人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は院長である私と、歯科衛生士・助手を合わせて8名雇用している歯科クリニックです。これまで、求人票や雇用契約書には、各種手当をすべて含めた総額を「基本給」として記載してきました。例えば、月給25万円の場合、契約書にも「基本給 250,000円」とだけ記しています。
しかし、最近採用したスタッフから「基本給の中に何の手当が含まれているのかわからない」「残業代の計算の基礎となる金額はいくらなのか」と問われ、答えに窮してしまいました。
- 「基本給」を手当込みの総額で記載し続けることは、法的にどのようなリスクがありますか?
- 「本来の基本給」と「毎月決まって支払われる手当」を分かりやすく呼び分けるための、実務的な用語定義を教えてください。
- ハローワークの求人票に記載した条件と、実際の労働条件通知書の内容に齟齬(そご)が出ないようにするための注意点はありますか?
スタッフへの透明性を高め、募集時の条件と入社後の実態が違うといったトラブルを防ぎたいと考えています。
ご相談への回答

歯科クリニックのような専門職の現場において、賃金の内訳が不透明であることは、スタッフの不信感を招くだけでなく、「未払い残業代」の発生という重大な経営リスクを孕んでいます。結論から申し上げますと、「基本給(基本単価)」と「諸手当」は明確に切り分けて明示し、それらを合算したものを「固定給(固定的賃金)」と定義して管理すべきです。
賃金内訳を曖昧にするリスク
基本給を手当込みの総額で記載していると、以下の法的・実務的問題が生じます。
- 残業代の算定基礎が不明確: 労働基準法に基づき、残業代(割増賃金)は「除外できる手当(家族、通勤手当等)」を除いた賃金を算定基礎とします。すべてを「基本給」としていると、本来除外できるはずの手当まで算定基礎に含まれてしまい、残業代が過大に算出される、あるいは逆に過少となり未払いが発生するリスクがあります。
- 賞与や退職金への影響: 多くのクリニックでは賞与や退職金を「基本給の◯ヶ月分」と定めています。手当込みの額を基本給と呼んでいると、想定外の高額な賞与・退職金の支払い義務が生じる恐れがあります。
分かりやすさを追求した賃金体系のご提案
スタッフが納得し、事務処理もスムーズになる賃金体系の構成を提案します。
- 基本給(基本単価): 年齢、経験、技能、職務遂行能力などに応じて支払われる、賃金の核となる部分。
- 固定的賃金(固定給): 基本給に加えて、役職手当、資格手当、住宅手当、職務手当など「変更事由が生じない限り毎月一定額が支払われる手当」を合算したもの。
- 変動的賃金(変動給): 時間外手当(残業代)、深夜手当、休日手当、歩合給など、勤務実績に応じて毎月変動するもの。
労働条件通知書には、「基本給 ◯◯円 + 資格手当 ◯◯円 = 固定給計 ◯◯円」という形で、段階的に明示するのがベストです。
求人票と労働条件通知書の「不一致」を防ぐ
ハローワーク等の求人票と実際の契約内容に相違があると、職業安定法違反(労働条件の明示義務違反)を問われる可能性があります。
- 求人票の記載ルール: 求人票には「採用時に支払われる最低支給額」の記載が求められます。
- 事前の不一致の明示: もし採用時の個別の交渉により、求人票に示した条件と異なる労働条件で契約する場合は、契約締結前にその変更内容を改めて明示しなければなりません。
- 賞与の確約に注意: 求人票に「賞与あり」と記載した場合、支給額の計算根拠が基本給なのか固定給計なのかを通知書で明確にしておかないと、入社後に「聞いていた金額と違う」というトラブルが発生します。
本件のポイント

- 「基本給」と「手当」を合算したものは「固定給(固定的賃金)」と呼び、内訳を箇条書きで明示する。
- 固定的賃金とは、定期昇給や人事評価などの変更事由がない限り、毎月一定額が支給される賃金である。
- 残業代の計算トラブルを防ぐため、どの手当が「割増賃金の算定基礎」に含まれるのかを明確にする。
- 求人票に記載した「月給総額」と、契約書の内訳の「合計額」を必ず一致させ、不一致がある場合は契約前に書面で説明する。
- 賃金体系の透明化は、スタッフのES(職員満足)を高めるだけでなく、クリニックのガバナンス(組織統治)を強化する。
労働条件を「できる限り書面で確認する」という姿勢が、個別の労働関係の安定に直結します。正しく用語を定義し、誠実な条件明示を行うことが、優秀な歯科人材に選ばれるクリニックの第一歩となります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。