休業(補償)給付の概要
制度の目的
労働者が労災による負傷や疾病の療養のために休業し、賃金が支給されなかったり、もしくは平均賃金の60%未満に低下してしまったりした場合に、被災した労働者に対して労災保険から休業(補償)給付が行われる。
なお労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)では、業務災害に対する保険給付を「◯◯補償給付」、通勤災害に対する保険給付を「◯◯給付」というが、本記事ではスペースの都合上、これらをひとまとめにして「◯◯(補償)給付」と表記させて頂く。
対象となる労働者
休業(補償)給付は、労災に被災した労働者が次の3つの要件を全て満たした場合に行われる。
- 労災によって負傷したり疾病にかかり、これらの療養のために休業すること
- 休業により賃金が支給されない、もしくは平均賃金の60%未満に低下したこと
- 上記2つの状態が通算して3日間に達したこと(3日間の待機期間を満了したこと)
休業(補償)給付は、これらの3要件を満たした場合に給付が開始される。なお業務災害の場合は、待機期間の3日間について労働基準法の災害補償義務にもとづき、事業主が被災労働者に対して平均賃金の60%以上の休業補償手当を支払わなければならない。
労災保険の適用事業所で働いている労働者であれば、雇用身分や勤続年数、年齢、性別、国籍などを問わず、誰でも休業(補償)給付の対象となる。
休業(補償)給付の内容
給付される額
休業(補償)給付は、療養のために休業し、賃金が支給されない日ごとに給付される。1日あたりの給付額は休業給付基礎日額の60%であり、休業給付基礎日額とは、労働基準法の平均賃金に準じて計算した額に、日払い方式のスライド改定を行ったものである。
休業(補償)給付を開始して1年6ヶ月経過(=長期化)すると、年齢階層別の最低限度額・最高限度額が適用される。これは年齢に応じた適正な水準の休業(補償)給付を行うための調整であり、1〜12月を1年とした各四半期の初日の年齢に応じて適用される。
部分算定日の計算
休業中に、賃金の一部が支給されたり、所定労働時間の一部について就業し、なおかつ支給された賃金が本来の賃金の60%未満だった時(部分算定日)は、休業前の賃金と部分的に支給された賃金との差額の60%に相当する額の休業(補償)給付が行われる。
年次有給休暇については、半日有給を取得した場合は賃金を一部支給されたものとみなして前述と同様の取り扱いとするが、1日分の有給休暇を取得した場合は、平均賃金の60%未満に賃金が低下したとはいえないため、休業(補償)給付は支給されない。
給付される期間
3日間の待機期間が満了した以後の休業日から、就業不能かつ賃金が支給されない(もしくは平均賃金の60%未満しか支給されない)状態が続く限り、休業(補償)給付が行われ、労働者が退職した後も受給権が消滅することはない。
もし傷病が治癒したり、障害認定されたりした場合は、労災保険の療養(補償)給付が打ち切られるため、休業(補償)給付も終了する。また療養が継続していても、完全に復職して従前の賃金を受けられる状態になった場合は、休業(補償)給付のみ終了する。
障害認定とは後遺障害の症状が固定し、これ以上の療養を行っても症状の改善が見込めないという意味であり、障害認定されると労災か私傷病かを問わず医療保険は適用されなくなる(療養から生活保障=障害年金に切り替わる)。
特別支給金
労災保険には社会復帰促進等事業という付帯事業があり、労災保険が被災した労働者に対する補償を事業主に代わって実施する制度であるのに対し、社会復帰促進等事業は、被災労働者の社会復帰、被災労働者と遺族の援護、労働安全衛生の推進等を目的とした制度である。
これらの事業の中に特別支給金事業というものがあり、これは労災保険の各種給付に一定の額を上乗せして労働者を経済的に支援するものである。休業(補償)給付には休業特別支給金が設けられていて、休業給付基礎日額の20%に相当する特別支給金が給付される。
つまり休業中は、休業(補償)給付60%+休業特別支給金20%=休業給付基礎日額(≒平均賃金)の80%相当額が労災保険から給付されることになる。
事務に関すること
請求手続き
