この記事のポイント
その1 一般的な契約と労働契約との違い
労働者を雇用すると使用者と労働者との間に労働契約が成立する。労働契約が成立すると使用者は労働者に対して賃金を支払う義務が、また労働者は使用者の指揮命令に従って所定の労働サービスを提供する義務がそれぞれ生じる。
労働契約は使用者と労働者との間の民事上の契約である。よって労働契約にも民法の私的自治の原則(私事に公権力は関与しない)と契約自由の原則(私人間の契約は当事者同士で決める)が適用されるが、使用者の方が立場が強いため労働者に不利な内容となる恐れがある。
そこで民法の特別法である労働基準法と労働契約法によって労働契約の基本ルールや使用者に対する禁止事項などを定め、労働者が使用者から一方的に不利な内容の労働条件を押し付けられないようにしている。またこれら以外にも労働契約に関する法令がいくつかある。

その2 労働契約法の基本ポリシー5原則
労働契約法では使用者と労働者の双方に対し5つの原則にしたがって労働契約を締結するよう義務付けている。
1. 労使対等の原則 労働条件は労使が対等の立場で合意した上で決めること 2. 均等考慮の原則 労働条件は労使双方のバランスを考慮して決めること 3. 仕事と生活の調和の原則 労働条件は労使双方のワークライフバランスに配慮したものであること 4. 信義誠実の原則 労使双方は労働契約の内容を信義に従い誠実に履行すること 5. 権利濫用禁止の原則 労使双方は労働契約に定めた権利を濫用してはならない

その3 労働契約の禁止事項を定めた法令
労働基準法
賠償予定の禁止
賠償予定とは「お店の備品を壊したら◯◯円弁償する」「仕事でミスしたら◯◯円の罰金を徴収する」などというように事前に損害賠償責任と賠償予定額を労働契約に規定することをいい、労働者に不当な債務を負わせる恐れがあるため労働基準法で禁止されている。
なお労働契約に「現実に生じた損害について労働者に非がある場合には、実際の損害額にもとづき賠償する」という条項を設けることは違法ではない。もっとも労働者の非とは故意または重過失に起因するものに限られており、軽微な過失まで損害賠償責任を負わせられない。

前借金相殺の禁止
使用者が労働者に対して働くことを条件にお金を貸し付け、借金を完済するまでは退職させない、といった内容を労働契約に盛り込むことは労働者の身分を不当に拘束する恐れがあるため労働基準法で禁止されている。
ただし労働契約とは無関係に福利厚生の一環として金銭消費貸借契約にもとづき社内貸付制度を設けることは問題ない。なお貸付金の返済を月々の給与から天引きして行う場合には労使協定(賃金全額払いの例外協定)の締結が必要となる。

強制貯蓄の禁止
労働基準法では労働契約の締結にあたり使用者が労働者に対して社内貯蓄を強制することを禁止している。具体的には「当社に入社した者は全員が社員互助会に入会し、毎月一定額を社内積立金として給与から天引きする」などといった労働契約が該当する。
この場合も労働契約と無関係に任意の社内貯蓄制度を設けることは違法ではない。その場合には使用者は貯蓄金管理規定を作成して労働者に周知し、毎年1年間(4月~翌3月)の貯蓄金の管理状況を各預金者(労働者)に報告する義務がある。
また使用者は賃金支払確保法にもとづき毎年3月末までの各預金者(労働者)の貯蓄残高について、4月1日以後1年間の保全措置(例えば金融機関等による保証サービスの利用等)を講じなければならない。

学生アルバイトの労働契約
映画や演劇の子役を除き原則として中学生以下の児童の就労は禁止されている。非工業的業務で有害性がなく労働基準監督署長の許可を得た軽微な業務であれば就労可能という例外はあるが、実態としてはほとんど許可されないと考えた方が良いだろう。
高校生以上は就労可能だが、それでも変形労働時間制、時間外勤務、休日出勤、深夜労働、週44時間労働の特例(10人未満の小売業は法定労働時間を超えて週44時間まで就労できる)、休憩時間の特例(小売業は一斉付与は不要)などは禁止されている。
なお変形労働時間制については1日8時間かつ週48時間を超えない範囲なら未成年者でも1ヶ月変形と1年変形は可能であり、16歳以上の男子であればコンビニなどで深夜シフト勤務もさせることができる。さらに労使協定を締結すれば休憩一斉付与も不要となる。

その他の禁止事項
労働基準法では労働者の国籍、信条、社会的身分によって労働条件を差別したり、賃金について男女差別を行うことを禁止している。それ以外にも労働時間や賃金の支払い方法など労働契約の内容について労働基準法の規定を満たすようにしなければならない。
男女雇用機会均等法
男女雇用機会均等法では労働契約において雇用身分(正規雇用や非正規雇用)、職種(総合職や一般職)、人事配置(担当業務や付与する権限)、昇進・降職、教育訓練、福利厚生、定年、解雇などにおける男女差別を禁止している。

最低賃金法
最低賃金法では使用者が労働者に支払わなければならない賃金の最低額を定めている。最低賃金額は都道府県ごとに設定され毎年10月1日に更新される。よって労働契約の締結にあたり賃金額を決める際には最低賃金を下回らないように確認が必要である。

障害者雇用促進法
障害者雇用促進法に規定する障害者とは身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)をいい、同法では障害者を雇用する際には賃金、教育訓練、福利厚生施設の利用その他全ての待遇において健常者と障害者との間に不合理な差別を行ってはならないと規定している。

