この記事のポイント
労使協定とは?
日本では、多くの企業で時間外労働や休日出勤が当たり前のように行われているが、労働基準法では、原則として残業や休日出勤を認めていない。また、社員親睦会費を給与から控除する行為も、労働基準法に定める賃金支払5原則の1つである全額払いの原則に違反している。
しかし、このような一見すると違法な行為がまかりとおっているのは、労使間で協定を締結しているからである。
労使協定とは、労働基準法で禁止されている条項のうち、例外が認められているものについて、労使間で協定を結ぶことで、使用者が労働基準法違反で罰せられることを免除する免罰効果を生むものである。
なお、労使協定と似た名前のものに労働協約があるが、こちらは使用者と労働組合との間で取り交わした特別な労働条件を書面にしたものであり、適法に締結された労働協約は労働基準法に次ぐ、強い法的効力を有する。
ただし、労使協定が全ての労働者に適用されるのに対し、労働協約は、労働協約を締結した労働組合の組合員に限定して適用される。
労使協定の種類(14種類)
2023年12月現在、労働基準法に規定されている労使協定は、14種類である。これらの協定は、労働基準法の規定について例外的な取り扱いをする場合に、労使間で締結するものである。そこで、原則と例外を対比しながら解説する。
なお、この文章は、小売業の店長やマネジャーを対象としているため、法律の条文を理解しやすいように、できるだけ簡潔明瞭かつ平易な表現を用いた。また、一般的な小売業ではあまり想定されないような協定については、解説を簡略化させて頂いた。
01.社内貯蓄制度を実施する時の労使協定
原則;使用者は、雇用を条件として、労働者に社内貯蓄をさせたり、労働者の貯蓄金を、会社に預託させるような内容の労働契約を締結してはならない(労基法18条)。
例外;労働契約と関係のない、労働者が任意に利用できる社内貯蓄制度であれば、労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届出すれば、実施できる。(労基法18条2)
02.賃金から法定控除以外の控除を行う時の労使協定
原則;賃金は通貨によって、労働者本人に対し、その全額を、直接支払わねばならない。(労基法24条)
例外;労使協定を締結することで、賃金から社内預金の積立金や親睦会費などを控除することができる。(労基法24条)
03.休憩時間を別々に与える時の労使協定
原則;使用者は、労働者に休憩時間を与える場合は、一斉に与えなければならない。(労基法34条2)
例外;労使協定を締結すれば、交代制によって休憩時間を与えることができる。(労基法34条2)
なお、小売業は一斉付与の例外業種(施行規則第31条)とされており、労使協定を締結しなくても、店舗のスタッフに、交代で昼休みを与えることができる。(労基法34条2)
04.事業場外のみなし労働時間制を実施する時の労使協定
原則;直行直帰の外勤職など、正確な労働時間を算定するのが難しい職種は、所定労働時間を働いたものとみなし、時間外勤務が必要な場合は、その業務の遂行に要する時間を働いたものとみなす。(労基法38条2)
例外;上記の職種の者が、職務の遂行にあたってが時間外勤務を必要とする場合、その業務の遂行に必要とされる時間は、労使協定において定めるものとする。(労基法38条2-2)
なお、職務の遂行にあたって、法定労働時間を超える時間外勤務が発生する場合には、締結した労使協定を、所轄の労働基準監督署に届出しなければならない。
05.専門型裁量労働制を実施する時の労使協定
原則;使用者は、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1日について8時間を超えて、労働者を就労させてはならない。(労基法第32条~32条2)
例外;弁護士や建築士など、業務の遂行にあたって、使用者が具体的に指示することが難しい職種(法定19職種)については、労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届出することで、本人の裁量によって就労させ、所定の労働時間を労働したものとみなすことができる。
06.1ヶ月単位の変形労働時間制を実施する時の労使協定
原則;使用者は、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1日について8時間を超えて、労働者を就労させてはならない。(労基法第32条~32条2)
例外;使用者は、労使協定を締結するか、就業規則に定めることで、1ヶ月以内の期間において、労働時間が週平均40時間(特例事業は44時間)以内であれば、1日8時間、1週間40時間を超えて労働者を就労させることができる。(労基法32条2)
労使協定によって1ヶ月単位の変形労働時間制を実施する場合には、締結した労使協定を所轄の労働基準監督署に届出しなければならない。なお、1ヶ月変形労働時間制においては、1日もしくは1週間に就労させられる労働時間の上限は規定されていない。
特例事業とは、商業(小売業)、映画演劇(映画館、劇場)、保健衛生(診療所)、接客娯楽(旅館、飲食店)のうち、常時10人未満の労働者を使用する事業をいう。
07.1年単位の変形労働時間制を実施する時の労使協定
原則;使用者は、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1日について8時間を超えて、労働者を就労させてはならない。(労基法第32条~32条2)
例外;使用者は、労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届出することで、1年間を平均して労働時間が週40時間以内に収まるのであれば、特定の日に10時間まで、また特定の週に52時間まで就労させることができる。(労基法32条4)
08.1週間単位の非定型的変形労働時間制を実施する時の労使協定
原則;使用者は、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1日について8時間を超えて、労働者を就労させてはならない。(労基法第32条~32条2)
例外;小売業、旅館、料理店、飲食店のうち、常時使用する労働者が30人未満の小規模事業者について、労使協定を締結し、労働基準監督署に届出することで、1日10時間まで労働させることができる。(労基法32条5、施行規則12条5)
09.フレックスタイム制を実施する時の労使協定
