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労働安全衛生法は労働者が安全で衛生的かつ快適な職場環境で就労できるよう、事業者に対して労働安全衛生上の様々な義務や遵守事項を規定した法律であり、労働基準法とならぶ労働関係法令の代表格ともいえる存在であるが、その存在すら知らないという経営者は意外に多い。
一方で最近は多くの企業が自社のイメージアップのためにES(従業員満足)やCSR(企業の社会的責任)に取り組んだり、健康優良法人の認定取得に勤しんでいる。だがこれらを実現するための前提条件として職場における労働安全衛生体制の確立は必須である。
そこでこの記事では労働安全衛生法の概要について、特に小売業に関係する部分を中心に解説してゆく。
労働安全衛生法とはどのような法律か?
労働安全衛生法は業務災害防止のために、職場における安全衛生管理体制の構築、危険有害物質や大型機械の取り扱い、またこれらを扱う業務に従事する労働者に対する安全教育の実施、さらに労働者の健康診断や医師面談の実施などについて定めた法律である。
労働安全衛生法も労働基準法と同様に「労働者が人たるに値する生活」を営むために事業者が守らねばならない最低限のルールを定めたものなので、違反には懲役刑など労働関係法令の中では厳しいペナルティが設けられているのが特徴だ。
労働安全衛生法が誕生した時代背景
労働安全衛生法が制定されたのは昭和47年(1972年)である。この時代、日本は高度経済成長期(1955~1973年)末期であり、工業化や都市部の建設ラッシュによって死亡事故などの業務災害が急増して社会問題となっていた。
労働安全衛生法はもともと労働基準法「第5章 安全及び衛生」の条文に過ぎなかったのだが、頻発する業務災害に対処すべく労働安全衛生に関する内容をより拡充させた労働基準法の特別法として独立分離したという経緯がある。
小売業と労働安全衛生法
労働基準法も労働安全衛生法も労働者を使用する全ての業種・事業所に適用されるが、労働安全衛生法については業務災害の発生頻度や傷病の重篤さから、製造業や建設業に関係する条項が多い法律となっている。
一般的な小売業者に関係するのは、安全衛生管理体制、健康診断、長時間労働者の面接指導、ストレスチェックテスト、安全衛生教育などの条項である。

安全衛生管理体制
事業者は職場の労働安全衛生の確立と維持のために、事業場(店舗)ごとに総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医を選任し、労災防止措置、従業員の安全衛生教育と健康診断、労災発生時の原因調査と再発防止対策をさせなければならない。
小売業の場合、総括安全衛生管理者はパート・アルバイトを含めた従業員数が300名以上、また安全管理者、衛生管理者、産業医は従業員数50名以上の店舗において選任し、14日以内に所轄の労働基準監督署に届出する義務がある。
選任にあたっては総括安全衛生管理者には店長を、安全管理者は法定の安全講習を受講しさらに一定年数の実務経験のある者から、そして衛生管理者は第二種衛生管理者免許以上の資格を有する者をそれぞれ充てることになっている。
なお産業医を自前でかかえている事業者は従業員数1000人以上の大企業に限られているため、産業医の専門教育を修了した最寄りの病院の勤務医もしくは開業医に委嘱するのが一般的である。
総括安全衛生管理者、安全管理者、産業医は月に1度、衛生管理者は週に1度の頻度で職場を巡回し、店内外の環境や作業方法などに労働安全衛生上の問題がないかどうか確認する義務があり、もし問題があれば現場の担当者に対して改善を指示することができる。
またこれらの者をメンバーとする安全衛生委員会を毎月開催して、労働安全衛生に対する取り組みの実施状況をチェックしなければならない。
健康診断
事業者は従業員に対して雇入れ時の健康診断と毎年1回の定期健康診断を実施しなければならない。対象は常時使用する者となっており、週の所定勤務時間が30時間以上であればパートタイマーやアルバイトも含まれる。
診断の項目は法定11項目と呼ばれる胸部エックス線検査や心電図検査また採血検査などで、給食業務に従事する者には検便も実施する。これらの健診メニューは多くの病院や診療所で取り扱っていて最寄りの医療機関に直接申し込んで実施するケースが多い。
特定業務従事者(22時~翌5時の深夜シフト勤務者)がいる場合には、定期健康診断と同じ内容の特定業務従事者健診を6ヶ月ごとに受診させる義務がある。
これらの健康診断は保険外診療なので全額自費となる。ただし法定義務なので健康診断にかかる費用は事業者が負担しなければならない。一方で健診を受けている時間について有給とするか無給とするかは事業主の任意であるが、厚生労働省は「有給が望ましい」としている。

