医療と介護に関する記事

02 健康保険の加入と脱退

2023年10月24日

この記事のポイント

小売業の場合は法人の事業および従業員を常時5人以上使用する個人事業(個人商店)について健康保険が強制的に適用される

健康保険の適用事業所で働く従業員のうち週の所定労働時間と1ヶ月の所定労働日数が正社員の4分の3以上である者は健康保険に加入する

健康保険に加入している従業員を被保険者といい、一定の要件を満たす扶養家族も被扶養者として健康保険に加入することができる

この記事は小売業の人事管理がメインなので健康保険法上の農林水産業や理美容業の特例および日雇特例被保険者は取り扱っていない

日本の健康保険制度の特徴

日本の公的医療保険は①国民皆保険(国民全員が強制加入する)、②フリーアクセス(全国どこの医療機関でも受診できる)、③診療報酬制度(医療費は全国一律の公定価格)という3つの特徴があり、世界でも高水準な医療保険制度を実現している。

日本の公的医療保険のうちサラリーマンが加入するのが健康保険であり、自営業者などサラリーマン以外の者が加入するのが国民健康保険である。健康保険は全国健康保険協会(協会けんぽ)と大企業や業界が独自に設立した健康保険組合によって運営されている。

健康保険の適用事業

小売業の場合、従業員を1名以上使用する法人の事業は強制的に健康保険制度が適用される(強制適用事業所)。個人商店は常時5人以上の従業員を使用している場合に強制適用事業所となり、それ以下の小規模店舗では健康保険制度の加入は任意となる。

健康保険制度への加入が任意とされている小規模商店でも、もし事業者が健康保険への加入を希望するのであれば従業員の2分の1以上の同意を得て厚生労働大臣に認可申請を行うことで適用事業所となることができる(任意適用事業所)。

山口
従業員の2分の1以上の同意を必要とする理由は任意適用事業所になると従業員に保険料の半額を負担する義務が生じるからです。なお任意適用事業所とならない場合は従業員各自にて国民健康保険に加入することになります。

健康保険の被保険者

次の要件に該当する者が就職するとその日から法律上当然に健康保険に加入することになり、健康保険に加入した従業員を健康保険被保険者という。

なお健康保険組合は組合ごとに独自のルールを定めることができるので、ここからは多くの中小企業が加入している全国健康保険協会(協会けんぽ)を前提に解説してゆく。

健康保険に加入できる人

一般被保険者

正社員、パートタイマー、アルバイトなどの雇用身分を問わず、週の所定労働時間と1ヶ月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上(4分の3基準という)かつ75歳未満の者は健康保険の一般被保険者となる。

4の3基準を満たさない短時間勤務の従業員でも、従業員数が100人以上の店舗(特定適用事業所)に限り、週の所定労働時間が20時間以上かつ月給8万8千円以上の者(学生アルバイトを除く)であれば一般被保険者として健康保険に加入することができる。

山口
健康保険法には通常の労働者の勤務時間が何時間なのか明記されていませんが、正社員の所定労働時間が週40時間であれば4分の3基準を満たす者とは週30時間以上勤務する従業員ということになります。

被保険者に扶養される者

健康保険制度では被保険者の扶養家族のうち一定の要件を満たす者に対して医療費の一部を給付する仕組みになっている。健康保険制度が適用される扶養家族を被扶養者というが被扶養者として認定されるためには次の4つの要件を全て満たす必要がある。

1. 年齢要件
・75歳未満であること
(75歳以後は全ての国民が後期高齢者医療制度に切り替わるため)

2. 家族要件
・血族は6親等内の尊属もしくは3親等内の卑属であること
・姻族は3親等以内であること
(血族=自分の親族、姻族=配偶者の親族、尊属=両親や祖父母、卑属=子や孫)
  
3. 同一世帯要件
・3親等以上の血族(卑属)および3親等内の姻族は被保険者と同居していること
(実の親や実子であれば別居していても生計維持要件を満たせば被扶養者となる)

4. 生計維持要件
・原則~被扶養者の年収が130万円未満で被保険者の年収の半分未満であること
・60歳以上の者~年収180万円未満かつ被保険者の年収の半分未満であること
(別居時は被扶養者の年収要件+これらの額が被保険者の仕送りより少ないこと)

被扶養者の範囲(協会けんぽ)

任意継続被保険者

勤務先を退職すると健康保険から脱退して再就職先の健康保険に加入するか、再就職先が決まるまで国民健康保険に加入することになるが、国民健康保険の保険料は前年度の収入に応じて算定されるため失業中にもかかわらず高額な保険料を請求されるケースもある。

このような場合、退職の翌日から20日以内に協会けんぽに申請することで、2年間に限り従来の健康保険に引き続き加入することができる。これを任意継続といい、任意継続した”元”一般被保険者を任意継続被保険者という。

山口
退職者から任意継続と国民健康保険のどちらがよいかと相談されたら、市町村役場へ行って国民健康保険料の概算額を計算してもらい、任意継続時(給与明細の健康保険料の倍額)と比較してみるよう提案するとよいでしょう。

なお任意継続すると在職中に労使折半していた健康保険料は全額自己負担となる。また保険料も毎月自分で納付しなければならない。保険料の納付期限は当月10日だが一度でも滞納するとその時点で任意継続被保険者の資格を失ってしまう。

