人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院には、勤続20年以上のベテラン歯科衛生士(61歳・嘱託再雇用)と、子育て中の短時間パートの歯科助手(30歳)が在籍しています。
これまで当院では、嘱託やパートといった「非正規スタッフ」については、以下のような処遇としてきました。
- 基本給: 正職員の概ね6割程度に設定。
- 賞与: 正職員には年2回(計4ヶ月分)支給するが、非正規スタッフには一切支給しない。
しかし最近、嘱託の衛生士から「仕事の内容も責任も正職員時代と変わらないのに、給料が大幅に下がり賞与がゼロになるのは納得できない。最近の裁判でも、こういう格差は違法だと認められたと聞いた。」と指摘を受けました。
そこで以下の点について教えてください。
- 「嘱託だから」「パートだから」という理由だけで賞与をゼロにしたり、基本給に格差を設けたりすることは、法的に許されるのでしょうか?
- 最新の判例(2026年2月の名古屋高裁判決など)では、どのような格差が「不合理」と判断されているのですか?
- 「不合理な差別」と訴えられないために、クリニック側が用意しておくべき「合理的な説明」のポイントを教えてください。
ご相談への回答

歯科クリニックのような専門職集団では、「雇用形態」にかかわらず同様の業務を担うケースが多いため、同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法)への対応は避けて通れない経営課題です。結論から申し上げますと、職務の内容や責任、配置変更の範囲が正職員と同一であるにもかかわらず、雇用身分のみを理由に著しい格差を設けることは、法的に極めてリスクが高い状況にあります。
「不合理な待遇差」の禁止(均等待遇と均衡待遇)
法律では、正職員(通常の労働者)と非正規スタッフとの間で、以下の2つの観点から不合理な格差を設けることを禁止しています。
- 均等待遇(差別的取扱いの禁止): 「職務内容」と「責任の程度」、および「将来の配置変更の範囲」が全く同じであれば、正当な理由なく待遇に差をつけてはなりません。
- 均衡待遇(不合理な待遇差の禁止): 職務内容などに違いがある場合でも、その違いに応じた「バランス(均衡)」のとれた待遇でなければなりません。不利益な相違を設けるには、客観的・合理的な理由が必要です。
注意すべき最新判例:賞与不支給のリスク
ご相談にある「嘱託再雇用者の賞与不支給」については、2026年2月26日の名古屋高裁控訴審判決(名古屋自動車学校事件)が実務に大きな影響を与えています。
この判決では、正職員と嘱託職員の業務内容(職務、責任、労働時間)が同一である場合、雇用身分のみを理由に賃金を大幅に引き下げたり、賞与をゼロにしたりすることは「不合理な差別」であると認定されました。これまでの「非正規は給与が低くて当たり前」という雇用慣行は、もはや通用しないと考えたほうが賢明です。
「合理的な説明」のための3つの要素
スタッフから待遇差の理由を問われた際、院長は以下の3つの要素に基づき客観的に説明できなければなりません。
- 職務の内容(JD:職務記述書): 「正職員はインプラントなどの高度なオペ介助や新人の教育指導も担うが、嘱託・パートは一般的な予防処置や補助業務に限定している」といった業務範囲の明確な差。
- 責任の程度: 「正職員にはトラブル時の最終判断やクレーム対応の責任があるが、非正規は報告までとする」といった責任の重さの差。
- 配置の変更の範囲: 「正職員は将来的な部署異動や、クリニックの経営状況に応じた役割変更の可能性があるが、嘱託・パートは勤務地や職務が固定されている」といった柔軟性の差。
実務的な解決策:制度設計のコツ
トラブルを防ぎ、ガバナンスを強化するための具体的なステップを提案します。
- 職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)の整備: 職種・等級ごとに「期待される役割」や「具体的な業務範囲」を文書化し、正規・非正規の境界線を可視化します。
- 福利厚生の共通化: 通勤手当(実費弁償)や、休憩室・更衣室の利用、慶弔休暇などの福利厚生については、原則として雇用形態による差を設けないことが推奨されます。
- 説明義務の履行: スタッフから求められた場合、待遇差の理由(考慮した事項)を誠実に説明する体制を整えます。これが不信感を払拭し、離職防止(ES向上)に繋がります。
本件のポイント

- 「雇用身分(嘱託・パート)」という理由だけで、職務が同じスタッフに著しい格差をつけることは認められない。
- 賞与不支給を正当化するには、正職員と非正規スタッフとの間で「責任の重さ」や「将来の役割変更の可能性」に明確な差が必要である。
- 「職員の満足(ES)が診療の質を高め、患者満足(PS)を生む(SPC)」という経営視点からも、納得感のある処遇体系の構築が不可欠である。
- 就業規則に「等級ごとの職務定義」を明記し、それに基づいた人事評価と報酬を紐づけることが、最大の法的防衛策となる。
スタッフが「自らの貢献が正当に評価されている」と実感できる透明性の高い運営こそが、採用難の時代に選ばれるクリニックを創る土台となります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。