はじめに
男女雇用機会均等法等の改正に伴い、2026年(令和8年)10月1日より、就職活動中の学生やインターンシップ生などの「求職者等」に対するセクシュアルハラスメント(以下、就活セクハラ)を防止するための雇用管理上の措置が、事業主に対して正式に義務化されます。
本記事では、「就活セクハラ」防止措置が事業主に強く求められている背景、事業主が講じなければならない措置義務の具体的な内容、および違反に対するペナルティやリスクについて、厚生労働省のガイドライン(指針)および実態調査に基づき詳細に解説します。
就活セクハラ防止措置が義務化された背景
求職者等は、採用権限を持つ企業側(役員、採用担当者、リクルーター等)に対して著しく立場の弱い存在です。この「圧倒的なパワーバランスの不均衡」を背景として行われるセクハラは、学生等の尊厳や人権を深く傷つける卑劣な行為であり、特に大手有名企業で発生した次のような事件をキッカケに、防止体制の法的整備が強く求められるようになりました。
Rコミュニケーションズ社員による連続睡眠薬暴行事件(2023年)
OB・OG訪問のマッチングアプリで知り合った就活生に対し、飲食店で睡眠薬入りの飲料を飲ませて抵抗不能にし、性的暴行を繰り返していた事件です。被害者は10人以上にのぼり、2023年9月に元社員の男に対して懲役25年の重い実刑判決が言い渡されました。
N電気社員によるインターンシップ時にセクハラ事件(2025年)
2025年1月、インターンシップに参加した女子大学生に対し、社員の男が性的暴行を加えたとして逮捕されました。企業側は公式に謝罪し、当該社員を懲戒解雇するとともに、学生向けのハラスメント相談窓口の新設や採用指針の見直しを迫られました。
大手総合商社・ゼネコン社員によるOB訪問セクハラ(2019年)
S商事やO組の社員が、OB訪問の女子大学生を飲食店や自宅、ホテルなどに連れ込み、わいせつな行為や性的暴行に及んだとして相次いで逮捕されました。これをきっかけに、企業が「OB訪問は社員の私的行為ではなく、会社の採用活動の一環である」として使用者責任を問われる流れが強まりました。
高い発生率と泣き寝入りの実態
厚生労働省が実施した実態調査によると、2020〜2022年度に卒業し就職活動やインターンシップを経験した男女のうち、インターンシップ中に就活セクハラを経験した者は30.1%、インターンシップ以外の就職活動中に経験した者は31.9%にのぼります。
セクハラ行為者は、インターンシップ中が「インターン先で知り合った従業員(47.4%)」や「上司・指導役(32.0%)」が多く、就職活動中は「大学のOB・OG訪問を通して知り合った従業員(38.3%)」や「リクルーター(37.0%)」が上位を占めます。
セクハラ被害を受けた場面は、「リクルーターと会ったとき(32.8%)」や「内々定を受けた後(26.0%)」などの、正式な選考プロセスの前後のタイミングに集中しています。セクハラ行為者は人事部の目の届かないところで、密かに就活生に接触しているようです。
学生の心身への甚大なダメージ
被害者のうち、インターン中の14.0%、就職活動中の11.1%が「何もしなかった」と回答しました。理由は「何をしても解決にならないと思った(インターン48.6%、就活生37.9%)」や「就職活動が不利になると思った(インターン18.9%、就活生17.2%)」であり、立場が弱いために泣き寝入りしている深刻な構造が浮き彫りになっています。
就活セクハラを受けた学生は、「就職活動に対する意欲が減退した(インターン中34.6%、就活中40.0%)」や「怒りや不満、不安を感じた」、「眠れなくなった」などの深刻な心身への影響を訴えています。
採用・事業活動への致命的リスク
就活セクハラを放置することは、企業にとっても壊滅的なダメージをもたらします。特に女性労働者の多い医療業や小売業、サービス業などでは、就活セクハラが事件に発展し、世間の知るところとなると、採用活動のみならず事業そのものに大きなダメージを受けます。
- 社会的信用の失墜とイメージ低下:「就活セクハラを起こした会社」として報道・認知されれば、企業ブランドは甚大な損害を被り、悪質な場合は不買運動に発展します。
- 応募者の激減:SNSや口コミサイトを通じて就活生の間で悪評が広まり、将来を担う優秀な新卒人材の確保が著しく困難になります(今の若手はブラック企業を忌避します)。
- 社内モラルの低下と人材流出:ハラスメントを許容する企業風土が社内に伝染し、既存従業員の意欲や生産性が低下するほか、優秀な社員の離職につながります。
事業主が講じなければならない就活セクハラ防止措置
2026年10月からの就活セクハラ防止措置義務化に伴い、事業主は厚生労働省「求職活動等におけるセクシュアルハラスメント防止指針」に基づき、法的な義務として、以下の雇用管理上の措置を講じなければなりません。
事業主の方針等の明確化及び周知と啓発
就活セクハラを断じて許さない姿勢と明確なルールを周知する必要があります。
- 方針の明確化と周知:求職活動等における就活セクハラの内容や、「これを行ってはならない」旨の事業主の方針を就業規則等の文書に規定し、社内報、ホームページ、研修等を用いて全労働者に周知・啓発します。
