人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

外来専門歯科クリニックで院長を務めている者です。当クリニックは、歯科・歯科口腔外科を標榜する歯科病院を中核とした医療法人グループの系列クリニック(分院)です。
先日、当クリニックの歯科衛生士が、ハンドピースの洗浄・滅菌作業中に誤って手指を負傷してしまいました。現在、その歯科衛生士は手指が治癒するまで休職中であり、来週からの復職に備えて就労の可否および復職に際して配慮すべき事項など、産業医の専門的意見を伺いたいと考えておりますが、当クリニックには産業医がおりません。
ところで当医療法人グループでは、従来から系列クリニックの職員にかかる定期健康診断の実施および診断結果の保管を、本院たる歯科病院にて一括して行っていました。そして本院(従業員50人以上)には法令に基づき選任した産業医がいるため、その産業医に当該歯科衛生士の復職に関する相談などをさせて頂きたいと考えたのですが、本院の事務長から「異なる事業場なので対応できない。」と断られてしまいました。
しかし日頃から定期健康診断などを本院で実施し、その結果票などを本院に預けている経緯もあり、本院の事務長の対応に違和感と懸念を抱いております。このような本院側の対応は、労務コンプライアンス的あるいは実務的には適切なものでしょうか?
ご相談への回答

本院の産業医が負う法的責任の範囲
結論から申し上げますと、貴院(歯科クリニック)と本院(歯科病院)との間で産業医業務の受託あるいは産業保健機能の共同利用に関する特段の契約(業務委託契約等)が交わされていない限り、本院の事務長様が貴院の要請を断ったことは法的には適切な判断です。
労働安全衛生法は、産業医の選任義務を法人全体ではなく、事業場単位(常時50人以上の労働者を使用する事業場ごと)に課しています。したがって本院の産業医が労働安全衛生上の職務や法的責任を負うのは、あくまで選任届が提出されている本院の労働者に対してのみであり、同じ医療法人グループの貴院からの要請であっても、貴院の労災事故や職員の健康管理に対して、本院の産業医が対応すべき法的義務は存在しません。
産業医不在の事業場はどうすればよいか?
常時50人未満の小規模な事業者は産業医の選任義務はありませんが、労働安全衛生法第13条の2に基づき、事業者は労働者の健康管理等を行うのに必要な医学的知識を有する医師等に健康管理を行わせるよう努めなければならないとされています。また、労働契約法第5条により、貴院には被災した職員に対する包括的な安全配慮義務が課せられています。
産業医がいない小規模事業場が専門医の意見を聴取したい場合は、独立行政法人労働者健康安全機構が運営する「地域産業保健センター(地産保・地さんぽ)」の活用を強く推奨します。地産保では、労働者50人未満の事業場を対象に、労災事故や傷病からの職場復帰における医師の意見聴取、長時間労働者への面接指導、健康相談などを原則無料で提供しています。
貴院の所轄エリアを担当する地産保に申し込むことで、法的に適切な医師の意見書を取得することが可能です。
個人情報保護法上の重大リスク
実は本件で最も懸念すべき点は、貴院の職員の定期健康診断結果を本院へ提出・共有しているという運用です。特に健康診断結果は、個人情報の保護に関する法律において特に厳格な取り扱いが求められる「要配慮個人情報」に該当し、事業主が労働者の健康診断結果を第三者(同じ医療法人グループの別事業場を含みます)に提供する場合、原則としてあらかじめ職員本人からの個別の同意を得ていなければなりません。
法人グループ全体の定期健康診断を本院で一括して実施すること自体は問題ありませんが、分院の院長が把握すべき職員の健診データが、本院の事務部門で管理されている点について、もし本人の同意なく要配慮個人情報を本院へ提出している場合、個人情報保護法違反に該当する重大なリスクがありますので、ぜひこれを機会に貴法人グループ全体の運用を見直すことを推奨いたします。
本件のポイント

- 産業医の選任義務および法的職責は「事業場単位」で発生するため、同一グループであっても本院の産業医が分院の職員の復職相談等に対応する法的義務はない。
- 産業医の選任義務のない小規模事業場において復職判断や就業上の配慮等の専門医学的な意見聴取が必要な場合は、地域産業保健センターを活用すべきである。
- 職員の健康診断結果は「要配慮個人情報」であり、本人の事前同意なく第三者へ提供・共有する運用は個人情報保護法違反のリスクが極めて高い。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。

