
法律を知らなかった…は通用しない
さらに、法令の原理原則として「法令の不知は救済されない」、つまり「法律を知らなかった」という言い訳は通用しません。この点には十分な注意が必要です。
毎年、労働基準法違反で書類送検される事業者は後を絶たず、悪質な違反は事業者名が公表されます。一度「ブラック企業」のレッテルを貼られれば、有能な人材の獲得は極めて困難になります。
労働集約型産業で対人サービス業である医療業界にとって、人材の質は病院経営の生命線です。しかし業界特有の職場慣行が根強く残る医療経営において、パワハラや残業代未払いといったコンプライアンス違反を招きやすい土壌があります。
この記事では、歯科クリニックの院長先生が労働基準法違反をうっかり犯し、予期せぬ形で診療行為に悪影響を及ぼすことがないよう、経営者として最低限知っておくべき労働基準法の要旨と関連法令について解説いたします。
労働基準法の趣旨と「強行法規性」の理解
労働基準法は、事業主(使用者)が労働者を雇用して事業を行う際に、労働者に対して「してはいけないこと」(禁止事項)と「守るべき義務」を定めた法令です。
昭和22年に制定された古い法律であり、産業の近代化に伴う労働者増加に対応するため、民法の雇用契約に関する条文を拡充し、独立させた経緯を持ちます。
民法は「契約自由の原則」と「私的自治の原則」に基づき、私人間の契約には国家は介入しないことが基本です。しかし、労働契約においては事業主と労働者の間に歴然とした力関係の差があるため、労働基準法で規制が設けられています。
この法律の最大の特徴は「強行法規性」です。たとえ労使間で合意した労働契約の内容であっても、労働基準法に違反したり、その規定に達しない労働条件はすべて無効となります。
さらに、懲役刑や罰金刑といった厳しい罰則が設けられている点も重要です。労働基準監督官は逮捕権を有する司法警察官でもあるため、労働基準法は「行政取締法規」としての側面も持ちます。
歯科クリニックも例外ではない!労働基準法の適用範囲
労働基準法は、同居の親族のみで経営している個人事業(例:家族経営の商店など)を除き、業種や事業の規模を問わず、労働者を一人でも使用する全ての事業に対して適用されます。
したがって、歯科クリニックも労働者を一人でも雇用していれば、その適用を受けます。事業の規模にかかわらず、法令順守は必須の責務となるのです。
また、日本国内で就労している労働者であれば、雇用身分(パートやアルバイトなど)や年齢、性別などを問わず、すべて労働基準法によって保護されます。
病院歯科は要注意!事業主と使用者はどう違うのか?
ここで、「事業主」と「使用者」の定義を明確にしておきましょう。事業主は経営主体であり、法人であれば法人そのもの、個人事業であれば個人事業主を指します。
一方、「使用者」は事業主のために、労働者を管理監督する立場の者をいいます。したがって、診療部長は院長との関係では「労働者」ですが、一般職との関係では「使用者」にあたります。
診療部長や医長などの管理職は、労働者として労働基準法の保護を受けつつ、使用者として労働基準法の義務と責任の両方を負うという、複雑な立場にあることを理解しておく必要があります。
これだけは抑えておきたい労働基準法の要点

労働基準法の7原則(第1章)
労働基準法は、第1章に定められた7つの基本原則を骨子としています。これらの原則は、労働基準法だけでなく、関連する他の法令にも適用される根本的な考え方です。
その7つのポリシーの要旨は概ね以下のとおりです。
- 人間らしい生活の保障:労働条件は、労働者が人間らしく生活できる内容とすること。
- 労使対等の原則:労働条件は、労働者と使用者が対等の立場で決定すること。
- 差別の禁止:国籍、信仰、思想、社会的身分による労働条件の差別を禁止すること。
- 男女同一賃金の原則:性別による給与条件の差別を禁止すること。
- 強制労働の禁止:暴行、監禁、脅迫による強制労働を禁止すること。
- 中間搾取の排除:労働者の給与をピンハネする行為を禁止すること。
- 公民権行使の保障:勤務中の公民権行使の権利を保障すること。
労働基準法の主要な構成要素
労働基準法を構成する主な条項は、基本ポリシーが定められた第1章以降、概ね以下のようになっています。それぞれの章が、クリニック経営における労務管理の根幹をなすルールを規定しています。
- 第2章:労働契約:雇用における基本的な契約関係について。
- 第3章:賃金:給与の支払い原則や最低賃金について。
- 第4章:労働時間・休憩・休日・有給休暇:労働環境の核となる規制。
- 第5章:安全および衛生:現在は「労働安全衛生法」に移行しています。
- 第6章:年少者:未成年者の雇用制限に関する規定。
- 第6章の2:妊産婦等:妊産婦などの保護と就労制限について。
- 第7章:技能者の育成:「徒弟制度の排除」など、前近代的な慣行の排除。
- 第8章:災害補償:「労災保険法」が適用される範囲で免責されます。
- 第9章:就業規則:職場におけるルールブック。
- 第10章:寄宿舎:労働者を寄宿させる場合の規定。
- 第11章:監督機関:労働基準監督署などの役割。
- 第12章:雑則:その他の細則。
- 第13章:罰則:法令違反に対する罰則。
労務コンプライアンス=労働基準法ではない!?
労働基準法は昭和22年に制定され、すでに80年近くが経過しています。この間に社会経済情勢は大きく変化し、働き方も多様化し、労働者の権利意識も高まりました。
労働基準法も改正を重ねてきましたが、いかんせんシンプルな法令であるがゆえに、現在の複雑化した雇用情勢に十分対応しきれない部分があります。
そこで、その不足を補完・拡充するために、労働安全衛生法、労働契約法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などの関連法令が次々と誕生しました。
今日、労務コンプライアンスに真摯に取り組むためには、労働基準法の知識だけでは不十分です。歯科クリニックの院長先生には、労働基準法と密接に関連するこれらの法令も含めた、幅広い知識と多角的な視点が必要とされます。
優良な人材を確保するためのコンプラ戦略

労働基準法が免除される職場など存在しない
冒頭でも述べたとおり、労働基準法は民法から派生した法令でありながら、「強行法規性」を有する行政取締法規です。「法律は法律、ウチはウチ」というような、法令軽視の前時代的な態度は許されません。
長い伝統を誇る老舗の名門企業であろうと、カリスマ的リーダーが率いる成長著しいベンチャー企業であろうと、人事・労務においては労働基準法が全てのローカルルールに優先して適用されます。
私たちは法治国家に暮らしており、法令の不知は救済されません。労働法令の多くは、ルールの趣旨を定める「本則」(例:労働基準法)と、実務上の細かな基準を定める「附則」(例:労働基準法施行規則)がセットになっていることも多く、その複雑さは増すばかりです。
労務管理の専門家=社労士活用のススメ

診療で多忙を極める院長先生が、これらの複雑多岐にわたる労働法令を自ら調べ、自院の労務コンプライアンスを確立することは、現実的に難しいでしょう。
そこで、労働法令の専門家である我々、社会保険労務士をご活用ください。当事務所では、全国社会保険労務士会連合会が展開する「経営労務診断®サービス」なども提供しております。
このサービスを受診することで、労務コンプライアンス違反のリスクを解消できるだけでなく、「ホワイト企業」の証となる認証マークを採用ページに掲示でき、結果として優秀な人材をより獲得しやすくなるという大きなメリットも生まれます。
労務コンプライアンスを確立することは、単なるリスク回避ではなく、持続可能なクリニック経営の礎を築くための重要な経営戦略なのです。
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リモートワークスコンサルティング社労士事務所


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