この記事のポイント
安全衛生管理体制の目的
労働安全衛生法第1条には「この法律は労働基準法と連携し、①労災防止のための危害防止基準の確立、②職場内の責任体制の明確化、③職場での自主的活動の促進などを総合的かつ計画的に推進することで職場の労働安全衛生の確保と快適な職場環境の形成を目的とする」と明記されている。
このうち②職場内の責任体制の明確化と③職場での自主的活動の促進を総合的かつ計画的に推進するために事業場(店舗)ごとに組織されるのが安全衛生管理体制である。

安全衛生体制の構築のしかた
総括安全衛生管理者の選任
労働安全衛生法では事業者に対し、常時300人以上の従業員を使用する店舗において総括安全衛生管理者を選任すること、そして総括安全衛生管理者に安全管理者と衛生管理者を指揮させ、次の職務を実行させることなどを義務づけている。
1. 従業員の危険または健康障害を防止するための措置 2. 従業員の安全または衛生のための教育・研修の実施 3. 健康診断の実施その他健康の保持増進のための措置 4. 労働災害の原因の調査および再発防止のための対策 5. 職場の全従業員に対する安全衛生に関する方針の表明 6. 職場の建物や設備の危険性および有害性の調査と対策 7. 安全衛生に関する計画の作成、実施、評価および改善
総括安全衛生管理者は店舗を統括する権限を有する者つまり店長を選任する。選任のタイミングは店舗の従業員が300人に達した時から14日以内であり、従業員数のカウントは正社員のみならずパートタイマやアルバイトおよび派遣社員も含める。
使用者は総括安全衛生管理者を選任したら所定の様式によって遅滞なく店舗の所在地を管轄する労働基準監督署に届け出なければならない。

安全管理者の選任
常時50人以上の従業員を使用する店舗では安全管理者を選任し、労働安全に関する次の事項を管理させなければならない。
1. 職場の建物、設備、作業場所、作業方法に危険がある場合の応急措置・防止措置
2. 安全装置、保護具その他危険防止のための設備・器具の定期的な点検および整備
3. 作業の安全についての教育および訓練
4. 発生した災害の原因調査および対策の検討
5. 消防および避難の訓練
6. 安全に関する資料の作成、収集および重要事項の記録
安全管理者は厚生労働大臣の指定する安全管理研修を修了し、なおかつ労働安全に関する一定年数の実務経験のある者を1名選任する。
使用者は店舗の従業員が50人に達した時から14日以内に安全管理者を選任し、所定の様式により遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出なければならない。

衛生管理者の選任
常時50人以上の従業員を使用する店舗では衛生管理者を選任し、労働衛生に関する次の事項を管理させなければならない。
1. 従業員の危険または健康障害を防止するための措置
2. 従業員の安全または衛生のための教育・研修の実施
3. 健康診断の実施その他健康の保持増進のための措置
4. 労働災害の原因の調査および再発防止のための対策
衛生管理者は都道府県労働局長より衛生管理者免許を交付された者でなければならず、衛生管理者は毎週1回以上、店内の作業場やバックヤード等を巡回する義務がある。
使用者は店舗の従業員が50人に達した時から14日以内に衛生管理者を選任し、所定の様式により遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出なければならない。

産業医の選任
常時50人以上の従業員を使用する店舗では産業医を選任しなければならない。産業医は使用者から独立した中立的な立場でもって次の職務を行い、必要に応じて総括安全衛生管理者や衛生管理者に対して勧告・指導・助言をすることができる。
1. 健康診断、面接指導等の実施および従業員の健康保持のための措置
2. 作業環境の維持管理、作業の管理など従業員の健康管理に関すること
3. 健康教育、健康相談その他従業員の健康の保持増進を図るための措置
4. 労働衛生教育に関すること
5. 従業員の健康障害の原因の調査および再発防止のための措置
産業医は医師のうち厚生労働大臣の指定研修を修了した者でなければならず、使用者は店舗の従業員数が50人に達した時から14日以内に産業医を選任し、所定の様式により遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出なければならない。
産業医は原則として毎月1回以上、作業場等の巡回義務があるが、衛生管理者から店舗の衛生管理の状況について定期的に報告を受けられる場合は2ヶ月に1回で構わないとされている。

