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2024年国会で審議中の人事関連法改正案(前編)

今年度の国会審議中の人事関連法改正案は3法令

今回は2024年度(令和6年度)通常国会にて審議中の人事関連法令改正案の概要をご紹介します。本年度の会期は6/23までとなっており、公布日に施行される改正法もあるため、社内での準備に先立ち、どのような法令がどう変わるのか把握しておく必要があります。

今年の人事関連法令改正案は、雇用保険法に関係するものが7項目、育児介護休業法および次世代育成支援対策推進法に関するものは12項目もあるため、当サイトでは雇用保険法の7項目を前編で、残りの2つの法令に関する12項目を後編にてそれぞれ解説してゆきます。

なお雇用保険の加入者(被保険者)には、一般の被保険者、高年齢被保険者(65歳以上)、短期特例被保険者(季節労働者)、日雇労働被保険者の4種類がありますが、この記事では一般の被保険者にフォーカスして解説してゆきますので、予めご了承願います。

雇用保険法の一部を改正する法律案の概要

雇用保険の適用拡大(2028年10月1日施行予定)

現行では雇用保険の加入対象者は、週の所定労働時間が20時間以上の労働者となっていますが、法改正により週所定労働時間が10時間以上であれば、雇用保険に加入することになります。加入要件の拡大により、小売業では短時間パートタイマーの新規加入が予想されます。

法改正により、新たに雇用保険に加入することになった短時間パートタイマーは、雇用保険料の負担が生じます。雇用保険料は保険本体部分と付帯事業としての二事業部分から成りますが、保険本体部分の保険料を労使折半して、会社と本人がそれぞれ負担します。

雇用保険料率表
2024年4月1日時点の雇用保険料率

新たに雇用保険に加入することとなった短時間パートタイマーは、正社員と同様の保険給付を受けることができるようになる予定です。要件を満たせば基本手当(いわゆる失業手当)のほか、教育訓練給付金、育児休業給付金、介護休業給付金なども受給できるようになります。

基本手当の給付制限期間短縮(2025年4月1日施行予定)

会社の倒産などでやむなく失業した時は、ハローワークで求職申し込みをすると、7日間の待機期間を経て、失業認定日ごとに基本手当を受給することができます。しかし自己都合退職については、待機期間の7日間に加えて、最大3ヶ月間の給付制限が行われることになっています。

前回の法改正により、離職後5年間のうち2回の自己都合退職までは、給付制限期間が3ヶ月→2ヶ月に短縮されることになりましたが、今回の法改正では、厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講するために自己都合退職した場合は、さらに給付制限期間が1ヶ月間に短縮されます。

厚生労働大臣の指定する教育訓練とは、次項で解説する3つの教育訓練をいいます。現在でも公共職業訓練を受講する場合には、自己都合退職であっても給付制限されませんが、訓練コースの種類は限定的で、受講に先立ちハローワークの審査をパスしなければなりません。

教育訓練給付金の支給率引き上げ(2024年10月1日施行予定)

現在、雇用保険法の教育訓練給付として用意されているものは次の3種類です。教育訓練を修了すると、それぞれ受講に要した費用の20%~70%を、教育訓練給付金として受講者に支給する仕組みとなっています(ただし上限額あり。詳しくは厚労省等のサイトを参照)。

1.一般教育訓練
~雇用の安定と就職を促進するために厚生労働大臣が指定するもの
(例;社会保険労務士、中小企業診断士、医療事務等の受験対策講座など)

2.特定一般教育訓練
~早期の再就職およびキャリア形成のために厚生労働大臣が指定するもの
(例;大型自動車免許、建設系機械の運転免許、介護職員初任者研修等)

3.専門実践教育訓練
~中長期的に専門性の高いキャリアを形成するために厚生労働大臣が指定するもの
(例;看護師、美容師、保育士など専門学校の修了を要する資格等)

専門実践教育訓練については、教育訓練を修了してから1年以内に国家資格を取得した場合に、受講費用の50%に加えて20%の上乗せ支給を行う制度になっています。これが法改正によって、特定一般教育訓練にも免許取得の際に10%の給付金の上乗せが行われます。

さらに専門実践教育訓練では、教育訓練を修了したことにより勤務先で昇給があった場合に、別途10%の上乗せ支給を行う予定です。個人的にはこれらの法改正は、教育訓練費用の補助というより、リスキリング促進のためのインセンティブではないかと思います。

教育訓練給付金給付率改正案
厚生労働省公式サイトより転載

教育訓練休暇給付金の創設(2025年10月1日施行予定)

教育訓練給付金は、原則として雇用保険の被保険者=在職中の労働者を対象とした制度です。一方で特定一般教育訓練や専門実践教育訓練は、教習所や専門学校への通学を想定しており、まとまった時間を確保できない多くのサラリーマンには現実的な制度ではありません。

そこで今回の法改正では、在職中のサラリーマンがこれらの教育訓練を受講するために休暇を取得した場合に、生活費を心配することなくリスキリングに専念できるよう、失業時の基本手当の支給方法に準じた教育訓練休暇給付金制度を創設することになりました。

