人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院に勤務する歯科衛生士が私傷病による長期休職から復職しました。
休職中、彼女には給与の支払いがないため、当院が本人負担分の社会保険料(健康保険・厚生年金)や住民税を立て替えて納付していました。これまで「未収立替金」として累積しており、本人には復職後に少しずつ返済してもらう予定です。
ちょうど12月の給与計算で年末調整を行ったところ、彼女には数万円の還付金が発生することが分かりました。
- この年末調整の還付金と、会社が立て替えている社会保険料等を相殺(天引き清算)しても法的に問題ありませんか?
- 当院の「賃金控除に関する労使協定(24協定)」には、社保料の立替金についての具体的な記載がありません。それでも本人の同意があれば相殺可能でしょうか?
- スタッフに不信感を与えず、円滑に清算を進めるための実務的な配慮について教えてください。
ご相談への回答

休職中の社会保険料等の徴収は、小規模な歯科クリニックにとって共通の悩みです。結論から申し上げますと、年末調整の還付金と立替金を相殺することは、法的に何ら問題ありません。 ただし、スタッフの「経済生活の安定」に配慮した進め方が重要となります。
還付金と立替金の「調整的相殺」の有効性
年末調整の還付金は、それまで徴収し過ぎた概算所得税の返還であり、性質上は「給与の一部」です。この還付金を含む差引支給額から、未徴収の社会保険料や税金を差し引くことは、通常の「法定控除」のプロセスとして正当化されます。
法的には、賃金の過払いを後に支払われる賃金で清算する「調整的相殺」という考え方があります。判例(福島県教組事件)では、以下の条件を満たせば、労使協定で除外される場合にあたらなくても(=本人の個別の同意がなくても)、当該控除は有効であるとされています。
- 行使の時期、方法、金額が適正であること。
- 労働者の経済生活の安定を脅かさないこと。
社会保険料・住民税の賃金控除は法律上の義務
社会保険料(健保・厚年)は各保険法により、事業主が被保険者負担分を給与から控除する義務を負っています。また住民税も地方税法に基づき、事業主が特別徴収(天引き)を行う義務があります。
これらの「法定控除」については、労働者の個別の同意は不要です。今回のような立替金の清算は、本来の徴収時期がズレたものを適正な額に修正する作業であるため、還付金と相殺すること自体に違法性はありません。
実務上の留意点:スタッフへの「配慮」と「合意」
法的に可能であっても、強引な一括清算は「復職早々に手取りが激減した」という不満に繋がり、スタッフのモチベーションを低下させます。
- 分割控除の提案: 立替金が多額に上る場合は、還付金ですべてを相殺せず、数回に分けて控除するなどの配慮が望ましいです。
- 事前の説明と書面での合意: 相殺を実行する前に、必ず「現在の立替金の総額」と「今回の給与・還付金からいくら控除するか」を明示した計算書を提示してください。その上で、清算方法について本人の納得を得ておくことが、ガバナンスと信頼関係の維持には不可欠です。
- 労使協定の整備: 本来、法定控除(税・社保)以外の項目を賃金から差し引くには、労使協定の締結が必要です。今後のトラブル防止のためにも、協定書に「休職中の社会保険料等の立替金の清算」に関する条項を加えておくことを推奨します。
本件のポイント

- 年末調整の還付金と休職中の社会保険料立替金の相殺は、法的に可能である。
- 社会保険料や住民税は「法定控除」であり、徴収に際して本人の同意は法律上不要だが、実務上の合意形成は重要である。
- 「調整的相殺」を行う際は、スタッフが経済的に困窮しないよう、控除の時期や金額に配慮し、必要に応じて分割清算を検討する。
- 休職中も社会保険料は発生し続けるため、休職開始前に「本人負担分をどのように会社に納めるか」を定めた誓約書等を取得しておくのが、最も効果的なリスクヘッジとなる。
歯科クリニックはスタッフ一人ひとりの存在が大きく、復職後の定着が経営の安定に直結します。ルールに基づいた厳正な清算を行いつつ、スタッフが安心して長く働けるような「温かみのある管理」を心がけましょう。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。