はじめに
本記事では、わが国の公的医療保険制度の根幹をなす「療養担当規則」と「診療報酬制度」について、その特徴や制度の枠組みおよび医療機関における人事管理との関連性について、歯科クリニック経営にフォーカスして解説してゆきます。
日本の公的医療保険制度
日本の公的医療保険制度の4つの特徴
日本の医療保険制度は、諸外国と比べて極めて高い水準で充実しており、国際的にトップクラスの医療保険制度ともいわれています。そんなわが国が世界に誇るべき公的医療保険制度の主な特徴は次の4つです。
- 国民皆保険制度:全ての国民がいずれかの公的医療保険に加入し、互いに費用を出し合うことで医療を保障する仕組みです。
- フリーアクセス:患者が自らの意思で、日本全国どこの医療機関でも自由に選んで受診できる制度です。
- 公定価格:医療行為の対価は全国一律の「診療報酬」によって決まっており、医療機関が自由に価格を設定することはできません。
- 現物給付:医療機関で保険証を提示すれば必要な医療サービスが提供される「現物給付」も重要な特徴です。
公的医療の根幹をなす保険診療制度
保険診療とは、健康保険法等の法令にもとづいて行われる診療のことです。医療機関が保険診療を行うには、地方厚生局長から「保険医療機関」としての指定を受ける必要があります。また、そこで診療に従事する歯科医師も「保険医」としての登録が必要です。
保険医療機関および保険医は、関係法令を遵守し、適正な診療を行う責務を負います。不当な診療報酬の請求や、診療録(カルテ)の不実記載などの不正が発覚した場合には、指定や登録が取り消されることがあります。
保険医の氏名変更や勤務先の変更、保険医療機関の名称・所在地・病床数などの変更が生じた場合は、速やかに地方厚生(支)局へ届け出なければなりません。
療養担当規則
療養担当規則は保険診療の実施手順書
「保険医療機関及び保険医療養担当規則(療養担当規則)」は、健康保険法等にもとづき、保険診療の具体的なルールを定めた厚生労働省令です。この規則は、保険者と保険医療機関の義務と責任を規定し、保険医が保険診療を行う上で遵守すべき基本原則となっています。
療養担当規則の主な内容
療養担当規則の主な規定事項は以下の通りです。
- 診療方針:確実な診断に基づき、患者の健康保持増進に妥当かつ適切な診療を行うこと。
- 診療録(カルテ)の記載・保存:診療の都度、遅滞なく必要な事項を記載し、診療完結の日から5年間保存すること。
- 禁止事項:無診察診療の禁止、特殊な療法や研究的診療の禁止、特定の保険薬局への誘導の禁止などが定められています。
- 費用の受領:患者から法定の一部負担金以外の費用(特定の減免等)を徴収してはならず、領収証を交付する義務があります。
診療報酬制度(歯科編)
医療費=診療報酬点数表
診療報酬は、保険医療機関が行う歯科医療サービスの対価であり、1点=10円で換算されます。医療機関は、実施した診療内容にもとづき点数を算定し「診療報酬明細書(レセプト)」を作成します。これを審査支払機関に送付し、審査を経て保険者から報酬の支払いを受けます。
審査支払機関
- 社会保険診療報酬支払基金(支払基金)
- 国民健康保険団体連合会(国保連)
審査支払機関は、保険者が行うべき保険給付の事務を代行します。診療報酬点数表は、物価や賃金の動向を考慮し、原則として2年に1回改定が行われます。いわゆる「診療報酬改定」であり、多くの医療機関は改定の方向性を見据えて自院の経営戦略を見直します。
診療報酬点数表の概要(歯科編)
診療報酬点数表は医科と歯科に分かれています。またそれぞれの診療報酬点数表は「基本診療料」と「特掲診療料」で構成されています。例えば歯科診療の場合は次のとおりです。
- 基本診療料:初診料、再診料など、診察の都度算定するもの。
- 特掲診療料:検査、画像診断、処置、手術、歯冠修復・欠損補綴など、個別の技術を評価するもの。
歯科口腔外科は、医科の診療報酬点数表に収載されており、歯科と重複する算定項目(基本診療料や処置、歯冠修復等)は、歯科の診療報酬点数表と同一内容です。また、インプラントやオールセラミッククラウンなどの自費診療は、診療報酬点数表に収載されていません。
