人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、院長である私と、非常勤の歯科医師3名、歯科衛生士・助手5名が勤務する歯科クリニックです。
これまで当院では、歯科医師の先生方に対しては「先生を時間で管理するのは失礼だ」という長年の慣習もあり、タイムカードの打刻を求めてきませんでした。給与(報酬)についても、あらかじめ契約した「10時から18時まで」といった所定労働時間に基づき、固定額(または1時間単位の時給)で計算し、数分のズレは「お互い様」として処理してきました。
しかし、新しく入職予定の歯科医師(週20時間以上勤務、社会保険加入希望)の先生について、事務長から「これからは歯科医師にも1分単位での打刻を徹底させるべきだ。そうしないと法律違反になるだけでなく、保健所の立ち入り調査で指摘されるリスクがある」と進言されました。
院長としては、プロフェッショナルである歯科医師にスタッフと同じようにタイムカードをガチャンとさせるのには抵抗があるのですが、以下の点について教えてください。
- 歯科医師であっても、タイムカード等で労働時間を客観的に把握しなければならない法的義務があるのでしょうか?
- 「固定時間払い」の慣習を続けることに、どのようなリスクがありますか?
- 医療法第25条に基づく立ち入り調査(医療監視)では、具体的にどのような点がチェックされるのでしょうか?
ご相談への回答

歯科業界において、歯科医師を「聖職」や「プロフェッショナル」として特別視し、厳格な時間管理を避ける慣習は根強く残っています。しかし、近年の法改正により、歯科医師も他のスタッフと同様、労働基準法・労働安全衛生法上の「労働者」として厳格な労働時間管理を行うことが事業者の「義務」となっています。
改正安衛法による「客観的把握」の義務化
2019年4月の施行の改正労働安全衛生法(安衛法)により、事業者は管理監督者を含むすべての労働者の労働時間の状況を、客観的な方法で把握することが義務付けられました。
- 客観的な方法とは: タイムカード、ICカード、パソコンのログ記録など、第三者が確認できる記録を指します。
- 歯科医師も対象: 労働法令において歯科医師は「労働者」であり、例外規定は存在しません。院長が「失礼だから」と忖度して打刻を免除することは、明確な安衛法違反となります。
※労働基準法では使用者の現認による労働時間の把握を認めていますが、労働安全衛生法では勤怠システム等による客観的勤怠記録の取得を義務付けています。
「固定時間払い」と「1分単位」の壁
医療現場でよく見られる「15分単位の切り捨て」や「契約時間での固定払い」は、労働基準法における「賃金全額払いの原則」に抵触します。
- 1分単位の算定: 労働時間は1分単位で把握し、算定・支給するのが原則です。
- 未払い残業代リスク: 「数分のズレは気にしない」という慣習は、積み重なれば多額の未払い残業代となります。万が一、退職後に過去に遡って請求された場合、客観的な打刻記録がないことは、クリニック側が極めて不利な立場に置かれる原因となります。
- 安全配慮義務: 正確な時間を把握していない状態で、過重労働による健康障害や事故が発生した場合、クリニックは安全配慮義務違反(労働契約法)を免れられず、重大な損害賠償責任を負うリスクがあります。
医療法第25条の立ち入り調査(医療監視)への対応
2024年4月から始まった「医師の働き方改革」に伴い、医療法第25条に基づく都道府県等の立ち入り調査において、労務コンプライアンスに関するチェック項目が大幅に拡充されています。
- 労働時間短縮の取り組み: 医師・歯科医師の時間外労働に上限規制が適用されたため、調査では「労働時間を適正に把握しているか」「36協定を遵守しているか」が厳しく問われます。
- 改善勧告: 打刻記録がない、あるいは自己申告と実態に乖離がある場合、医療監視において是正指導の対象となり、改善されない場合は行政処分の対象となる可能性もあります。
実務上のアドバイス:心理的ハードルを下げる工夫
「打刻は失礼」と感じる歯科医師の先生方に対しては、以下のようなアプローチが有効です。
- 「セキュリティ」を名目にする: 「情報漏洩防止や防犯のため、IDカードによる入退室管理を導入した」と説明し、そのログを勤怠記録として活用する。
- 公的基準の提示: 「2024年の法改正により、すべての歯科クリニックに歯科医師の客観的な時間管理が義務付けられた」という事実を、行政のリーフレット等を用いて丁寧に説明する。
- 先行事例の紹介: 国立病院や大学病院、大規模法人では、すでに歯科医師も含めた打刻が一般的であることを伝える。
本件のポイント

- 歯科医師(管理監督者含む)の労働時間をタイムカード等で客観的に把握することは、安衛法上の法的義務である。
- 歯科医師も「労働者」であり、労働基準法に基づき1分単位で労働時間を算定・支給しなければならない。
- 2024年からの「医師の働き方改革」により、医療監視(立ち入り調査)での労務管理チェックが厳格化している。
- 客観的な記録がないまま固定時間払いを続けることは、未払い残業代請求や安全配慮義務違反という重大な経営リスクを招く。
- 感情的な対立を避けるため、セキュリティ対策の一環として打刻システムを導入するなど、運用上の工夫を検討すべきである。
歯科医師を「時間で縛る」のではなく、「法的に守る」ために正確な労働時間把握が必要であるという認識を共有することが、クリニックの健全なガバナンスへの第一歩となります。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。