もしすぐに再就職する予定がないのであれば誤って保険料を滞納しないように6ヶ月分もしくは1年分をまとめて前納してしまうという方法もある。前納すると前納した期間に応じ年4分の利率で保険料が割引(複利現価方式)される。

山口
これまでは再就職するか2年間の満期まで任意継続を脱退できませんでしたが、令和4年の法改正によって任意のタイミングで任意継続をやめて国民健康保険に切り替えることができるようになりました。

健康保険に加入できない人

個人事業者

法人の代表取締役は健康保険に加入することができるが個人事業主は健康保険には加入できない。これは法人から役員報酬をもらっている取締役とは違い、個人事業主は事業利益がそのまま自身の収入となるため報酬という概念が無い(標準報酬を決められない)からである。

山口
労働保険の基礎賃金に対して社会保険が標準報酬なのは役員も加入対象に含まれるからです。しかし個人事業者は健康保険法以前に税法によって自身の役員報酬を設定できませんので健康保険には加入できないのです。

臨時雇いの労働者

①2ヶ月以内の短期雇用労働者、②4ヶ月以内の季節労働者、③6ヶ月以内の臨時の事業に雇用される労働者は健康保険に加入できない。ただし①については2ヶ月を超えて引き続き雇用されることになった場合はその日から健康保険に加入することができる。

短時間勤務の労働者

特定適用事業所”以外”の店舗で働く4分の3基準を満たさない従業員は健康保険に加入できない。なお特定適用事業所の従業員が100人未満となってしまった場合、原則として健康保険に加入している4分の3基準未満の従業員は健康保険から脱退することになる。

山口
特定適用事業所の従業員が100人未満になった場合は使用者が従業員の過半数代表者の同意を得て協会けんぽに申請することで引き続き4分の3基準未満の従業員を健康保険に加入させることができる特例があります。

75歳以上の者

被保険者もしくは被扶養者が75歳になると健康保険を脱退して後期高齢者医療制度に切り替わる。したがって75歳到達時については健康保険を任意継続したり国民健康保険を選択したりすることはできない。

被保険者資格の取得と喪失

健康保険法では就職して健康保険に加入することを被保険者資格の取得、退職して健康保険から脱退することを被保険者資格の喪失という。

資格取得手続き

被保険者資格取得届

使用者は従業員を採用したら、採用した日の翌日から5日以内に店舗を管轄する年金事務所を経由して協会けんぽに被保険者資格取得届を提出しなければならない。扶養家族がいる場合には同時に被扶養者(異動)届も提出する必要がある。

標準報酬月額

被保険者資格取得届の「⑨報酬月額」欄には基本給+諸手当(通勤手当やみなし残業代等を含む)を合算した額を都道府県別の健康保険料額表にあてはめ、該当する等級の標準報酬月額を記入することになっている。

資格取得届の提出によって最初の標準報酬月額が決まることを資格取得時決定といい、年度の途中で大幅な昇給などがない限り翌年の8月まで適用される。そして9月に新しい標準報酬月額に更新される(定時決定)。

健康保険被保険者証

被保険者資格取得届が受理されると年金事務所から健康保険・厚生年金保険 資格取得確認および標準報酬決定通知書が、また協会けんぽからは健康保険被保険者証(いわゆる健康保険証)がそれぞれ店舗宛に郵送されてくる。

そこで事務担当者は健康保険証に送付モレが無いか枚数を確認した上で、遅滞なく従業員本人に渡さなければならないが、通常は被保険者資格取得届を提出してから健康保険証が店舗に届くまでに2週間くらいの時間を要することが多い。

もしこの間に新規採用者もしくはその家族が医療機関を受診する予定がある場合には、所轄の年金事務所で仮の健康保険証である被保険者資格証明書を交付してもらうことができる。

山口
被保険者資格証明書は発行日から20日間の有効期間が定められています。また第三者による不正使用防止のために、健康保険証が届いたらすみやかに被保険者資格証明書を年金事務所に返納することになっています。

資格喪失手続き

従業員が退職したら退職日から5日以内に健康保険・厚生年金保険 被保険者資格喪失届および退職者本人とその被扶養者全員分の健康保険証を所轄の年金事務所を経由して協会けんぽに提出して資格喪失の手続きを行わねばならない。

山口
退職者が任意継続を希望する場合には退職翌日から20日以内に協会けんぽに任意継続の申請をしなければなりません。なお被扶養者も一緒に任意継続できます。任意継続被保険者資格取得の方法(協会けんぽ)

適用事業所の一括

健康保険法では健康保険は事業場ごと(店舗ごと)に適用されることになっているが、直営店舗をチェーン展開しているような業態では厚生労働大臣の承認を受けることで健康保険の資格取得・喪失の事務を本社で一括処理することができるようになる。

<当サイト利用上の注意>
当サイトは主に小売業に従事する職場リーダーのために、店舗運営に必要な人事マネジメントのポイントを平易な文体でできる限りシンプルに解説するものです。よって人事労務の担当者が実務を行う場合には、事例に応じて所轄の労働基準監督署、公共職業安定所、日本年金事務所等に相談されることをお勧めします。

  • この記事を書いた人

山口光博

コンビニの店長やスーパーの販売課長を経て、31歳の時に管理畑に転職する。以後、20年以上にわたってあらゆる人事マネジメントの実務に携わる。上場準備企業の人事部長として人事制度改革を担当した後に独立、現在に至る。

-医療と介護に関する記事
-,