新型コロナウイルス感染拡大以後、テレワークが急速に普及した感があるが、あれから4年経った今でも、テレワークの是非については決着していないようだ。そこで「オフィス勤務のホワイトカラー限定で…」と前置きした上で個人的見解を述べさせてもらうと、出社か在宅かといった議論は労働生産性の良し悪しにおいてはナンセンスとしか言いようがない。
テレワーク否定派の言い分は「在宅勤務と労働生産性に正の相関は無いという調査結果がある。」というもの。しかし人事の専門家としては、この主張も的外れではないかと感じる。そもそも労働生産性の良し悪しに大きく影響することは、従業員をどこで働かせるか?ではなく、どのように働いてもらうか?ということであり、多くの議論はこの視点が欠落している。
「何を知った風なことを…」と思った方がいるかもしれないので、私の実体験を少しだけ紹介したい。私は最初の新型コロナ緊急事態宣言が出された当時、市街中心のオフィスビル内に本社を構える中堅企業の人事部長として働いていた。このオフィスビルは市内有数の交通拠点に直結しており、日々雑多な人達が出入りする極めて感染リスクの高い立地にあった。
そのため役員会は即時に本社オフィスの閉鎖を決定し、私を含めた本社スタッフ達は急遽、在宅勤務に移行することになった。幸いこの会社は全ての本社スタッフにノートパソコンとスマートフォンを貸与していたため、テレワークを実施するにあたってデバイス上の支障は無かった。残る課題は、従来の対面や書類での業務をどうするか?ということだった。
そこで私が真っ先にしたのは、人事部のメンバーを交代で出社させて人事関係書類を片っ端からPDF化し、クラウドストレージにPDFファイルを収納してしまうことだった。そしてこれまで蓄積された業務関係のデータを、採用、労務、教育、評価、異動などといった業務カテゴリーごとに、マイクロソフトのTeamsに換装して、バーチャル人事部を立ち上げた。
あわせて各担当者のルーチンを業務プロセスごとに因数分解して、Trello(タスク管理アプリ)のタスクカードに登録し、タスクカードのバーグラフとアラート機能を活用することで、誰のどのタスクが完了し、どのタスクがスタックしているのか、一目瞭然に把握できるようにした。あとは必要な時にカードのチャット機能を通して担当者のフォローを行えばよい。
もしチャットで解決できないような込み入った事案の場合は、スケジューラで関係メンバーの予定を調整し、Webミーティングで議論した。議事録はスケジューラとタスクカードに紐づけすることで、いつでもすぐに見返すことができる。こうしてテレワークがきっかけで、”人事部に関しては”出社勤務の時と変わらぬ業務レベルを維持することができた。
TeamsやTrelloによって人事部内での分業バランス、各業務のフロー、個々のメンバーが抱えるタスクのボリュームなどが可視化され、定量的もしく合理的指標を設定した上で定性的な評価ができるようになった。するとこれまで当たり前だと思っていた仕事のやり方にムリ・ムダ・ムラが潜んでいたことが判り、これらを解消することでさらに生産性がアップした。
ところで先ほど”人事部に関しては”とダブルクォーテーションをかませた理由は、当時の社内にはスムーズにテレワークに移行できた部署と、なかなか対応が進まなかった部署が存在していたからだ。その理由を私なりに考察してみたら、なかなかテレワークに移行できなかった部署には、主に次のような共通の特徴があることが判明した。
①自部署の課業一覧の整理整頓や体系化ができていない(部門長同士が馴れ合いになり、本業そっちのけで他部署の仕事を安請け合いしていることも多い)
②課業一覧を確立していないため仕事の分担が属人化し、適所適材の人員配置になっていない(古参社員が美味しい仕事を選り好みし、残渣のような雑用を新人に押し付けている)
③簡潔明瞭なメールやチャットよりも、目的のハッキリしない電話や雑談などの非効率的なコミュニケーションを日常的に好む(喫煙室での雑談などがその最たる例)
④管理職が自分の役割を理解していない(部下のチェックやフォローに無関心で、自分の好きな仕事だけに没頭しているため、部下達と信頼関係を構築できていない)
⑤部門長が補佐役を育成していない(部下を教育せず、権限も移譲せず、独りよがりのワンマン運営をしている。部の運営はワンマンだが責任だけは部下に転嫁する人も多い)
⑥部門長がITやICTに疎いか無関心(ITの活用は若い人の仕事だと思っているのならホワイトカラー失格。エッセンシャルワークに転職して社会のために挺身すべきだろう)
こういうタイプの部門長がいる部署は、テレワークはおろか普段からタスクの進捗チェックやメンバーとの情報共有、スケジュール調整にいちいち時間がかかり、ヌケやモレも多いため仕事の質が低い。自部署のルーチンを把握できていないため、イレギュラーが起きても気づかず、ゆえに初動が遅れて二次災害を招いてしまうこともある。
勘の鋭い読者ならもうおわかりだろうが、労働生産性の良し悪しは就業場所ではなく、部門長のマインドとマネジメントスキルによって決まるのであり、これらに乏しい上役が部下に出社勤務を強制したところで、労働生産性が上がるはずもないのである。それでも頑なに在宅勤務を否定する人もいるが、そんな人達を独断と偏見で大別すると次の4タイプに収斂する。
①マネジメントスキルの稚拙なボスザルタイプ
〜目下の者に尊大な態度をとったり、他者の前で誰かを叱責することで、職場の雰囲気を通じて、自分がボスであることを部下たちに知らしめようとする。体育会系ノリが大好き。
②実務に疎いお飾り管理職タイプ
〜年功に対する恩賞や外部からお飾り的に招聘されて管理職に就いたため、常に身近に補佐役(介助者)がいないと、部下の監督どころか今日の自分の予定すら立てられない。
③働かない妖精さんタイプ
〜いつも誰かと大声で電話していたり、忙しなく社内を徘徊して立ち話をしているが、具体的にどのような仕事をしているのか誰も知らない。日中は妖精のようにフッと姿が消える。
④セクハラ中毒タイプ
〜職場と聞くと男女の出会いを連想する。プライベートな相談に親密に応じることも仕事の一環だと思っており、懇親会の多い職場こそ人間関係の良好な職場だと信じて疑わない。
こういう類の人達がテレワークを忌み嫌うのは、テレワークによって、この人達特有の思考回路や行動習慣(性癖)が、労働生産性改善におけるボトルネックとして白日のもとに晒されてしまうからである。これらが極端な例だとしても、年配の経営者には「在宅勤務など仕事をサボりたいヤツの甘えだ」といった昭和チックな固定観念を持っている人は少なくない。
しかしテレワークには労働生産性以外にもメリットがある。たとえば有能な人材を地理的な制限を受けることなく柔軟に活用できる、育児や介護を理由とした離職を減らせる、事務所の固定費を圧縮して浮いた予算を有効活用できる、出社勤務と在宅勤務の2系統の業務フローを持つことで強力なBCP対策となる等々、挙げればきりがない。
Web上で目にするテレワークにまつわる多くの議論は感情が多分に入り混じった客観性や合理的な考察を欠くものである。一応科学的データらしきものを提示してはいるが、実務家の視点からすればそれらも所詮は思い込みを正当化する拠り所にすぎない。ここらで時代の情勢と経営上の実利を見据え、是非について冷静に検証すべきではないだろうか。