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ヨーカドー、大量撤退で「無責任」批判なぜ起きた(東洋経済ONLINE/2024.02.21)

2024年3月4日

この記事のポイント

先週に引き続きイトーヨーカドーの北海道・東北エリア全店閉店に関する記事の紹介です。紹介する記事の要点は概ね次のとおりですが、このライターさんは全般的に文章が冗長で、論点があちこち飛んでゆくため整理するのに苦労しました。

イトーヨーカドーが北海道・東北エリアから撤退を決めたことに対して「出店時には地元の商店街をぶち壊しておきながら、採算が悪化したからといって一方的に撤退するのはけしからん!」といった批判があるが、これは全くのお門違いである。

イトーヨーカドー撤退に対する批判は、私たちの心の中に内在する「スーパーvs商店街」「スーパーは悪、商店街は善」というクリシェが顕在化したものだが、スーパーは商店街が進化したものであり、ゆえに長らくスーパーと商店街は共存してきた。

「大店法を廃止したから商店街が衰退したのだ」という批判も間違いであり、大店法廃止以前から商店街の衰退は始まっていた。したがってイトーヨーカドー撤退に対する批判は「スーパーは悪」というイメージが先行したに過ぎない。

「地方はチェーンストアやショッピングモールだらけでつまらない」というファスト風土批判論を唱える人達は「商店街こそ理想の街の姿である」と盲信しており、こういった人達の間でイトーヨーカドー撤退に対するクリシェが沸き起こっている。

「スーパーは悪、商店街は善」という認識は「買い物は自動車ではなく徒歩に限る」といった考えの人に多いが、今や日本国民の自動車保有台数は過去最高であり、多くの商業施設がロードサイドに集中しているので、スーパー批判は間違っている。

そもそも商店街が衰退したのは魅力が乏しいからであり、GMSが繁盛しているのは顧客のニーズに真摯に向きあって顧客満足度を追求してきた結果である。つまり重要なことは顧客ニーズに応えられた企業が生き残るということである。

論点整理

イトーヨーカドーに対する批判の具体的な出どころについて、件のライターさんは明示されていませんが、「出店時に迷惑をかけておきながら撤退するのか!」などといった批判が、今さらイトーヨーカドーに対して、本当に寄せられているのかどうか疑わしいところです。

もし批判があるとすれば、①イトーヨーカドー撤退により地域経済が衰退してしまうことへの懸念、②ステークホルダー・ファーストのCSRを掲げておきながら、地域社会の利益を損なうような経営判断に対する憤り、などが主な要因ではないかと想像します。

なお紹介した記事には、前回に引き続き流通小売業に対する認識の誤りが散見されます。

まずこのライターさんはSM(スーパーマーケット)業態とGMS業態を混同したまま、商店街と対比してこれらの是非を論じていますが、SMとGMSでは商店街への影響力が大きく異なります。そこで今回はとりあえずGMS業態を前提として私の見解を述べたいと思います。

またスーパーは商店街の進化形ではありません。商店街は自然発生的に形成された商業集積ですが、GMSは統一されたコンセプト、総合性(コンセプトに沿ったテナントの選定)、集積性(ワンストップショッピングの提供)にもとづき戦略的に運営されているものです。

地元経済の衰退に対する懸念

GMSのような大型商業施設が出店すると、その地域に大量の雇用を創出するだけでなく、警備や清掃、設備工事、小口配送、タクシーなどの周辺産業やインストアベーカリーをはじめとするテナント業者、近隣大型店の集客力に依存する小規模小売店や飲食店に商機を提供します。

しかしGMSが撤退すると、GMSを中核とした商業クラスターが壊れてしまうため、地域の商業活動の縮小を招きます。つまり今回のイトーヨーカドーに対する批判のひとつは地元経済の衰退に対する懸念、といった現実的な声だったのではないだろうかと推察します。

CSRは建前だったのか?

