はじめに
わが国の公的医療保険制度は、全ての国民がいずれかの公的医療保険に加入することで、適切な医療を安心して受けられる仕組みとなっています。もっとも公的医療保険は運営主体や対象者ごとに複雑多岐にわたるため、本記事では制度の全体像について徹底解説します。
保険者別の公的医療保険
被用者保険
被用者保険(職域保険)は、雇用されて働く人とその被扶養者を対象とした保険です。雇用保険と違って、法人の役員(理事や取締役)も被保険者となることができます。
- 健康保険:民間事業者の従業員が加入します。主に中小企業の従業員が加入する協会けんぽ(全国健康保険協会)と、大企業などが独自に設立する組合健保(健康保険組合)があります。
- 公務員共済・船員保険:国家公務員や地方公務員、私立学校教職員は各共済組合に、船員は船員保険に加入します。船員保険は医療保険のみならず労災保険に対する上乗せ給付も行います。
- 労災保険:業務上の負傷や疾病については、健康保険ではなく労災保険(労働者災害補償保険)から給付が行われます。なお国家公務員災害補償法や地方公務員災害補償法が適用される者は対象外です。
地域保険
被用者保険の対象外となる個人開業医などの自営業者は、住居地の都道府県および市町村が運営する地域保険に加入します(原則として地域保険には被扶養者の制度はありません)。
- 国民健康保険(市町村国保):地域住民を対象とし、市町村と都道府県が共同で保険者となります。
- 職域別国保組合:同種の事業・業務に従事する者で組織される組合です。例として、歯科医師やその従業員が加入する北海道歯科医師会国保などがあります。
- 後期高齢者医療制度:原則として75歳以上の全ての高齢者が加入する独立した制度で、都道府県単位の広域連合が運営します。
制度別の公的医療保険
保険診療
健康保険法等の規定にもとづき、医療機関が保険診療を行うには「保険医療機関」としての厚生労働大臣の指定が必要であり、そこで従事する医師や歯科医師も「保険医」としての登録を受けなければなりません。
保険診療の基本的ルールは「保険医療機関及び保険医療養担当規則(療担規則)」に定められており、価格は「診療報酬点数表」によって一律に決められています(日本の医療費が公定価格と呼ばれる所以です)。
自費診療
健康保険が適用されない自由診療です。例えば疾病予防のための健康診断は自費です。また歯科ではインプラントやオールセラミックのクラウン、ノンクラスプデンチャーなどがよく知られており、これらの費用は全額を患者が負担します。
また保険診療と保険外診療の併用(混合診療)は原則禁止ですが、「評価療養(先進医療等)」や「選定療養(差額ベッド代、歯科の金合金等)」については、併用が認められており、保険診療部分に限って保険外療養費が給付されます。
なお美容整形などのように、最初から保険医療機関の指定を受けず、全額自費で診療を行うクリニックもあります。
公費負担
- 公費負担医療:公衆衛生の向上や社会的弱者の保護を目的とし、税金を財源として医療費の全部または一部を負担する制度です(結核医療や難病、自立支援医療など)。
- 生活保護:生活困窮者に対し、生活保護法にもとづき「医療扶助」として医療サービスが提供されます(つまり生活保護者は健康保険や国民健康保険に加入しません)。
- 無償低額医療:社会福祉法にもとづき、低所得世帯を対象に、無料または低額な料金で診療を行う制度です(世帯月収が地域の生活保護基準額の120%~150%以下等)。
療養担当規則と診療報酬制度
療養担当規則
療担規則は、保険医療機関および保険医が遵守すべき基本的事項を定めた厚生労働省令です。懇切丁寧な診療、過剰診療の禁止、領収証の交付、診療録(カルテ)の記載・保存義務(完結の日から5年間)などが規定されています。
診療報酬制度
医療行為の対価として支払われる報酬で、1点=10円で換算され、医科・歯科・調剤ごとに点数表が定められます。診療報酬点数表は、基本的な診療行為を評価する「基本診療料」と、特別な検査や処置を評価する「特掲診療料」で構成されます。
DPC(包括算定)と出来高算定
主に急性期病院で導入されている、診断群分類(DPC)に基づく1日あたり定額払い方式です。従来の出来高算定は、実施した診療行為の分だけ点数(収入)が上がりますが、DPCは診断名ごとに上限があるため、無駄な検査や投薬を減らす動機付けとなります。
DPC対象病院が医業収益を確保するには、共同購買の参加やジェネリック医薬品の採用により診療材料費や薬剤費を節減したり、クリニカルパスおよびバランススコアカードを活用して業務の効率化を図るなど、内部原価コントロールが不可欠となります。
地域包括ケアシステム構想
地域包括ケアシステムとは?
地域包括ケアシステムとは、団塊の世代が75歳に到達する2025年を見据え、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される体制です。
医療介護連携と医科歯科連携
地域包括ケア構想にもとづき、医療圏ごとに急性期→亜急性期→回復期→在宅へと医療や介護資源を適切に配置する機能分化が進められています。医科と歯科が連携することで、誤嚥性肺炎の予防や糖尿病の増悪防止など、全身の健康状態の改善とQOL向上が期待されます。
医師・歯科医師の働きかた改革
地域包括ケアを支える担い手の健康を守るため、2024年4月より医師・歯科医師の時間外労働に上限規制が適用されました。持続可能な医療提供体制を維持するため、タスクシフト(業務移管)やタスクシェア(分業推進)、労働時間管理の徹底が求められています。
【PR】社労士活用のススメ
労働法令と社会保険の専門家
社会保険労務士(社労士)は、労働・社会保険諸法令の唯一の専門家であり、厚生労働大臣が所掌する国家資格者です。医師・歯科医師の働き方改革において、36協定の締結や勤務間インターバルの導入など、法令にもとづき複雑な労務管理の最適解を提示します。
保険医や施設基準の届出もできます
社会保険労務士は、労働法令や社会保険にかかる法令にもとづき、行政機関に提出する書類の作成や届出の代理を業として行うことができます。無資格者がこれを行うことは法律で厳しく禁じられており、違反者のほか依頼した側も処罰されますのでご注意ください。
療養担当規則は健康保険法の施行規則であり、診療報酬や施設基準は同法にもとづく告示です。医療経営に精通した社労士は、保険医の登録、保険医療機関の指定申請、施設基準の届出といった煩雑な事務手続きを、医療機関の代理として適正に行うことが可能です。
まとめ
P.F.ドラッカー博士は「最もマネジメントの複雑な組織は日本の病院である」と述べましたが、複雑な医療経営こそ、臨床行為は医療職、医療訴訟は弁護士、財務会計は税理士、人事労務は社労士でタスクシェアするのが、持続的な地域医療サービス実現の有効施策でしょう。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