費用徴収と保険給付の流れ
保険給付の流れ
患者さんが歯科クリニックを受診した場合、以下の流れで医療費が処理されます。自院のレセプト請求の精度が低いと、査定(請求内容に疑義あり)や返戻(様式の不備)により医業収入が減ったり、入金時期が遅れて資金繰りに影響を与えます。
- 受診と一部負担金:患者は保険証を提示し、診療費用の原則3割(年齢等により2割・1割)を一部負担金として窓口で支払います。
- 保険給付:残りの7割〜9割は、保険者から歯科クリニックへ支払われる「保険給付」となります。
- 審査支払の代行:医療機関はレセプトを審査支払機関(支払基金や国保連)に提出します。同機関が診療内容を審査し、適正と認められれば、保険者に代わって歯科クリニックへ報酬を支払います。
地方厚生局の個別調査において、請求内容が不当であると判定され、診療報酬の返還を命じられることがあります。施設基準(人員配置基準)を満たしていないのに加算を算定した場合は、悪質な不正とみなされ保険医療機関の指定を取り消されるケースもあります。
費用負担の流れ
公的医療保険の財源は、主に以下の3要素で構成されています。
- 保険料:被保険者が報酬(健保)や所得(国保)に応じて定期的に負担します。被用者保険の場合、被保険者の標準報酬月額と標準賞与額をもとに保険料が算定され、労使折半で負担します。保険料収入が財源の約半分を占めます。
- 一部負担金:受診時に患者本人が窓口で直接負担します。なお被用者保険の被扶養者の場合は「自己負担金」といいますが、保険給付は被保険者に対して行なわれるため、給付の一部ではなく、自身が負担すべき費用という意味です。
- 公費負担(税金):国や都道府県、市町村が公費(税金)を投入し、制度の安定を図っています。なお協会けんぽの保険給付のうち16.4%が公費負担ですが、組合健保に対しては、一部の事務費を除いて公費負担は行なわれません。
人事管理と保険診療制度
診療報酬制度は人事管理の出発点
医療経営において、診療報酬制度の深い理解は適正な人事マネジメントを行う上での大前提となります。これらを把握せずに不適切な人事戦略を採用してしまうと、労務倒産を招いたり、診療報酬の返還命令などの致命的な打撃を被る経営リスクを招きます。
- 人件費コントロール:歯科経営では人件費が医業費用の約半分(40〜50%前後)を占めます。自院の診療機能に応じた適正な人件費率を設定するには、医業収入を見積もる必要があり、レセプト請求の知識が不可欠です。
- 労務コンプライアンス:医療機関では労働法令のみならず、医療法や診療報酬制度における人員配置基準を遵守し、職能法(歯科医師法、歯科衛生士法等)で定められた業務範囲(診療の補助、歯科保健指導等)を逸脱してはなりません。
筆者は流通業界や建設業界を経て、40歳の時に医療業界に転身しましたが、当初は人件費予算の算定と人員計画の策定にとても苦戦しました。比較的フリーハンドで決められる流通業界と違って、医療法や診療報酬制度などのハードルがとても高く感じたものです。
社労士こそ診療報酬制度に精通せよ
労働集約型産業の医療業は、診療報酬制度にもとづく医業収入と人件費のバランスのコントロールが経営の肝です。医療サービスの大部分は人材の質に依存するため、自院にふさわしい人材の育成と定着すなわち人事管理の巧拙こそ経営の生命線といっても過言ではありません。
したがって社労士が医療機関を支援する場合、健康保険法のみならず、療養担当規則や診療報酬制度に精通していることが求められます。従来の事務代行に留まらず、院長の頼れる経営参謀として戦略的な助言を提供することが、これからの社労士に求められる役割なのです。
まとめ
当サイトでは歯科クリニック経営における人事マネジメントの重要ポイントのほか、これまで7年間にわたって歯科・歯科口腔外科部門の事務マネジャーを務めた経験を活かし、財務管財や施設基準、統計分析などの記事も順次アップして参りますのでご期待ください。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
