人事関連ニュースを解説する

人事評価制度の導入が会社を壊す…社員のモチベ向上にも業績向上にも効果なく無駄(Business Journal/2023.05.21)

2024年2月15日

紹介記事の要旨

この記事の本文は対談形式なので内容がやや冗長となっており、私の独断でポイントを2つに絞って以下のとおり簡潔にまとめさせてもらいました。

人事評価制度を導入すると会社が壊れるという訳ではないが、中小企業が大企業を真似て精緻な人事評価制度を導入しても、中小企業には制度を運用できるだけのマンパワーが無いので、経営者が期待するような従業員のモチベーションアップは起こらない。

中小企業では、定期昇給と賞与によるインセンティブを実施すれば、人事評価が無くても従業員のモチベーションを維持することが可能であり、社員数が経営者の目が行き届かなくなる20名を超え、組織内で何らかの問題が生じるまでは、人事評価制度など必要ない。

人事評価制度の導入=モチベーションアップではない

私は現場叩き上げの実務家なので、学術的に人事評価制度を研究したことはありません。そこで実務家なりの視点で、中小企業における人事評価制度の必要性と役割について、持論を展開してみたいと思います。

まず「人事評価制度は従業員のモチベーションを上げるためのものではない」という点は紹介した記事と同意見です。一方で、その理由について、私の考えは少し異なります。

人事評価制度とは、経営者が自社の従業員に対して習得すべき考え方や行動を明示し、定期的にチェック&フォローを行うための人事マネジメントのツールであり、採用、教育、処遇などとセットで運用することで、はじめて従業員のモチベーション向上が期待できるものです。

ゆえに「人事評価制度単体では、従業員のモチベーションを上げることはできない」というのが私の考えであり、「中小企業に人事評価制度は必要ない」などと断定してしまうのは、極論すぎるのではないかと感じました。

人事評価制度が経営マネジメントに不可欠な理由

人事評価制度は、従業員のモチベーション云々以前に、経営マネジメントを行う上で必須のツールでもあります。なぜならまともな会社であれば経営理念と行動規範があり、これらを実効たらしめる最も有効な手段が人事評価制度だからです。

経営理念とは自社が社会に存在する理由であり、行動規範は自社の経営理念を実現するために、従業員が習得し実践しなければならない仕事の価値観や行動習慣をいいます。

従業員の行動規範と似たようなものに就業規則や服務規律があり、これらは行動規範を詳細かつ具体化した就業ルールです。一方で実際の職場において起こり得るあらゆる事象を、あらかじめルールブックに漏れなく網羅しておくことは現実には不可能です。

そこでルールブックに規定されていない事案が生じた時は、経営理念や行動規範にもとづいて適宜判断することになりますが、それらの判断や行為の結果について、定期的にチェック&フォローを行い、人材育成の軌道修正を行う際の課題を明確にするのが、人事評価制度です。

そして就業規則や服務規律、人事評価制度の実効性を担保するために、採用(教育しようのない人材を入社させない)、教育(行動規範を習慣化するために反復トレーニングする)、処遇(教育の習熟度に応じて公平に報いる)がセットで運用されることになります。

定期昇給と賞与によるインセンティブは本当に有効か?

ところで定期昇給や賞与でインセンティブを与えることで、本当に従業員のモチベーションを維持できるのでしょうか?長年、人事実務に携わってきた経験から申し上げると答えはNOです。それは、お金で買った人心はまた、お金によって離れてゆくものだからです。

小売業にはライフスタイルアソートメントという販売手法があります。これはメーカーや商品カテゴリーの枠を超えて、商圏客層のライフスタイルに合わせたテーマ性のある独自の売場を展開することで、特売セールに依存せずに販売促進を行おうとするものです。

特売セールならチラシ広告をばらまくだけで簡単に集客できるのに、なぜライフスタイルアソートメントなどといった面倒くさい売り方をするのか?というと、価格につられて来店したお客さんは、やはり価格につられて簡単に競争店に鞍替えしてしまうからです。

従業員のモチベーションも全く同じで、定期昇給や賞与のインセンティブで釣っても、やがてそれらは当たり前となり、むしろ経営不振などで昇給や賞与の支給が行われなかった場合は、従業員が強い不満や失望を感じて他社に移ってしまうことは想像に難くありません。

補足すると定期昇給は年功序列を前提とした報酬制度ですので、若手人材が寄り付かなくなる可能性があります。また中小企業の多くは、前年並みの賞与を維持するだけでも大変だ…という経営者がほとんどなので、インセンティブを上乗せするどころではないのが実情です。

どうしたら従業員のモチベーションが上がるか?

