はじめに
わが国の社会保険制度は、国民が直面するさまざまな生活上のリスクに備え、互いに支え合うための根幹的な仕組みです。本記事では、広義・狭義の定義から、制度の構成、最新の動向、そして適用事業所や被保険者の対象など、主要なポイントを網羅的に解説します。
広義の社会保険と狭義の社会保険
広義の社会保険
日本の社会保障制度は、社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生の4つに分類され、社会保険は、病気、負傷、出産、死亡、老齢、障害、失業といった生活の困難に対し、あらかじめ保険料を徴収して将来の事故に備える「保険的技法」を用いて予防する制度を指します。
これは特定の集団でリスクを分散し、共通の危険にさらされている多数の者が経済的保障を図る仕組みですが、社会保障制度における社会保険とは広義の社会保険を意味し、健康保険や厚生年金保険のほか、労災保険や雇用保険なども含めます。
狭義の社会保険
労務管理の実務における社会保険とは、それは一般的に「健康保険」と「厚生年金保険」のみを指す狭義の社会保険を意味し、業務上の災害を対象とする「労災保険」や、失業時の保障を行う「雇用保険」を合わせた「労働保険」とは明確に区別します。
社会保険には労働保険徴収法のような2つの保険制度(労災保険と雇用保険)をとりまとめる法令はありませんが、適用事業所や被保険者資格、保険料の徴収などのルールについて、健康保険と厚生年金保険はほぼ共通しているため、ひとくくりに社会保険といいます。
社会保険の構成
被用者保険
被用者保険(職域保険)は、会社員、公務員、船員などの「他人に雇われている者」を対象とした医療・年金保険です。
医療保険は、民間企業の従業員が加入する健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)や公務員の共済組合、船員保険などが該当します。
年金制度においては、すべての国民が加入する「国民年金(基礎年金)」を1階部分とし、その上に報酬比例の「厚生年金保険」が乗る二階建て構造となっています。
地域保険(住民保険)
被用者保険の対象とならない自営業者、学生、無業者等は、一般地域住民を対象とした地域保険(住民保険)に加入します。
- 医療保険:市町村が都道府県とともに運営する国民健康保険(市町村国保)がその代表です。また、職域による保険者として、特定の業種(歯科医師など)に従事する者で組織される「歯科医師会国保」などの国民健康保険組合も存在します。
- 後期高齢者医療制度:原則として75歳以上のすべての高齢者が加入する独立した制度で、都道府県ごとの広域連合が運営します。健康保険や国民健康保険の被保険者は、75歳に達するとすべて後期高齢者医療制度に移行します。
- 介護保険:40歳以上の国民が加入し、市町村が保険者となって、要介護・要支援状態に対する給付を行います。サラリーマンの場合は、保険料を労使折半で負担し、本人負担分を健康保険料とあわせて給与から天引きします。
- 国民年金:20歳以上60歳未満の日本国内に住所を有する自営業者等は「第1号被保険者」、厚生年金保険の被保険者は「第2号被保険者」、第2号被保険者の扶養配偶者は「第3号被保険者」として、それぞれ国民年金に加入します。
社会保険の概要
保険給付の現状
わが国の社会保障給付費は増加の一途を辿っており、令和5年度には135.5兆円に達しました。このうち年金が56.4兆円(41.6%)、医療が45.6兆円(33.6%)を占めています。
この増加の背景には、急激な少子高齢化の進展と、それに伴う疾病構造の変化(生活習慣病やがんの増加)があります。特に後期高齢者の増加は、国民医療費(令和4年度で46.7兆円)を押し上げる大きな要因となっています。
被保険者の現状
公的年金の被保険者総数は、令和6年3月末現在で約6,745万人です。内訳は、第1号被保険者が約1,387万人、第2号(厚生年金被保険者)が約4,672万人、第3号(被扶養配偶者)が約686万人となっています。
昭和36年の国民皆年金の確立以降、対象範囲は拡大されましたが、近年は現役世代(支え手)の減少が深刻な課題です。これに対応するため、マクロ経済スライドなどの自動調整メカニズムや、短時間労働者への適用拡大などが順次導入されています。
社会保険の適用事業所と被保険者
医療法人の場合
医療法人として開設された病院やクリニックは、常時従業員を使用する限り、業種や人数にかかわらず強制適用事業所となります。
- 経営者:法人の理事(役員)であっても、法人から労務の対償として報酬を受けていれば、使用される者として健康保険・厚生年金保険の被保険者となります。
- 労働者:1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上であれば被保険者となります。また、4分の3未満であっても、特定適用事業所(被保険者数50人超)などで週20時間以上等の一定要件を満たせば被保険者となります。
個人開業の場合
個人開業の病院やクリニックの場合、常時5人以上の従業員を使用する場合に限り、強制適用事業所となります。5人未満の場合は任意適用事業所となり、適用事業所となるかどうかは事業主の考え方次第です。
- 経営者:個人事業主本人は、健康保険や厚生年金保険の被保険者になることはできません。そのため、個人開業の院長は、国民健康保険(または歯科医師会国保)と国民年金のみに加入することになります。
- 労働者:従業員については、法人の場合と同様の労働時間等の要件を満たせば、健康保険・厚生年金保険、および40歳以上であれば介護保険の被保険者となります。
社会保険は強制加入
社会保険に加入したくない?
筆者は長らく人事の仕事に携わっていますが、時々「手取り額を増やしたいので社会保険には加入したくない」という新規採用者、あるいは「法定福利費がバカにならないので従業員を社会保険に加入させない」という経営者がいます。
しかし適用事業所あるいは被保険者の要件を満たした事業所および労働者は、本人の意思や事業主との合意に関係なく、法律上当然に被保険者の資格を取得します。個人的な理由で加入を拒否することは社会保険制度において一切認められません。
社会保険が強制加入である理由
社会保険が強制加入である理由は、集団によるリスク分散のためです。もし加入を任意とすると、病気がちな人や高齢者など、保険給付を受ける可能性が高い人ばかりが加入し、健康な人や若年層などリスクが小さい人は加入を避けるようになります。
これを「逆選択」と呼びますが、逆選択が起きると、保険料収入が不足して給付を支えられなくなり、社会保障制度そのものが破綻します。社会全体でリスクを分かち合い、所得再分配機能を維持して国民の生活安定を図るためには、強制加入が不可欠なのです。
まとめ
雇用保険の任意適用事業所は、労働者の半数が希望した場合、事業主は雇用保険の適用事業所の届出を行う義務があり、違反には罰則もあります。しかし健保や厚生年金の場合は、国保と国年に加入できるため、任意適用事業所の事業主は適用事業所の届出義務はありません。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