休業(補償)給付の申請は休業特別支給金と同時に行い、次に定める様式を事業場を所轄する労働基準監督署に遅滞なく提出する方法で行う。申請期限は定められていないが、休業日ごとにその翌日から2年間を経過すると、請求権は時効により消滅してしまう。
<休業(補償)給付および休業特別支給金の申請書>
・業務災害〜様式第8号
・通勤災害〜様式第16号の6
⚠業務災害も通勤災害も休業(補償)給付と休業特別支給金をセットで提出
費用の負担
休業(補償)給付のうち、通勤災害にかかる初回の休業給付については、療養給付に要した費用の一部負担金(200円)を控除するが、それ以外については被災した労働者に一切の費用負担は生じない。また労災保険料は全額を事業主が負担するので労働者の保険料負担もない。
休業(補償)給付は労災保険のメリット制の算定対象に含まれるため、翌年度以後の労災保険料が上がることがある。しかし保険料アップを嫌って労働不能の者を無理に働かせると、労働契約法の安全配慮義務違反となり、民事上の損害賠償責任を負うことがある。
労働不能の者に不利益な処分をちらつかせて無理やり働かせると、労働基準法の強制労働禁止条項に抵触する。この場合、事業主および使用者に、労働基準法上最も重い刑罰(10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金)が科されることもある。
他の公的制度とのちがい
傷病(補償)年金
傷病(補償)年金は、休業(補償)給付と同様に労災保険給付のひとつであり、休業(補償)給付の受給開始から1年6ヶ月が経過し、被災した労働者が、労災保険法施行規則の傷病等級第1~3級に該当した場合に、労働基準監督署が休業(補償)給付から切り替えるものである。
要するに療養のための休業が長期化し、なおかつ症状が重篤な者について、日払いから年金払いに給付方法を切り替えるという趣旨である。また傷病等級は障害等級(症状固定)ではないため、引き続き療養(補償)給付も併給される。
傷病手当金
休業に対する社会保険制度のうち、労災起因への補償が休業(補償)給付であり、私傷病起因への保障が健康保険の傷病手当金である。傷病手当金の給付額は休業した労働者の標準報酬月額÷30日×2/3であり、概ね労災保険の休業(補償)給付と同額となっている。
労災保険の休業(補償)給付は要件を満たす限り給付が継続されるのに対し、健康保険の傷病手当金は支給開始から通算して1年6ヶ月(≒540日)分で支給が打ち切られる。
休業(補償)給付まとめ
ある保険会社のブログに、「弁護士監修!労災によって従業員が休業した時は、事業主には休業中の賃金の100%を補償する義務があります(だから損害保険に加入しましょう)。」などといったデタラメな記事があったので、注意喚起のために補足しておきたい。
この記事の要旨は次のとおり。
- 従業員が労災で休業した場合、事業主は労働基準法により平均賃金の60%を補償する義務があり、通常は労災保険から支払われる(正しい)
- あわせて労災保険の付帯事業(社会復帰促進等事業)から平均賃金の20%に相当する休業特別支給金がもらえる(正しい)
- 事業主の不法行為により労働者が賃金獲得機会を喪失した時は、民法536条2項により労働者は事業主に対して賃金の全額を請求できる(正しい)
- ゆえに労災によって労働者が休業した場合は、事業主は被災した労動者に対して、休業期間中の賃金の100%を補償する義務がある(間違い=論理が飛躍している)
結論からいえば、事業主が負うのは労働基準法にもとづく平均賃金の60%相当額の補償責任だけであり、労災保険から休業補償給付が行われた場合は、事業主は補償責任を免除される。ゆえに事業主が休業した労働者の賃金の全額を補償する法的義務はないのである。
労働者が労災保険から休業給付基礎日額の80%相当の保険給付を受けても、なお納得できない場合は民法536条2項にもとづき事業主に対して残りの20%部分の支払いを要求できるが、事業主がこれに応じない場合は、労働者が損害賠償請求訴訟を起こさなければならない。
しかし事業主の不法行為を立証するのは労働者側であり、訴訟で解決するまでに多くの費用と時間を要することから、労働法令では被災労働者の迅速な救済を優先して、事業主の過失の有無を問わず、まずは事業主に対して平均賃金の60%以上を支払う義務を定めているのだ。