長時間労働者の面接指導
事業者は従業員の毎月の勤務記録をチェックし、時間外労働と休日労働の合計時間が1ヶ月あたり80時間を超えた従業員について産業医に報告する義務がある。
またその従業員に疲労の蓄積が認められ、本人が心身の不調を訴えてきた場合には、事業者はその従業員に対して医師による面接指導を受けさせ、必要に応じて担当業務を変更したり、静養のための特別有給休暇を付与したりなどの措置を講じなければならない。

ストレスチェックテスト
常時50人以上の従業員を使用する事業場では、年に1回、従業員に対してストレスチェックテストの実施が義務付けられている。そして高ストレスと判定された者は医師の面接指導を受けることができ、事業者は面接指導の結果にもとづき就労環境を改善する義務がある。
ストレスチェックテストは外部の検査機関に依頼して実施しなければならず、テストの回答にあたって従業員が上司に忖度したり、またテストの結果を不当に人事評価に反映することのないように、事業者はテストの実施について一切関与することはできない。
安全衛生教育
従業員の知識不足による業務災害を防止するために、労働安全衛生法では事業者に対して、①雇入れ時の教育、②担当業務を変更した時の教育、③危険有害業務にかかる特別教育、④作業現場の職長教育の4つを義務付けている。このうち小売業に関係するのは①と②である。
①と②の教育内容は同じであるが小売業ではさらに一部を省略することができ、基本的に業務関連疾病の予防、整理整頓清潔の保持、事故時の応急措置、その他必要な事項についての教育を行うことで足りる。

業務災害が発生するとどうなるのか?
化学工場や建設現場で発生する業務災害に比べると、小売店舗の場合は比較的軽微なものであることが多いが、そうであっても労働者が療養のため4日以上休業する場合には遅滞なく、そうでない場合は四半期ごとに所轄の労働基準監督署に死傷病報告を行わねばならない。
多くの小売業では労働安全衛生法に規定する危険有害物や特定機械に該当するものは取り扱わないので、万が一、店内で労災事故が発生したとしても所轄の労働基準監督署が臨検して店舗設備の使用禁止命令が出されるケースは想定されにくい。
しかし違法かつ悪質な業務災害については労働基準法と労働安全衛生法の両方から事業主が書類送検されたり、厚労省労働基準局によって企業名が世間に公表される。
労働者が被った災害に対して事業主は労働基準法にもとづき災害補償責任を負う。この補償は原則として労働者災害補償保険(労災保険)で填補される。もっとも日頃から労働安全衛生管理がずさんだと労働者やその遺族から民事上の損害賠償請求訴訟を起こされることもある。
店舗の防火管理
過去に某総合スーパーで営業時間中に火災が発生し、避難経路が確保されていなかったこと、また日頃の防火訓練を怠っていたことにより、多数の来店客や従業員が死傷するという痛ましい事故があった。
これは火災事故なので建築基準法や消防法の範疇となるが、店長クラスであれば消防と労働安全の両面から防火管理に取り組む必要があるので、建築基準法と消防法の主要な規定についても簡単に紹介しておく。
まず建築基準法では一定規模の店舗について耐火建築や延焼防止建築とし、店内には延焼防止のための防火区画を、また火災時には店外に直接避難できる避難階段もしくは特別避難階段を設置することを義務付けている。
次に消防法では①消火設備(スプリンクラー、消化器)、②警報設備(火災報知器、ガス漏れ警報器)、③避難設備(誘導灯、避難はしご)を設置し、防火管理者を選任して防火管理組織図や避難訓練計画を盛り込んだ消防計画を所轄の消防署に届け出なければならない。
もし店内で火災事故が発生した場合は消防署への通報のみならず、労働安全衛生法にもとづく労働基準監督署への事故報告も事業者の義務となっている。

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