はじめに
労災保険の特別加入制度は、本来労働者ではない事業主やその家族従事者、あるいは海外で働く者に対し、労働者に準じて労災保険の保護を与える仕組みです。病院や診療所の院長は経営者ですが、日々診療に従事することから一般企業の経営者より労災リスクが高いです。
労災保険の特別加入制度とは?
事業主は労災保険に加入できない
労災保険は本来、労働基準法上の「労働者」を対象とした制度です。事業主や役員は労働者に該当しないため、原則として労災保険の対象外となります。また、日本の労働法は属地主義を採るため、国外の事業場で就労する場合も原則として対象外です。
しかし、これらの者が労働者と同様の業務に従事し、同等の労災リスクにさらされる実態がある場合に限り、一定の要件のもとで特別に労災保険の加入が認められています。
特別加入制度は3種類
労災保険に特別加入できる種別は、以下の3つです。
- 第一種特別加入(中小事業主等):中小事業主とその家族従事者(同族の役員)など
- 第二種特別加入(一人親方等・特定作業従事者):単独の自営業者やフリーランスなど
- 第三種特別加入(海外派遣者):日本の事業場から海外へ派遣される者
なお、特別加入はあくまでも労災保険の制度です。特別加入しても雇用保険には加入できない点に注意が必要です。
特別加入制度の種別ごとの特徴
第一種特別加入(中小事業主)
- 加入要件:常時使用する労働者数が一定数以下(医療業は300人以下)で、なおかつ労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していることが必須です。また、事業主だけでなく、その事業に従事する者全員を包括して加入させる必要があります。
- 保険料:都道府県労働局長が定める「給付基礎日額」(3,500円~25,000円の16段階から選択)にもとづき算出されます。給付基礎日額に365日を乗じた「保険料算定基礎額」に、業種別の労災保険料率(医療業は1,000分の2.5)を乗じて得た額となります。
- 保険給付:原則として一般の労働者と同様の保険給付(療養、休業、障害、遺族等)を受けられます。ただし、二次健康診断等給付およびボーナス特別支給金は支給されません。
- 医療業界の事例:労働者数300人以下の医療法人の理事、個人開業の病院長、診療所(クリニック)の院長、訪問看護ステーションの施設長などが該当します。
第二種特別加入(一人親方・フリーランス)
- 加入要件:労働者を使用せず、特定の事業を常態として行う者が、当該事業の団体(日本歯科技工士会や都道府県歯科技工士会等)を通じて加入します。
- 保険料:給付基礎日額に基づく保険料算定基礎額に、作業内容に応じた「特別加入保険料率(歯科技工は1,000分の3)」を乗じて算出します。
- 保険給付:第一種と同様ですが、一部の職種(個人タクシーなど、通勤と業務移動の区別が不明瞭な職種)では通勤災害が適用されない場合があります。
- 医療業界の事例:労働者を雇わずに業務を行うフリーランスの歯科技工士や柔道整復師などが該当します。
第三種特別加入(海外派遣労働者)
- 加入要件:日本国内で事業を行う事業主(労災保険の適用事業所)から、海外の事業に従事させるために派遣される者です。なお海外の事業に直接雇用される場合や転籍する場合は、第三種特別加入の対象外です。
- 保険料:給付基礎日額に基づく保険料算定基礎額に、業種を問わず一律の特別加入保険料率(1,000分の3)を乗じて算出します。
- 保険給付:第一種・第二種と同様です。
- 医療業界の事例:筆者はかつての勤務先にて、海外に検診センターを開設する際に、立ち上げ要員として派遣される診療放射線技師、看護師、事務職員などに対し、第三種特別加入の手続きを行った経験があります。
労災保険以外の公的保険
医療法人の理事(被用者保険加入)の場合
- 健康保険:法人の理事などの役員は労災保険に加入できません。ただし、被保険者数が5人未満の小規模な事業所の役員で、一般の従業員と同一の業務に従事している者が業務中に負傷した場合は、例外的に健康保険から給付が行われます(一部負担金あり)。
- 厚生年金保険:役員も被保険者となり、業務の内外を問わず、要件を満たせば障害厚生年金(1〜3級)や遺族厚生年金が支給されます。また原則として障害基礎年金や遺族基礎年金が併給されます。
個人開業の院長(被用者保険不可)の場合
- 国民健康保険:個人開業の院長やフリーランスの歯科技工士が加入します。業務上・業務外を問わず給付対象となりますが、一部負担金が発生します。歯科医師会などが運営する職域の国保組合では、傷病手当金などの独自給付を規約で定めている場合があります。
- 国民年金:自営業者等は、障害基礎年金(1~2級)や遺族基礎年金の対象となります。ただし、障害等級が2級までであることや、遺族基礎年金は成年前の子を対象とすることなど、厚生年金保険に比べて保護の範囲が狭い側面があります。
- 特記事項:訪問歯科診療では交通事故や機材搬入出時の負傷リスクがあるため、国保や国年の不足分を補う民間の損害保険への加入検討が推奨されます。
労働保険事務組合
労働保険事務組合とは?
事業主の団体(歯科医師会など)が厚生労働大臣の認可を受け、委託を受けた中小事業主の労働保険事務を代行する組織です。労働保険事務組合への加入は第一種特別加入の要件ですが、労働保険料の申告・納付、従業員の資格取得喪失の手続きなども代行します。
ただし保険給付の請求(労災保険の各種補償給付あるいは雇用保険の各種給付金の請求など)や、雇用保険二事業(助成金の申請など)にかかる事務は代行できません。つまり保険料に関する事務は事務組合に委託し、保険給付に関する事務は自前で行うということです。
労働保険事務組合を利用するメリット
- 特別加入が可能:中小事業主が労災保険に特別加入するには、事務組合への委託が法的要件となります。診療行為に付随する労災は多く、特別加入は不可欠です。
- 保険料の延納(分割納付):労働保険料の額にかかわらず、年3回の分割納付が認められますので、小規模なクリニックでも延納ができるようになります。
- 納期限の延長:延納の第2期(10/31)・第3期(1/31)の納期限が、一般より約2週間延長され、資金繰り上のメリットがあります。
- 事務負担の軽減:煩雑な年度更新や各種届出を専門組織に任せることで、診療に専念できます。年度更新の負担軽減は多くの経営者にとって重宝します。
まとめ
当事務所(社労士事務所)に労働保険事務を委託している場合は、当事務所を通じて中小企業福祉事業団の中企団労働保険事務組合に加入しつつ、各種保険給付の申請は当事務所が代行しますのでとても便利です(電子申請完全対応ですので全国どこでもご利用いただけます)。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
