人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、歯科医師・歯科衛生士など計10名が勤務する歯科クリニックです。この度、欠員補充のために新しく歯科衛生士と歯科助手を1名ずつ採用することになりました。
これまで当院では、スタッフに「入社が決まったら、各自で健康診断を受けて、その結果を入社日に持ってきてください」と伝え、受診費用は自己負担(または入社後に領収書と引き換えに一部精算)という運用をしてきました。
しかし、新しく入職予定のスタッフから「前の職場ではクリニックが健診を手配し、費用も全額負担してくれたが、今回は自己負担なのか」と質問を受け、対応に苦慮しています。事務長からは「入社3ヶ月以内の健診結果があれば代用できると法律にあるから、本人に用意させるのは問題ないはずだ」と言われています。
以下の点について詳しく教えてください。
- 「雇入時健診」の費用は、クリニックと本人のどちらが負担すべきものなのでしょうか?
- 入社3ヶ月以内の健診結果による代用は、どのような条件であれば認められますか?
- 採用選考の段階で、内定者に対して健診結果の提出を求めることに法的なリスクはありますか?
ご相談への回答

歯科クリニックにおいて、スタッフを雇い入れる際の健康診断(雇入時健診)は、単なる慣習ではなく労働安全衛生法に基づく事業者の義務です。費用の負担や提出を求めるタイミングを誤ると、労務コンプライアンス違反だけでなく、採用選考における個人情報の不適切収集という重大なリスクを招く恐れがあります。
費用の負担義務は「事業者(クリニック)」にある
労働安全衛生法第66条第1項に基づき、事業者は常時使用する労働者を雇い入れる際、医師による健康診断を実施しなければなりません。この健診は法令に定められた事業者の義務であるため、その費用は当然に事業主が負担すべきものとされています。
スタッフに受診費用を自己負担させたり、「入社お祝い金」などで相殺したりする運用は不適切です。また、受診に要した時間についても、雇入時健診は入職後の円滑な配置や健康管理が目的であるため、労働時間として扱い、賃金を支払うことが望ましいとされています。
「3ヶ月以内の健診結果」による代用と省略の条件
労働安全衛生規則第43条のただし書きには、「医師による健康診断を受けた後、3ヶ月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、その項目については省略できる」という規定があります。
ただし、この規定を運用する際の注意点は以下の通りです。
- 本人の同意と自主的な提出が前提: あくまで本人が既に受診した結果を「提出したとき」に省略できるというルールであり、クリニックが「他院で受けてこい」と強制したり、費用を本人に転嫁したりするための仕組みではありません。
- 項目の網羅性: 提出された健診結果が、安衛則第43条で定められた11項目(既往歴、自覚・他覚症状、身長・体重・腹囲、視力・聴力、胸部エックス線、血圧、貧血、肝機能、血中脂質、血糖、尿検査、心電図)をすべて満たしている必要があります。不足している項目があれば、クリニックの費用負担で追加受診させなければなりません。
採用選考時の提出要求に伴う法的リスク
実務上最も注意が必要なのが、採用内定前や選考の判断基準として健診結果を求めないことです。
- 職業安定法上の制限: 職業安定法第5条の5では、採用選考において収集する個人情報は「業務の目的の達成に必要な範囲内」とすることを求めています。
- 厚生労働省の指針: 「公正な採用選考の基本」において、事業主は合理的かつ客観的な理由がないのに求職者に健康診断書の提出を求めてはならないとしています。
- 目的の峻別: 雇入時健診は、採用の可否を決めるためではなく、採用後の適正な配置や入職後の健康管理に資するためのものです。選考段階での提出要求は、応募者の適性や能力とは関係のない情報(病歴等)による就職差別につながるリスクがあるため、原則として内定後や研修期間中に実施すべきです。
本件のポイント

- 雇入時健診は事業者の法的な義務であり、受診費用は全額クリニックが負担しなければならない。
- 入社3ヶ月以内の健診結果で代用可能だが、項目不足があればクリニック負担で追加受診が必要である。
- 採用選考の段階で健康診断書の提出を強いることは、職業安定法や厚労省の採用選考ガイドラインに抵触するリスクがある。
- 雇入時健診の目的は「採用の合否判定」ではなく、入社後の「適正配置」と「健康管理」にあることを正しく理解する必要がある。
- スタッフに健診結果の提出を求める際は、あらかじめ「健康情報取扱規程」等を整備し、利用目的を明示して周知しておくことが重要である。
「入社前に自分で受けてきて」という安易な指示は、優秀なスタッフからの不信感を招くだけでなく、法的なペナルティの対象にもなり得ます。正確な知識に基づいた誠実な対応が、クリニックの信頼性を高める第一歩となります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
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