GMSと商店街では資本力や事業規模に格段の差があり、出店に伴う地域社会への経済的・社会的影響が大きいため、イオンやイトーヨーカドーなどの大手リテーラーは、CSRを経営の基盤に据えて地域社会との共栄共存をアピールしています。

CSRとは企業が地域の一員として自社のステークホルダーに対して果たすべき社会的責任をいい、ステークホルダーには消費者や投資家、債権者だけでなく、従業員、取引先、官公庁など、地域社会の構成員全体を含むものとされています。

なぜ大手各社がこぞってCSRをアピールするかというと、消費者の安全や安心、環境への配慮などに対する世間の意識が高まるにつれ、自社の営利ばかりを優先するような経営姿勢では社会的な支持を失い、持続的な発展が難しい時代になったからです。

ちなみにセブン&アイHDの掲げるCSRは以下のとおりです。

創業以来「お客様、取引先、株主、社員に信頼される誠実な企業でありたい」と社是に掲げ、ステークホルダーの立場に立った「ステークホルダー経営」に努めてきました。近年、社会は大きく変化し、ステークホルダーを取り巻く環境も日々変化を続け、ステークホルダーの期待や要望も変化しています。こうした変化に対応し、本業を通じてステークホルダーの抱える課題の解決に貢献できるように努力を続けています。

セブン&アイHD公式Webサイトより転載

また「私たちは、すべてのステークホルダーに信頼される、誠実な企業でありたいという社是に基づいて、事業を営んでいます。その実現のためにとるべき行動を『企業行動指針』として明文化しています。」とも宣言しています。

つまりこれまでさんざん高尚なCSRを掲げておきながら、その結果が唐突な北海道・東北エリアからの全面撤退では、イトーヨーカドーの経営姿勢に対して批判が起こるのは無理もないことだと思われます。

大店法廃止の背景

紹介した記事では「大店法を廃止したことによって商店街の衰退を招いたという人がいるが、大店法以前から商店街は衰退しており、それは自業自得である。」と述べていますが、現実にはそのような「スーパーは勤勉、商店街は怠惰」といった単純な話ではありません。

大店法は大型店の出店に際して事前審査つき届出制を採っており、地元商工会等から成る商業活動調整協議会が審査を行っていたために、結果的に大型店の進出にとって大きな障壁となっていました。

しかし日米構造協議において、日本への大型ショッピングセンター進出を目論む米国が大店法を問題視したことから、2000年5月をもって大店法が廃止され、翌月からより出店規制の緩い大店立地法が制定されるに至り、大型店の郊外進出が加速することになります。

商店街はオワコンなのか?

大店法は廃止されましたが、実は同年に都市計画法が改正され、この改正都市計画法によって大型店の郊外出店に対する規制を強化することになりました。

さらに高齢化や人口減少社会を見越してコンパクトシティ構想が提唱されるようになり、2006年に改正中心市街地活性化法が施行され、都市中心部への商業集積を促進する政策が打ち出されましたので、今どき「大店法廃止で商店街が衰退した」などという人がいるのか疑問です。

またコンパクトシティ時代の新たな地域コミュニティの担い手として商店街が注目され、従来の小売に加えて医療・福祉や居住機能などを商店街に集約すべく、2009年には地域商店街活性化法が制定・施行されるなど、商店街活性化のための施策はきちんと行われています。

なお大手チェーン店は本部集中仕入れと画一的な店舗運営によるローコストオペレーションが経営の生命線であり、ゆえに地域の多様な顧客ニーズに対応できるほど柔軟性が無いため、マーチャンダイジングの工夫次第では商店街とGMSは補完関係を築いて共栄共存できます。

まとめ

全体的にチェーンストア経営に対する基本的な理解を欠いた叙情的な記事でしたが、そもそも商圏特性や出店戦略の全く異なる東京23区の店舗の例を引き合いに出して、北海道・東北エリア店舗の撤退について論じること自体が相当に無理のある話ではないかと思います。

また商店街に対して「衰退は自業自得である、以上。」といった乱暴かつ無責任な言い様は、業界関係者としては不快感を禁じ得ません。批評するだけなら誰でもできますが、批評しっぱなしでは商店街で働いている人達は救われませんね。

付け加えると、まるで客観性の乏しい「クリシェ」だの「ファスト風土批判論」だのを持ち出すのは全くもって的外れな話であり、頭でっかちなインテリさんが図書館で古い文献を漁って書いたような軽佻浮薄なコタツ記事だった…というのが正直な感想です。

  • この記事を書いた人

山口光博

コンビニの店長やスーパーの販売課長を経て、31歳の時に管理畑に転職する。以後、20年以上にわたってあらゆる人事マネジメントの実務に携わる。上場準備企業の人事部長として人事制度改革を担当した後に独立、現在に至る。

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