従業員のモチベーションを上げるには、従業員が仕事を通じて成長感、達成感、充実感などを得られるような人事マネジメントの仕掛けづくりが必要です。

昔からよく知られたモチベーション理論に「マズローの5段階欲求説」があります。人は衣食住や安全といった低次元の欲求が満たされると、どこかの組織のメンバーになりたい、その組織で認められたい、などと段階的に高次元の欲求を満たそうとするという理論です。

自社の従業員においても、採用→教育→評価→処遇といった一連の過程においてマズローの5つの欲求が段階的に満たされてゆき、最終的には会社の発展に貢献することで従業員が自己の成長を実感し、自己実現欲求の充足に到達する(Win-Winの関係)のが理想です。

またP.F.ドラッガー博士の提唱したMBO(目標による管理)も、上司と部下が二人三脚で目標を達成するプロセスを通じて部下が成長を実感し、自らモチベーションを喚起させるのが狙いですが、どちらにせよチェック&フォローの手段として、人事評価制度が必要となります。

小規模事業者にも人事マネジメントは必要だ

従業員20名以下の企業とは中小企業基本法に規定する小規模事業者であり、全国に285万社もあります。私の主観で恐縮ですが、メンバーが20人もいれば立派な組織体です。そして組織が生産的に事業活動を行うためには、組織内での分業が必須です。

分業を行うにはチームごとに責任者を設置し、役割に応じた権限を与えなければなりませんが、権限には責任が伴いますので、各リーダーがきちんと責任を果たしているかどうか、経営トップがチェック&フォローを行う仕組み、すなわち人事評価制度が必要になります。

また小売業では、従業員がそれぞれの持ち場に分かれて働くことが一般的です。経営トップが全ての売場の状況を逐一モニタリングすることなど不可能ですから、人事評価基準に基づいて、各リーダーに配下の従業員をチェック&フォローさせなければ人材は育ちません。

いやいやそんなもの「報・連・相」で充分だ、という意見もありそうです。しかし「報・連・相」は情報伝達のテンプレートであり、そこには人材を成長させるといった要素はありません。従業員にしても「報・連・相」によって達成感や充実感を得られるとは思えません。

人事評価制度を放棄した中小企業の末路

語弊を承知で申し上げると、中小企業の経営者は個性の強い方が多いので、人事評価を行う際は、多分に主観が混入するきらいがあります。だからこそ客観的で合理的な評価基準と評価のルールを設け(経営者に対する戒めも込めて)社内で共有しておく必要があるのです。

もし人事評価制度が無かったら、経営トップによる査定が公正さを欠くばかりでなく、従業員の側でも、何をしたら評価されて、何をしたら評価されないのか?ということが判らないために混乱してしまい、常にビクビク、オドオドと、経営トップの顔色を伺うようになります。

そのような職場では従業員の自発性や独創性など育まれるはずもなく、イエスマンの指示待ち社員ばかりになってしまいます。いわずもがな、コスパやタイパにうるさいZ世代が、そんな非効率で生産性の低い職場で働きたいなどとは思わないでしょう。

最近は「人事評価はやめなさい!」「PDCAはもう古い!」などといった極端な論調の記事が散見されますが、実務家の私からすれば、それらのほとんどは経営実務の基本をすっとばした、頭でっかちな空理空論のように思えてなりません。

AIやICTが飛躍的に進化した今日においても、経営管理や人事管理の本質というものは、P.F.ドラッガー博士が存命だった時代から、実はあまり変わっていないのです。

  • この記事を書いた人

山口光博

コンビニの店長やスーパーの販売課長を経て、31歳の時に管理畑に転職する。以後、20年以上にわたってあらゆる人事マネジメントの実務に携わる。上場準備企業の人事部長として人事制度改革を担当した後に独立、現在に至る。

-人事関連ニュースを解説する