人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院で7年勤務しているベテラン歯科衛生士の対応に悩んでいます。彼女は専門・認定資格を複数持っており、技術面では非常に優秀です。しかし、プライドが非常に高く、歯科助手や事務スタッフに対して非常にキツく当たることが常態化しています。
具体的には、作業時間ギリギリの出勤、頻繁な中抜け(スマホを持ってトイレにこもる)、私(院長)や他のスタッフへの陰口、反抗的な言葉遣いなど、態度の悪さが目立ちます。過去に彼女との人間関係が原因で退職したスタッフもいます。
今回、彼女が他スタッフに責任転嫁するようなメールを送り、私が注意したところ、反省の弁を述べつつも「ステップアップしたい」と急に退職を申し出てきました。「できるだけ早く辞めたい」とも言っています。
少人数体制の当院は、専門性の高い彼女に辞められると非常に困ります。しかし、今の雰囲気を変えるには辞めてもらった方が良い気もします。一方で、ここで引き止めると、さらに図に乗るのではないかという懸念もあります。どのように判断すべきでしょうか?
ご相談への回答

高度な専門スキルを有するがゆえの高いプライドや、ベテランという傲りから自分勝手なルールで振る舞う、いわゆる「牢名主」的な古参スタッフへの対応は、多くの院長先生が直面する問題です。しかし、組織マネジメントの原則に立ち返れば答えは明白です。
結論から申し上げますと、 今回の退職の申し出を機に、彼女には「去って頂く」のが貴院の将来にとって正しい判断 と考えます。
なぜ組織で働く必要があるのかを再確認する
病院経営における「経営(マネジメント)」の本質は、高いレベルのサービスを永続的に提供し続けることにあります。高名な経営学者のピーター・F・ドラッカー博士は、「人がチームで働くのは互いの弱点を補い合うためだ」とし、「他人の欠点ばかりに目がゆく者をマネジャーに登用してはならない」と著書の中で述べています。
歯科クリニックにおけるチーム医療とは、多職種がお互いに信頼とリスペクトをもって協働することであり、特定の専門職が他者を排斥するような状態は、チームの意義を著しく阻害します。個人プレイで他者を傷つけるスタッフは、たとえ高度な経歴や資格を有していても、チーム医療の意義を根底から揺るがす危険な存在です。
「業績」よりも「価値観」を重視すべき理由
米GE社で用いられる評価指標に、業績と価値観の2軸で人材を分類する「ナインブロック」というツールがあります。今回は詳述しませんが、「好業績・価値観不一致」と「低業績・価値観一致」では、迷わず後者を評価し育成します。逆に前者は組織にとっての危険人物とみなし、降格・降職あるいは解雇も辞さないという考え方です。
世界最高水準の医療を提供するメイヨー・クリニックでも、「個人の基本的価値観が、組織の価値観(患者の意向が第一)と共鳴するか」を最優先して採用を決定します。 「技術や知識は後から教育できるが、すでに成熟した大人の価値観や人間性を変えることは、マネジメントの力をもってしてもほぼ不可能」 だと考えられているからです。
価値観を軽視する高成果者を放置することは、他の誠実なスタッフのモチベーションを奪うのみならず、ハラスメントの温床ともなります。やがて組織全体のパフォーマンスを低下させ、医療サービスのレベルを損なうリスクがあります。
採用と評価の失敗が招く「離職の悪循環」を断つ
「専門職がいなくなると困る」という恐怖から不適切なスタッフを引き止めることは、さらなる悲劇を招きます。名著「ビジョナリー・カンパニー」で知られるジム・コリンズが説くように、医療経営を成功させるには「適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろす」という厳しい決断と態度が不可欠です。
スタッフが辞める最大の理由は「人間関係」です。たった1人の不適切な人材を放置することで、その周囲にいるたくさんの優良なスタッフの離職を招く「離職の悪循環」が、貴院ではすでに発生しています。一時的に人手不足になったとしても、貴院の理念に共感できる「適切な人」を妥協せずに探すことが、長期的な安定経営への唯一の道です。
本件のポイント

- 組織は「価値観(Value)」の集合体であり、技術がどれほど高くても価値観を共有できないスタッフは、長期的には組織を破壊する。
- 不適切な高成果者を引き止めることは、「不適切な行動を認める」という誤ったメッセージを他のスタッフに発信することになる。
- スタッフ満足(ES)が患者満足(PS)を生む「サービス・プロフィット・チェーン(SPC)」を回すためにも、人間関係を破壊するスタッフの排除は不可欠である。
- 退職の申し出は、法的には「解約の申入れ」であり、クリニック側が承諾すれば合意退職が成立する。
欠員が出る不安は大きいかと思いますが、今回の件を「組織の文化を健全化するための好機」と捉え、新しい一歩を踏み出す勇気を持ってください。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