この新制度は育児休業給付金や介護休業給付金とよく似ています。ただし育児介護休業が育児介護休業法にて休業の権利を保障した上で、雇用保険法にもとづき休業給付金を支給するのに対し、新制度の場合、休暇取得の可否はあくまでも使用者の任意となりそうです。

また育児・介護休業給付金は、休業中の賃金が一定割合まで低下した場合に最大で休業前賃金の8割まで補填してくれる制度ですが、新制度は基本手当に準じますので、休暇前の賃金日額の80%~50%相当額を、雇用保険の加入期間ごとの支給日数に応じて給付する予定です。

教育訓練休暇給付金の支給日数案

なお厚労省の資料には明記されていなかったものの、教育訓練休暇給付金が基本手当に準じて支給されるということは、その後離職した際に基本手当を受けようとする場合に、給付金の対象となった被保険者期間は、基本手当の算定基礎期間として通算されなくなると思われます。

雇用保険給付費の国庫負担の増加(公布日に施行予定)

雇用保険給付のうち、求職者給付の各種給付金や介護休業給付金、育児休業給付の育児休業給付金および出生時育児休業給付金にかかる財源は、事業主や被保険者から徴収した保険料の他に、国庫(税金)負担で賄われています。

このうち育児休業給付の2つの給付金については、2024年度までの暫定措置として給付額の1/80を国庫負担としています。それが今回の法改正により、本来の1/8に戻すことになります(つまり国庫負担を10倍に引き上げるということです)。

雇用保険財政における国庫負担割合

政府は少子高齢化対策の一環として男性の育児休業を奨励しており、前回の育児介護休業法と雇用保険法の改正によって、配偶者が出産した男性労働者に対する出生児育児休業および出生児育児休業給付金制度を創設しましたが、それに伴う給付増を見越した法改正と思われます。

雇用保険料率の引き上げ(2025年4月1日施行予定)

雇用保険料のうち育児休業給付にかかる保険料も2025年4月1日より引き上げる予定となっています。具体的には雇用保険本体部分の育児休業給付分を0.1%引き上げることになりますが、これにより一般の事業では、雇用保険料の負担が事業主=10.0%、労働者=6.5%になります。

雇用保険料のうち育児休業給付金部分の保険料率表

なお厚労省の資料では、原則として雇用保険料を現行の0.4%→0.5%に引き上げ、雇用保険の積立金残高+翌年度の保険収入の見込み額が、翌年度の支出見込み額の1.2倍を超える時(保険財政に余裕がある時)には、育児休業給付の雇用保険料率を0.4%にできる、としています。

教育訓練支援給付金制度の延長(公布日に施行予定)

教育訓練支援給付金は、失業中の者が専門実践教育訓練を受ける場合に、下記の要件を満たした者に対し、教育訓練を受講している期間の生活費支援として、基本手当の80%を支給することで、受講者が経済的に不安なく再就職に向けた教育訓練に専念できる制度です。

①2025年(令和7年)3月31日までに専門実践教育訓練を開始できること
②離職から1年以内であること
③教育訓練開始時の年齢が45歳未満であること
④これまでに教育訓練給付金を受給したことがないこと
⑤専門実践教育訓練を修了できると見込まれること

なお教育訓練支援給付金は、基本手当を受給できる時、待機期間(7日間)、自己都合退職による給付制限期間(1~3ヶ月)は支給されません。要するに専門実践教育訓練の受講にあたり、基本手当の支給日数の範囲内で教育訓練を修了できない者を想定した制度となっています。

この教育訓練支援給付金は、2025年(令和7年)3月31日までの時限立法ですが、今回の法改正で2026年(令和8年)3月31日まで延長されることになります。ただしリスキリング支援の拡充にともない、教育訓練支援給付金の支給率を基本手当の80%→60%に引き下げる予定です。

2024年国会審議中の人事関連法改正案(前編)まとめ

雇用保険法の改正案からは、専門実践教育訓練や特定一般教育訓練といったライセンス取得を目的とした長期間かつ高額な費用を要する教育訓練の受講を支援することで、医療・介護、建設、物流などの人材不足分野へのキャリアシフトを促進したいという意向が覗えます。

複雑化し不確実性の高い経営環境において必要なのは、従来日本の職場で重宝されてきた「何でも屋」ではなく特定分野のスペシャリストなので、ジョブ型雇用&適所適材人事の企業が増加してゆく雇用情勢にあって、これといった専門スキルのない営業職や事務職は要注意です。

また労働力人口の減少によって、将来的な雇用保険財政がどうなるかわかりませんので、公的なリスキリング支援を行ってもらえるうちに、いったん自身のキャリアの棚卸しを行い、人材マーケットの動向と照らし合わせて、キャリアプランを再考してみることをお勧めします。

<当サイト利用上の注意>
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  • この記事を書いた人

山口光博

コンビニの店長やスーパーの販売課長を経て、31歳の時に管理畑に転職する。以後、20年以上にわたってあらゆる人事マネジメントの実務に携わる。上場準備企業の人事部長として人事制度改革を担当した後に独立、現在に至る。

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