人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、院長である私と、歯科衛生士・助手を合わせて4名雇用している個人経営(個人事業主)の歯科クリニックです。現在、さらなる診療体制の充実のために1名の追加採用を検討しており、スタッフが合計5名になる予定です。
事務長(専従者)より、従業員数が増えることによる社会保険の取り扱いについて質問がありました。
- 個人経営の場合、従業員が「5名以上」になると社会保険への加入が義務(強制適用)になると聞きました。歯科クリニックもその対象でしょうか?
- もし強制適用となった場合、院長である私自身も社会保険(健康保険・厚生年金)に加入することになるのでしょうか?
- いっそこの機会に「医療法人化」を検討すべきでしょうか。法人化した場合の社会保険上のメリット・デメリットを教えてください。
スタッフの福利厚生とクリニックの経営コストに関わる重要な判断のため、正しいルールを把握したいと考えています。
ご相談への回答

個人経営の歯科クリニックにおいて、スタッフ数の増加は「社会保険の壁」に直面する大きな転換点です。結論から申し上げますと、医療事業(歯科)は法律で定められた「適用業種」に該当するため、常時5人以上の従業員を使用する場合は社会保険の強制適用事業所となりますが、院長自身は個人事業主である限り加入できません。
「常時5人以上」による強制適用のルール
健康保険法および厚生年金保険法では、個人経営の事業所であっても、以下の要件を満たす場合は法律上当然に社会保険の加入が義務付けられる「強制適用事業所」となります。
- 業種要件: 法律で定められた17の「適用業種」であること。歯科クリニックが該当する「医療事業」は、この適用業種に含まれています。
- 人数要件: 常時5人以上の従業員を使用していること。
したがって、貴院でスタッフが5名となった場合、原則として社会保険(健康保険・厚生年金)への加入手続きが必要となります。なお、この「5人」のカウントには、社会保険の適用除外となる短時間労働者(パート・アルバイト)等も含まれる点に注意が必要です。
個人事業主(院長)自身の加入可否
ここが最も誤解されやすいポイントですが、個人事業主である院長本人は、たとえクリニックが強制適用事業所になったとしても、健康保険や厚生年金保険の被保険者にはなれません。
理由は、社会保険は「使用される者(労働者)」を対象とした制度であり、個人事業主は「自分自身に雇用される」という形を想定できないためです。 院長自身は引き続き、国民健康保険(または歯科医師国保組合)および国民年金に加入し続けることになります。
法人化(医療法人設立)すれば加入できる
医療法人化を選択した場合、社会保険の取り扱いは大きく変わります。
- 役員自身の加入が可能: 法人の理事(役員)は、法人から労務の対償として報酬を受けていれば、「法人に使用される者」として健康保険・厚生年金保険の被保険者となることができます。 これが法人化の大きなメリットの一つです。
- 1人でも強制適用: 法人の事業所は、従業員数や業種にかかわらず、常時1人でも使用(役員1名のみを含む)していれば、法律上当然に強制適用事業所となります。
- コスト面の影響: 法人化すると、院長自身の分も含めた社会保険料の半分を「法人」が負担することになります。これは経費として計上できる一方で、クリニック全体の法定福利費負担は増大するため、慎重な財務シミュレーションが不可欠です。
※社会保険制度(健康保険・厚生年金保険)において、保険料の算定基礎を「賃金」ではなく、「報酬」と呼ぶのは、被保険者を労働者に限定せず、役員(理事や取締役等)も対象としているからです。
本件のポイント

- 個人経営の歯科クリニックは、従業員が5人以上になると社会保険(健康保険・厚生年金)の「強制適用」となる。
- 個人事業主の院長は、事業所が強制適用になっても、本人自身は健保・厚年の被保険者にはなれない。
- 飲食店や理美容業などは「非適用業種」であり、個人経営なら5人以上でも強制適用にはならないが、医療事業(歯科)は人数で判定される。
- 医療法人化すれば院長(理事)も社会保険に加入できるが、1人でも雇用(使用)すれば強制適用の義務が生じる。
- スタッフの求人・採用において、社会保険完備は強力なアピールポイントとなるが、事業主側の保険料負担(人件費増)とのバランスを考慮する必要がある。
歯科クリニック経営において、社会保険への対応は「避けて通れない道」です。特に専門職である歯科衛生士の確保が困難な昨今、社会保険の完備は福利厚生の基本として期待されています。将来的な法人化も見据え、適切なガバナンスとコスト管理を両立させた体制構築を推奨します。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。