- 対処方針の規定:就活セクハラを行った行為者に対する厳正な対処を規定化し、社内外に周知します。あわせて就業規則の服務規律条項に就活セクハラを禁ずる旨を、また懲戒条項には懲戒処分の内容を明記します。
- 募集・選考時の指針:人材募集やOB・OG訪問、インターンシップ、面接試験等において、学生と接する際の具体的なルールを定めます。
- 面談時間及び場所の指定:勤務時間中に会社の会議室やコワーキングスペース等で行い、時間外に個人宅や居酒屋など個室で接触することを禁ずる。
- 実施体制:リクルーターは人事部が指名し、人事部の管理監督下において複数人で対応する。また連絡手段を指定する(個人LINEの使用禁止)等。
- 従業員教育:公正な採用選考ルールについて研修等を通じて教育するとともに、学生側に対しても採用サイト等を通じて事前に周知・発信します。
相談・苦情に適切に対応するための体制整備
被害を受けた学生や協力者が、躊躇せずにアクセスできる相談窓口が必要です。
- 相談窓口の設置と周知:求職者等が利用できる相談窓口を設置し、ホームページやパンフレット等を通じて連絡先(部署や担当者)を明確に周知します。
- 相談窓口担当者の選任:原則として人事部、人事部員がリクルーターの場合は他部署(内部監査室等)から担当者を選任し、対応マニュアルの整備や研修を行います。
- 微妙な相談への対応:就活セクハラ発生のおそれがある場合や、就活セクハラに該当するかどうか疑われる場合であっても、まずは相談に乗り適切に対処します。
就活セクハラ発生後の迅速かつ適切な対応
就活生から就活セクハラに関する相談が寄せられた場合は、中立かつ迅速に対応しなければなりません。放置したり自社防衛のために事実をもみ消すような行為は論外です。
- 事実関係の迅速な確認:人事部(相談窓口)等が、相談者(求職者等)と行為者の双方から速やかに事実確認を行い、主張が一致しない場合は必要に応じて第三者(同行した従業員など)からも事情を聴取します。
- 被害者(求職者等)への配慮:事実が確認できた場合、被害者と行為者を引き離し(リクルーターの解任と変更等)、会社から被害者および学校への謝罪、以後の対応について連絡・相談先を明示します。
- 行為者に対する厳正な措置:就業規則等に基づき、就活セクハラ行為者に対し厳正な懲戒処分を行います。就活セクハラを行う者は、日頃から社内外でセクハラを行っていることが疑われるため、併せて調査します。
- 再発防止措置の実施:事案発生後は、改めて方針を社内報やホームページに掲載して就活セクハラ禁止について周知徹底し、従業員に対する意識啓発研修などを改めて実施します(事実確認が困難であった場合でも同様の措置を講じます)。
併せて講ずべき措置(プライバシー保護等)
- プライバシーの保護:相談者や行為者の情報はプライバシーに属するため、取扱マニュアルの策定や担当者研修などの措置を講じ、その旨を周知します。性的指向やジェンダーアイデンティティ(性自認)などの機微な個人情報も含まれます。
- 事実関係の確認等の協力等に対する不利益取扱いの禁止:自社の従業員が事実関係の確認や、労働局への相談・協力等を行ったことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをしない旨を就業規則等に規定し、周知・啓発します。
- 採用内定者の保護:採用内定した就活生は、一般の労働者と同様に、雇用管理上のセクハラ防止措置(男女雇用機会均等法第11条第1項)の対象となります。契約成立と認められない場合でも求職者等として対応する必要があります。
就活セクハラ防止措置違反に対するペナルティ
事業主が求職者等に対するセクハラ防止措置を怠ったり違反したりした場合、極めて重い法的・社会的ペナルティが科されます。
労働局長による是正勧告と「企業名の公表」
雇用管理上の措置に義務違反があった場合、都道府県労働局による指導、助言、または是正勧告の対象となります(報告怠慢や虚偽報告は過料20万円)。事業主がこれに従わなかった場合、厚生労働大臣はその事実(企業名)を世間に公表することができます。
損害賠償リスク(不法行為責任・使用者責任)
企業が被害の放置や不適切な対応(調査の不備、被害者への不利益な扱いなど)を行った場合、求職者から職場環境整備義務違反、使用者責任(民法715条)で、また内定者からは安全配慮義務違反(労働契約法5条)で損害賠償請求を提起されるリスクを負います。
「プラチナえるぼし」の認定取り消し
優良な女性活躍推進企業として国から受ける「プラチナえるぼし認定」の要件として、「事業主が講じている就活セクハラ防止措置の内容の公表」が追加されました。ハラスメント対応を講じていない企業は、この認定を維持できなくなり、自社ブランドを大きく損ねます。
まとめ
そもそもリクルーター制度は、人事担当者以外の社員(多くは出身大学のOBや若手社員)が、インターンシップや会社説明会、OB・OG訪問等で就活生と接触し、職場や仕事の魅力を伝えることで、自社に興味をもってもらい、応募を促進することが目的です。
一方で就活イベントを現場社員の息抜き程度に考えていたり、女子大生との出会いの場と勘違いしている不届き者が存在することが、性犯罪を容認する温床となっています。不祥事防止には、社内の意識改革と公明正大な採用選考プロセスの確立が不可欠です。
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