安全衛生委員会の開催
常時50人以上の従業員を使用する店舗は毎月1回以上、安全衛生委員会を開催しなければならない。安全衛生委員会では次の事項(一例)を審議し、また従業員から職場の労働安全衛生に関する意見を聴取して、安全で快適な職場環境の実現を図る義務がある。
1. 労働安全に関する事項 (1)安全上の危険性・有害性の調査と対策 (2)安全面からの労災の原因、再発防止策 (3)安全計画のPDCA(計画→実行→検証→修正) (4)安全教育の実施計画の作成と進捗 2. 労働衛生に関する事項 (1)衛生上の危険性・有害性の調査と対策 (2)衛生面からの労災の原因、再発防止策 (3)定期健康診断の有所見率などへの対策 (4)長時間労働による健康障害防止措置 (5)従業員のメンタルヘルス対策

委員会のメンバーは総括安全衛生管理者を委員長(議長)とし、安全管理者、衛生管理者、産業医、その他安全衛生の経験のある従業員から選任することになっているが、委員長を除く委員の半数は従業員の過半数代表者の推薦により任命しなければならない。
また委員会を開催する毎に議事録を作成し3年間保存すること、委員会の終了後は議事の内容を遅滞なく店内の従業員に周知すること、などの義務も労働安全衛生法に定められている。

安全衛生管理体制構築の準備
総括安全衛生管理者は店長を選任すればよいが、安全管理者、衛生管理者、産業医については一定の要件を満たす者から選任しなければならない。
安全管理者研修
安全管理者の選任に必要な厚生労働大臣指定の安全管理研修は全国各地の公的団体で受講することができる。ここでは全国11箇所で安全管理研修を開講している中央労働災害防止協会(中災防)のサイトを紹介しておく。
衛生管理者免許試験
衛生管理者には都道府県労働局長の実施する衛生管理者試験に合格する必要がある。受験要項は安全衛生技術試験協会のサイトから確認できる。なお直近の合格率は第一種衛生管理者が45.8%,第二種衛生管理者が51.4%(令和4年度)となっている。
産業医の探しかた
産業医は産業医の認定登録を受けた医師を選任しなければならないが、最寄りの医療機関や診療所に勤める産業医は日本医師会のサイトから探すことができる。産業医にも労働安全衛生法上の責任が生じるためまず店内の安全衛生体制を整備してから相談したい。

選任届出の方法
店舗の従業員が法定の人数に達したら14日以内に総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医を選任し、遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出しなければならない。届け出時の様式は厚生労働省のサイトに用意されている。
総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告(厚生労働省)

安全衛生委員会の設置
安全衛生委員会の開催にあたっては、①メンバーの選任、②安全衛生委員会の運営規定の作成、③議事と年間の開催スケジュールなどを決めておく必要がある。中災防の「安全衛生委員会の進め方、活かし方」に詳述されているので参考にするとよい。

その他特記事項
安全衛生推進者の選任
従業員50人未満の店舗では安全衛生管理体制は不要なのだろうか?
これについて労働安全衛生法は常時10人以上の従業員を使用する店舗であれば14日以内に安全衛生推進者を選任し、定期的に従業員から職場の安全衛生に関する意見聴取を行う場を設けることを使用者に義務づけている。
安全衛生推進者は都道府県労働局長の指定する講習会を修了し、かつ安全衛生について所定の実務経験のある者から選任することになっている。なお安全衛生推進者については労働基準監督署への届け出は不要であり、店内の関係者に周知することで足りる。
法令違反に対する罰則
労働安全衛生法では総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医を選任しない使用者に対して50万円以下の罰金刑を定めている。労働安全衛生法も労働基準法同様に両罰規定となっており、店長のほか事業者(法人や個人事業主)も同時に処罰される。
労働基準法が使用者に対する罰則を定めているのに対し、労働安全衛生法では職場の労災防止措置に従わない従業員に対しても50万円以下の罰金を科すルールとなっている。
転倒事故防止の措置
厚生労働省は50歳以上の労働者が職場の転倒事故により骨折する事例が増えていることを懸念しており、事業者に対して転倒防止措置を講ずるよう啓発している。
特に50歳以上は若者に比べて怪我の治癒に時間がかかることが多く、また医療業界でも高齢者が寝たきり状態になる主な要因として転倒による大腿骨頸部骨折等があげられていることから、小売店においては来店客や従業員などを含めた転倒防止対策が必要である。

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