人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院はスタッフ数10名未満の歯科クリニックです。今回、中途採用したばかりの歯科助手の突然の退職についてご相談させてください。
残念なことに、この歯科助手さんから、入職わずか1カ月足らずで「退職したい」との申し出がありました。退職申し出は本人から直接ではなく、退職代行会社を通じて連絡が入った状況です。 最終出勤日はA月の中旬でしたが、その翌日に本人から郵送で退職届が届きました。
退職届には最終出勤日の翌日付で退職希望日が記載されていましたが、その数日後に退職代行会社から届いた通知には、「翌月の10日を退職日としたい旨」および「本人が有給消化を希望しているので、退職日(翌月10日)までの有給手当を支払うこと。」と記載されていました。
これについて当院としては以下の認識ですが、どのように対応するのが望ましいでしょうか?
- 当院の年次有給休暇は労働基準法に準じて規定しており、初回の年次有給休暇は入社半年で付与されるので、入社1カ月未満の彼女には有給が無いはず…。
- すでにA月の途中で退職する旨の退職届を受理したが、退職代行会社からの通知(本人の希望)に従い、「翌月10日付の退職」に変更する義務があるのか?
- 月の途中で退職する場合は社会保険料が生じないので、当初の退職日(A月の途中)で社会保険の資格喪失届を提出したいが、この認識に誤りはないか?
ご相談への回答

本件のように、本人から提出された退職届と、退職代行会社からの退職条件の通知に相違があるケースは珍しくありません。そんな時は「事実関係」と「法的義務」を具体的に整理し、義務は誠実に履行しつつ、法外な交渉には極力応じないことが重要です。
退職日:退職日の変更に応じる法的義務はない
最初に郵送されてきた退職届が、歯科助手本人の直筆あるいは押印などにより、本人の意思によるものであることが明白であれば、貴院が退職届(貴院と歯科助手との間で締結した労働契約の解除申し入れ)を受理した時点で退職(労働契約の解除)が成立します。
退職代行会社が主張する「翌月10日付退職」は、法的にはいったん提出された退職届(退職の申し入れ)の撤回と、新たな退職の申し入れに該当します。これを認めるかどうかは貴院の任意であり、当初の退職届を受理するなら代行会社の要求に応じる法的義務はありません 。
業務日報や始末書の文言を曲解して「退職届とみなす」といった軽率な行為は厳に謹んで下さい。根拠薄弱な退職届に基づき退職手続きを強行すると「不当解雇」とみなされることがあります。
年次有給休暇:存在しない年休は付与できない
労働基準法における年次有給休暇は、雇入れの日から6カ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した場合に付与されます。 貴院の就業規則において「入社時に有給を前倒し付与する」などといった独自の規定がない限り、入職1カ月未満のスタッフには有給休暇は存在しません。
最初から存在しない年次有給休暇は付与のしようがありません。さらに一方的に通告された無効な退職日(翌月10日)までの欠勤日に対し、貴院が欠勤日を有給休暇に振り替えて賃金(年次有給手当)を支払う法的な義務も一切ありません 。
社会保険料:同月得喪の特例ルールに要注意!
社会保険料は月末日の被保険者資格の有無で判断します。したがって末日前に退職した場合は、退職月の社会保険料は発生しません。しかし同一の月に被保険者資格を取得・喪失した場合、同月得喪のルールが適用されますので注意が必要です。
同月得喪した時は、1ヶ月分の社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)を納付しなければなりません。ただし厚生年金保険料については、末日時点の被保険者種別に応じた社会保険料が徴収されるため、納付した分は後日還付されます(被保険者負担分は本人に返還します)。
退職代行会社への対応:法令に則り淡々と進める
退職代行会社には、あくまで「法令および自院の規定に則って適正に退職手続きを進める」と伝えてください。社会保険の資格喪失届は、退職日から5日以内に提出しなければなりませんので、「提出期限が近いため、法外な交渉には応じられない」と通告することも効果的です。
労組系の退職代行業者には「要求に応じなければ団体交渉を申し入れ、不当行為をSNS等で拡散してやる」といった脅しをかけてくる者もいます。しかし事業主が法律上の義務を履行しているにも関わらず、報復をほのめかして法外な条件を要求する行為は明らかに犯罪です。
本件のポイント

- すでに本人から退職届を受理している場合、退職代行会社からの「退職日の変更」要請に応じる法的義務はない。
- 入職1カ月未満であれば法定の有給休暇は発生しておらず、退職日までの欠勤日を有給扱いにする法的義務はない。
- 入社月の途中で退職する場合(同月得喪)は、その月の社会保険料(健保・厚年)の徴収と納付が必要となる。
雨後の筍のように増殖した退職代行会社の大部分は、社内(退職者担当と勤務先との交渉担当)の連携が雑で、法令の知識も乏しいため、あちこちでトラブルを起こしているようです。したがってまずは法的な義務を整理し、法外な要求や交渉は毅然と拒否するのが鉄則です。
なお退職代行事業者は①弁護士法人、②労働組合、③民間会社の3つですが、本人を代理して退職の交渉ができるのは①です。②は組合員の労働条件(退職条件)の交渉ができるだけです。また③はあくまでも本人と勤務先との間の連絡行為しか認められていません。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


