人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院はスタッフ数8名の歯科クリニックで、「1ヶ月単位の変形労働時間制」を導入しています。シフトを組む際は、1ヶ月の総労働時間が法定労働時間の総枠(31日の月であれば177.1時間)を超えないように調整しています。
先日、ある歯科衛生士から「先週、急患対応で11時間働いた日があったので、その日の3時間分は残業代として支払ってほしい」と言われました。事務長は「その週の別の日に3時間早く上がってもらっており、月全体の労働時間は160時間程度で枠内に収まっている。だから残業代は発生しないはずだ」と主張しています。
- 月の総労働時間が法定の枠内に収まっていても、特定の日や週の残業代を支払わなければならないのでしょうか?
- 「残業した分、別の日に早く帰る」という相殺処理は、法的に認められますか?
- 月の法定労働時間の総枠を計算する際、177時間のように「端数を切り捨てて」管理しても問題ありませんか?
制度を正しく運用しているつもりでしたが、スタッフとの認識に齟齬が出ており困っています。
ご相談への回答

歯科クリニックの現場では急患対応等で労働時間が変動しやすいため、変形労働時間制は非常に有効です。しかし、「月の総枠に収まればいい」という考え方は大きな落とし穴であり、日単位・週単位での判定を怠ると未払い残業代が発生するリスクがあります。
残業代計算の「3ステップ」ルール
1ヶ月単位の変形労働時間制であっても、時間外労働(残業代)の計算は以下の順序で行わなければなりません。
- ステップ1(日単位): あらかじめシフトで特定した時間を超えて働いた時間をカウントします。
- 所定が8時間以上の日の場合:その所定時間を超えた時間
- 所定が8時間未満の日の場合:8時間を超えた時間
- ステップ2(週単位): ステップ1でカウントした分を除き、あらかじめ特定した時間を超えて働いた時間をカウントします。
- 所定が40時間以上の週の場合:その所定時間を超えた時間
- 所定が40時間未満の週の場合:40時間を超えた時間
- ステップ3(月単位): ステップ1・2でカウントした分を除き、月の法定労働時間の総枠を超えて働いた時間をカウントします。
ご相談のケースでは、11時間働いた日に「8時間を超えた3時間分(またはシフト上の所定時間を超えた分)」がステップ1の段階で時間外労働として確定します。
「別の日の早退」による相殺は不可
最も誤解が多いのが、「ある日の残業を別の日の早退で相殺できる」という思い込みです。 たとえ別の日に3時間早く帰宅させて月間の総時間が減ったとしても、ステップ1や2で一度発生した時間外割増の支払い義務は消滅しません。これを相殺して支払わないことは、労働基準法の割増賃金支払義務違反となります。
月の総枠計算における「端数切り捨て」の禁止
月の法定労働時間の総枠を計算する際、「177.1時間」を「177時間」とするような1時間未満の端数切り捨ては認められません。
- 31日の月:177.1時間(40時間×31日÷7日)
- 30日の月:171.4時間(40時間×30日÷7日) この0.1時間や0.4時間の積み重ねを切り捨てることは賃金未払いに該当するため、正確に算定する必要があります。
本件のポイント

- 変形労働時間制は「月の総枠」だけでなく、「日単位」「週単位」で段階的に残業を認識しなければならない。
- 特定の日・週に発生した時間外労働は、他の日の遅刻や早退と相殺して消滅させることはできない。
- 月の法定労働時間の総枠は、端数まで正確に計算して設定する必要がある(31日の月は177.1時間)。
- 歯科クリニック(常時10人未満)が「特例対象事業場」として週44時間を適用している場合、月の総枠はさらに大きくなるが(31日の月で194.8時間)、計算の原則は同じである。
変形労働時間制を「残業代を減らすための道具」ではなく、あくまで「業務の繁閑に合わせた柔軟な働き方」として運用することが、スタッフの不信感を防ぎ、健全なクリニック経営を維持することに繋がります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。