人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院に勤務する歯科衛生士がメンタル不調で休職していましたが、この度「復職したい」との申し出がありました。それを受けて、当院が契約している嘱託医(産業医)と本人による復職面談を実施しました。
後日、医師から「復職に関する意見書」が届きましたが、本人から「先生が院長に送った意見書を、自分にもすべて開示してほしい」と請求がありました。
事務長からは「意見書はあくまでクリニックが今後の事後措置を検討するための内部資料であり、本人の病状に配慮して、院長判断で要旨(概要)だけを伝えれば十分ではないか」と言われています。
- 産業医(医師)の意見書について、本人から請求があった場合にクリニック側が拒否できる権利はあるのでしょうか?
- 「要旨のみの開示」という対応は法的に認められますか?
- もし開示を断る場合、どのような理由であれば正当化されるのでしょうか。
復職後のトラブルを避け、本人が安心して働ける体制を整えたいと考えています。
ご相談への回答

休職からの復職判断は、クリニックの「安全配慮義務」に関わる極めて重要なプロセスです。結論から申し上げますと、産業医(医師)の意見書は、個人情報保護法および厚生労働省の指針に基づき、本人からの請求があれば原則として「すべて開示」しなければなりません。
個人情報保護法に基づく「原則開示」のルール
医療機関は「個人情報取扱事業者」であり、スタッフの健康情報は「要配慮個人情報」に該当します。産業医や嘱託医が作成した面接指導結果や意見書は、クリニックが6か月以上保有する予定であれば「保有個人データ」となり、本人にはその開示を求める法的権利(開示請求権)があります。
かつては「医師の裁量」とされることもありましたが、現在は法的な権利として確立されており、クリニック側の都合(内部資料である、等)で拒否することはできません。
「要旨のみの開示」は不信感の種になる
上長の判断で内容を一部伏せたり、要旨のみを伝えたりすることは、労働者の権利を侵害するだけでなく、実務上の大きなリスクを伴います。
- 不信感の増大: 回復期にあるスタッフに対し、納得感のない対応をすると「自分に不都合なことが隠されているのではないか」という不信感を与えます。これは精神疾患の回復プロセスに悪影響を及ぼし、復職後の定着を阻害する原因となります。
- 事後措置への影響: 意見書に基づき「残業禁止」や「業務軽減」などの措置を講じる際、その根拠となる情報を共有していないと、本人の合意(納得)を得ることが困難になります。
開示を拒否できる「例外事由」の判定基準
ただし、法律では例外的に開示を拒否できる場合も定められています。
- 本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合: (例:診断名や予後を詳しく伝えることで、本人の心理的ショックが大きく、病状を著しく悪化させる、あるいは自傷他害の恐れがあると医師が判断した場合など)
- 業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合。
ご相談のケースで医師から「医学的知見による開示NG」が出ていないのであれば、これらの例外を適用して開示を拒むことは難しいと考えられます。
実務的な解決策:納得感ある復職支援
- 「健康情報取扱規程」の運用: 50人未満のクリニックでも、健康情報の開示手順を定めた規程を整備しておくことが推奨されます。開示請求があった際は、このルールに則って粛々と対応します。
- 決定プロセスの共有: 単に書類を渡すだけでなく、意見書の内容に基づき「クリニックとしてどのような配慮(就業制限や配置転換)を検討しているか」を丁寧に説明してください。
- 安全配慮義務の履行: 医師の意見を最大限尊重し、本人の実情に合わせた措置を講じることが、再発防止と「私傷病から労災への転嫁」を防ぐ最大の防衛策となります。
本件のポイント

- 本人の健康情報(医師の意見書等)は、本人からの請求があれば原則として遅滞なく開示する義務がある。
- 開示を拒否できるのは、病状の悪化が医学的に予見される場合などの「例外事由」に限られる。
- 「内部資料だから」という理由は、開示を拒む正当な理由にはならない。
- 十分な情報共有と説明を行い、スタッフの「納得感」を得ることが、円満な復職とクリニックのガバナンス維持に繋がる。
歯科クリニックはチーム医療であり、スタッフの心身の健康は診療の質に直結します。ルールに基づいた誠実な情報開示を行うことが、結果として優秀な人材の長期定着を支える基盤となります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。