原則;使用者は、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1日について8時間を超えて、労働者を就労させてはならない。(労基法第32条~32条2)
例外;使用者は、フレックスタイム制(始業・終業時刻を労働者の裁量に委ねる制度)を就業規則に規定し、労使協定を締結することで、精算期間における週の平均労働時間が40時間以内に収まる限り、特定の週において50時間まで労働させることができる。(労基法32条3)
フレックスタイム制における精算期間は最長で3ヶ月間とされており、精算期間が1ヶ月を超える場合に、締結した労使協定を所轄の労働基準監督署に提出しなければならない。また、特例事業については、週の平均労働時間が44時間以内に収まればよい。
10.時間外・休日労働をさせる時の労使協定(36協定)
原則;使用者は、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1日について8時間を超えて、労働者を就労させてはならない。(労基法第32条~32条2)
例外;使用者は、労使協定を締結し、労働基準監督署に届出することによって、労働者に対し、時間外労働もしくは休日労働をさせることができる。(労基法36条)
11.割増賃金の支払に代えて代替休暇を付与する時の労使協定
原則;使用者が労働者に時間外労働をさせた場合は、通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払わねばならず、時間外労働が月60時間を超えた場合には、さらに25%以上の割増賃金を上乗せしなければならない。(労基法37条)
例外;使用者は、労使協定を締結することで、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金を支払う代わりに、代替休暇を与えることができる。(労基法37条3)
12.年次有給休暇を時間単位で付与する時の労使協定
原則;使用者は、労働者を雇い入れた日から6ヶ月継続勤務し、その8割以上出勤した労働者に対し、10日分の有給休暇を与えなければならない。(労基法39条)
例外;使用者は、労使協定を締結することで、労働者に対し、年に5日分を限度として、時間単位で年次有給休暇を与えることができる。(労基法39条4)
13.年次有給休暇を計画的に付与する時の労使協定
原則;使用者は、雇い入れの日から6ヶ月間継続勤務し、その期間の8割以上を出勤した労働者に対し、10日分の有給休暇を与えなければならない。(労基法39条)
例外;使用者は、労使協定を締結することで、労働者に付与しなければならない年次有給休暇のうち、前年からの繰越を含む5日を超える部分について、あらかじめ時季を指定して、年次有給休暇を与えることができる。(労基法39条6)
14.年次有給休暇中の賃金の決め方に関する労使協定
原則;使用者は、労働者が年次有給休暇を取得した場合は、平均賃金もしくは所定労働時間の通常賃金のいずれかを支払わねばならない。(労基法39条9)
例外;使用者は、労使協定を締結した場合、原則的な賃金の支払いに代えて、健康保険法の標準報酬月額の30分の1に相当する金額を支払うことができる。(労基法39条9)
労使協定の締結方法
労使協定は、労使間の協議と合意によって締結するが、労働者側の契約主体は、過半数労働組合または労働者の過半数を代表する者となっている。
労働者の過半数を代表する者は、管理監督者や病気により長期欠勤している者も含まれる。また、代表の選出にあたっては選挙や互選、話し合いなどの民主的な手続きによる必要があり、使用者の意向にもとづき選出された者であってはならない。
なお、管理職は、労働者として過半数代表者の選出には参加できるが、過半数代表者になることはできない。
また、これまでに紹介した14の労使協定のうち、次の協定については有効期間が設けられているため、期間満了ごとに、新たに労働者の過半数を代表する者を選出して、労使協定を締結し直す必要がある。
- 事業場外のみなし労働時間制
- 専門業務型裁量労働制
- 1ヶ月単位の変形労働時間制
- 1年単位の変形労働時間制
- 1週間単位の非定型的変形労働時間制
- 時間外・休日労働(36協定)
労使協定の効力
労使協定は、労働基準法違反となる行為を行っても違反にしないという「免罰効果」のみを発生させる。免罰効果は、労使協定を締結した時点で発生するのが原則である。ただし、36協定については、労働基準監督署に届け出ることで初めて免罰効果が発生する。
適正に締結された労使協定は、事業上の全労働者に対して効力が及ぶ。例えば、労使協定に反対している労働者がいる場合でも、労使協定が適正な方法で締結されたものであれば、反対している労働者も含めて、全ての労働者に対して労使協定の効力が及ぶ。
労使協定の締結は、労働組合がある場合は、労働者の過半数以上で組織された労働組合と締結する。その労働組合と適法に労使協定が締結された場合には、協定した労働組合以外の第2労働組合や第3労働組合についても、労使協定の効力が及ぶ。
労使協定に関する罰則
労使協定を締結しなかった場合は、労働基準法の罰則規定にもとづき30万円以下の罰金が科される。
労働基準法の罰則は、労使協定を締結しなかった事業所の責任者だけでなく、経営者も同時に罰せられる「両罰規定」である。経営者に対しては、原則として罰金刑のみが科されるが、経営者本人が不法行為を行った場合には、懲役刑が科されることもある。
労使協定を締結しなかった場合の罰則以外にも、労使協定を締結しないで労働者に時間外労働や休日労働をさせた場合は、法定労働時間の遵守義務違反として、別途、6ヶ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金が科される。
さらに使用者には、労働基準法などの労働関係法令や就業規則などを、自社の従業員に対して周知する義務があり、この義務には労使協定も含まれる。労働基準法などの労働関係法令は、その要旨を周知すれば足りるが、就業規則と労使協定は全文を周知する必要がある。
周知の方法としては、これらの規定集を常時各作業場の見やすい場所に掲示または備え付けること、書面を労働者に交付すること、パソコンなど、各作業場に労働者が当該の内容を常時確認できる機器を設置することなどがある。
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