人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、訪問歯科診療に注力している歯科クリニックで、訪問診療専任の勤務歯科医師がいます。この歯科医師が訪問先(居宅や介護施設)に直行・直帰する時は、「自宅を出た時間」および「自宅に帰着した時間」を始業・終業の時刻としていました。
しかし、事務長より「そもそも移動中は通勤なので労働時間ではありませんので、出退勤時刻のルールを見直すべきではありませんか。」と意見されました。そこでその旨を担当歯科医師に話したところ、次のように反論され、対応に苦慮しております。
- 診療機材の運搬と管理義務: 「前日のうちに診療車両にタービンやポータブルユニットなどの診療機材を積み込んで帰宅しているため、自宅を出発した時からこれらの管理に気を配る必要がある。よって自宅を出発した時から労働時間とすべきではないか?」
- アルコールチェックの義務: 「道路交通法に基づき、乗車前に自宅でアルコール検知器によるチェックを実施して記録・報告する義務が課されているため、運転前および運転後のアルコールチェックの実施をもって始業・終業時刻とするのが正しいと思う。」
訪問歯科診療における直行・直帰時の労働時間の取り扱いについて、どのように整理するのが適切でしょうか。保険診療制度や医療安全上の留意点も含めて教えてください。
ご相談への回答

結論から申し上げると、訪問歯科診療を担当している歯科医師の言い分が正解です。確かに貴院の事務長が仰るとおり、原則的には直行・直帰の場合の移動時間は「通勤時間」であり、「労働時間」ではありません。
しかし移動中であっても医療機材の運搬や管理を行わねばならないようなケースにおいては、その時間は「使用者の指揮命令下にある時間(労働時間)」とみなされる…という例外的ルールが存在します。またアルコールチェックも業務を遂行するために不可欠な作業ですから、この時間も労働時間に該当します。
以下、通勤時間と労働時間の切り分けについて、詳しく解説してゆきます。
通勤時間と労働時間の境界線は?
労働基準法上の「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します(最高裁 三菱重工長崎造船所事件)。
- 原則(単なる移動):自宅から最初の訪問先(患者宅や介護施設等)へ直行する時間、および最後の訪問先から自宅へ直帰する時間は、通常の「通勤」と同等であり、原則として労働時間には含まれません。そのため訪問先到着時を始業時刻、訪問先退出時を終業時刻とすること自体は法的に問題ありません。
- 例外(業務制を帯びる場合)
- 診療機材の運搬および管理: 訪問歯科診療では、ポータブルユニットやタービン等の常時携行が必須要件(歯科訪問診療料の算定要件)です。自宅を出発した時点でこれらの診療機材や薬剤等を運搬・管理する義務が生じている以上、移動時間も「使用者の指揮命令下にある時間=労働時間」であり、自宅出発時が始業時刻とみなされる可能性が高いです。
- アルコールチェックの義務: 運転前・運転後のアルコールチェックや、出発前の安全確認・業務報告を義務付けている場合、その検査を実施した時間は使用者の指揮命令権が及んでいると解釈されます。
補足:労働時間と診療時間のちがい
訪問歯科診療において直行・直帰ルールを整備する際は、労働基準法の労働時間と診療報酬制度上の診療時間を混同しないよう注意が必要です。帰着後も医療安全にかかる各種法令に基づき、診療行為とは別の作業(以下参照)が発生する点も、勤怠管理において考慮すべきでしょう。
- 診療時間と労働時間の違い: 診療報酬上の「歯科訪問診療料」の対象となるのは「実際に診療・指導を行った時間(20分ルール等)」であり、移動時間や準備・片付け時間は含まれません。しかし、労務管理においては準備・片付け・移動(業務命令に基づくもの)もすべて賃金支払い義務の生じる「労働時間」となります。
- 医療安全・衛生管理の観点: 訪問歯科診療で使用した汚染器具や医療廃棄物は、歯科医師の個人宅や診療車両内に放置せず、クリニックに持ち帰って適切な滅菌・廃棄フローを通す必要があります。また、緊急時の報連相体制(ICTツールや電話等での迅速な連絡)を確立しておくことも医療安全上、不可欠です。
本件のポイント

- 社用車での直行・直帰時の移動時間は原則「通勤時間」であるが、物品・機材の管理義務がある場合は「労働時間」に該当する。
- 出発前あるいは帰着後のアルコールチェックや業務報告を義務付ける場合、その時間は使用者の指揮命令下にあると判断される。
- 診療報酬上の「診療算定時間」と労働基準法上の「給与支給対象(労働時間)」は別制度であり、区別して管理する必要がある。
かつて病院歯科の事務方として、訪問歯科診療のサポート(医療機材の積み込みや積み下ろし、診療車両の運転等)を担当していた筆者の経験から申し上げると、訪問歯科診療の専任者であっても、診療車両は原則としてクリニックから出庫、あるいはクリニックに帰庫させるルールに改めるのが、合理的かつ安全な運用ではないかと考えます。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


