人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、地域連携に力を入れている歯科クリニックです。高齢化に伴い、通院が困難な患者さんからの「歯科訪問診療」の依頼が急増しており、週に3日は歯科医師、歯科衛生士、歯科助手のチームで外回りを行っています。
先日、訪問診療に従事する歯科衛生士から、以下のような事故の報告がありました。
- 器材搬入中の事故: クリニックでポータブルユニットや訪問用器材を社用車に積み込む際、重い器材を抱えた拍子に腰を痛め、「急性腰痛症」と診断された。
- 移動中の事故: 社用車で次の訪問先へ移動中、赤信号で停車していたところを後方から追突された。幸い軽傷でしたが、通院治療が必要となった。
当院としては、これらはすべて仕事に関連した事故だと考えていますが、事務長より「移動中の事故は『通勤災害』として処理すべきではないか」「搬入中の腰痛は個人の不注意ではないか」との指摘を受けました。
増加する訪問歯科診療において、移動や準備に伴う事故が「業務災害(労災)」として認められる境界線はどこにあるのでしょうか。また、どのような点に注意して労務管理を行うべきか教えてください。
ご相談への回答

訪問歯科診療は、通常の院内診療と異なり、移動や器材の搬送といった「診療室外での行動」が業務の大きな比率を占めます。これらの局面で起きた事故が業務災害(労災)となるか否かは、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの基準によって判断されます。
「業務遂行性」の判断:その時間は「支配下」にあるか
業務災害と認められるための第一の条件は、災害発生時に労働者が事業主の支配下にあること(業務遂行性)です。
- 器材の準備・積み込み: 歯科訪問診療料の算定において、切削器具等の常時携行は必須要件です。したがって、器材の準備や車への積み込み、後片付けは、診療に付随する不可欠な「業務そのもの」とみなされます。この最中の負傷は、原則として業務遂行性が認められます。
- 移動時間: 通常の「通勤(自宅と職場の往復)」は原則として業務遂行性を有しませんが、訪問歯科のように「拠点から訪問先へ」あるいは「訪問先から次の訪問先へ」の移動は、事業主の指揮命令下にある業務時間として扱われます。特に社用車を運転している場合や、高価な歯科器材を運搬・管理しながら移動している場合は、移動中も「自由な利用」が保障されておらず、業務遂行性が認められる可能性が極めて高いです。
「業務起因性」の判断:業務に伴う危険が現実化したか
第二の条件は、その負傷が業務に起因して発生したこと(業務起因性)です。
- 器材運搬中の腰痛: 歯科訪問診療では重量のあるポータブルユニット等を扱うため、不自然な姿勢での作業や過度な重量負担が原因となる「災害性腰痛」は、業務上の疾病として認められやすい傾向にあります。
- 移動中の交通事故: 移動そのものが業務として強制されている場合、交通上の危険は「業務に付随する危険」が現実化したものとみなされます。追突事故のように第三者の行為によって生じた災害(第三者行為災害)であっても、業務遂行性があれば「業務災害」として認定されます。
「通勤災害」との境界線
事務長が懸念されている「通勤災害」との違いは、「自宅から最初の訪問先へ直行」したり、「最後の訪問先から自宅へ直帰」したりする場合に顕著になります。
- 直行・直帰の場合: 原則として、住居と最初の就業場所(訪問先)の間の移動は「通勤」に該当し、その間の事故は「通勤災害」となります。
- 器材運搬を伴う直行・直帰: ただし、前日にクリニックから機材を持ち帰り、翌朝機材を持って自宅から直接訪問先へ向かう場合など、「物品の運搬・管理」を伴う移動については、単なる通勤ではなく「業務」としての性質が強まり、業務災害と判断されるケースもあります。
実務上のアドバイス
不測の事故に備え、以下の管理体制を整えておくことが重要です。
- 移動時間の客観的把握: 訪問歯科診療料のレセプトには、診療の開始・終了時刻の記載が求められますが、労務管理上はこれに加え、クリニックを出発した時刻や帰着した時刻を正確に記録(タイムカード等)しておく必要があります。
- 安全教育の徹底: 歯科医師や歯科衛生士などの専門職であっても、重量物の持ち上げ方や社用車の安全運転に関する教育は、労働安全衛生法に基づく事業者の義務です。
本件のポイント

- 訪問歯科診療に伴う「器材の積み込み・搬送」や「拠点・訪問先間の移動」は、原則として事業主の指揮命令下にある「業務」とみなされる。
- 機材搬搬中の負傷や移動中の交通事故は、業務遂行性と業務起因性が認められれば「業務災害(労災)」となる。
- 直行・直帰時の事故は「通勤災害」となるのが原則だが、機材の運搬や具体的な指示がある場合は「業務災害」に該当する可能性がある。
- 正確な移動記録の保持と安全教育の実施は、適切な労災認定の判断と、事業主としての安全配慮義務の履行を証明するために不可欠である。
訪問歯科診療に従事するスタッフが安心して外回りに出られるよう、移動中も「守られた業務時間」であることを明確にし、万が一の際の補償フローを周知しておくことが、チームの信頼構築に繋がります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
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