高年齢者雇用安定法
労働契約の定年年齢について、高年齢者雇用安定法は定年を定める場合には60歳を下回ってはならないとしている。また定年を65歳未満とする場合には、①定年の引き上げ、②雇用継続制度、③定年制の廃止のいずれかの措置を講ずることを使用者に義務付けている。
労働組合法
労働組合法は日本国憲法の労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)に準拠した法律であり、使用者が労働三権を阻害する行為を不当労働行為として禁止しているが、労働者が労働組合に加入しないことを雇用条件とする労働契約(黄犬契約)は不当労働行為となる。
その4 労働契約に関する使用者の義務
労働条件明示義務
労働基準法では使用者に対し、労働者を雇用する際に労働条件を明示することを義務づけている。明示しなければならない労働条件には絶対的明示事項と相対的明示事項があるが、労働条件の明示にあたり「◯◯について当社就業規則◯◯条による」としても構わない。
絶対的明示事項は昇給に関する事項を除き必ず書面で明示しなければならず、相対的明示事項はその制度がある場合に口頭で明示すれば足りるとしている。一方で労働契約法において使用者は労働者に契約内容をできる限り書面で伝えるよう努力する義務を定めている。
<絶対的明示事項> ・労働契約の期間(無期雇用の場合はその旨を明示する) ・有期労働契約の場合は契約更新する条件 ・就労する場所と就労する業務の内容 ・始業と終業の時刻および休憩時間、残業および休日出勤の有無 ・休日と休暇の種類および付与される日数と時期 ・給与額の決め方、給与計算の方法と支給日 ・昇給の有無(昇給有ならその時期) ・退職時に関する事項、解雇となる事由
<相対的明示事項> ・退職金の支給対象者と支給時期や計算方法および支給方法 ・賞与等の支給対象者と支給時期や計算方法および支給方法 ・労働者が費用を負担する食事や作業用品などに関する事項 ・安全および衛生に関する事項 ・職業訓練の実施に関する事項 ・業務災害時の補償および私傷病に対する扶助に関する事項 ・表彰および懲戒に関する事項 ・休職に関する事項
パートタイム・有期雇用労働法は、使用者はパートタイマーを雇用する場合に特定事項(①昇給の有無、②退職手当の有無、③賞与の有無、④雇用改善の社内相談窓口)を労働条件通知書に追加してパートタイマーに交付しなければならない旨を規定している。

安全配慮義務
安全配慮義務とは労働者が安全かつ衛生的に就労できるように使用者が職場環境について必要な配慮を行う義務のことをいい、労働契約法では安全配慮義務が労働契約書に明記されていなくても労働契約の成立にともなって当然に生じるものであるとしている。

その5 その他労働契約に関するルール
労働契約の変更
労働契約の変更は労働基準法と就業規則を下回らない条件であれば労使間の合意でもって自由に行うことができる。ただし労働契約において「当社就業規則による」としている場合に使用者が一方的に就業規則の基準を引き下げる(改悪)することは原則として認められない。
もっとも労働契約法では例外的に経営存続のためにやむなく就業規則の基準を引き下げることを認めている。もしその場合には変更の必要性や合理性、変更後の労働者の不利益などについて労働者と協議を行い、変更内容を労働者に周知しなければならない。
労働契約の更新
有期労働契約は法令に定める高度専門職と満60歳以上の高齢労働者を除いて3年を超える長期の労働契約を結ぶことはできない(労働基準法)。逆に使用者の都合でいつでも人員整理できるように短期間の労働契約を反復更新するような雇用も認められない(労働契約法)。
厚生労働省の通達では有期労働契約であっても3回以上の更新もしくは1年を超えて継続雇用された時点で雇い止めを行う場合は解雇とみなすとしており、雇い止めに社会通念上の合理性が無い場合には労働契約法に規定する解雇権の濫用(不当解雇)とされることがある。
有期雇用契約の締結、更新および雇い止めに関する基準について(厚生労働省)

労働契約の終了
労働契約の終了には就業規則の規定にもとづく終了と労働契約の解除申出による終了の2つがあり、前者には定年退職と休職期間満了による自然退職、後者には労働者からの自己都合退職と使用者による解雇がある。
定年退職とは定年年齢に達した日をもって退職となる制度だが、社会保険制度は1ヶ月を単位として保険料や保険給付の額を計算する仕組みとなっているため、定年に達した日の属する月の末日をもって労働契約終了とする運用が一般的である。
休職期間満了による自然退職とは私傷病の療養のために長期休職していた者が就業規則に規定する休職期間を満了し、それまでに復職できなかった場合に退職扱いとすることをいう。休職期間が残っておらずまた労務の提供も不能なので自然退職するという意味である。
自己都合退職は労働契約の当事者は労働契約を終了しようとする日の14日前までに相手に通知することで労働契約を解除することができるという民法の法理にもとづくものだが、就業規則において退職日の30日前に会社に申し出る旨、定めていることが多い。
労働契約の解除について民法では「労働契約の当事者は」となっているが使用者による解雇権の濫用を防止するために、労働契約法において解雇の合理性・妥当性について、また労働基準法において解雇禁止となる場合および解雇する場合の手続きを定めている。

労働契約の即時解除
入社前に提示された労働条件の内容と実際の労働条件が異なる場合は、労働者は即時に労働契約を解除することができる(即時解除)。また学生アルバイトなど未成年者の労働契約が本人にとって不当である場合には、親が本人に代わって労働契約を解除することができる。

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