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001(制度概要)_労働基準

医療機関の人事管理はなぜ難しいのか?労働基準と施設基準の両立

今回はいったん歯科クリニック経営から離れて、医療業界全般にわたる人事管理の特徴について解説します。筆者は流通業と建設業を経て医療業界に参入しましたが、当初はこの業界特有の人事制度や雇用慣行に苦戦したものです。

医療機関の人員配置基準は2階建て

医療機関の人員配置は、病院機能や病床編成に応じた人員配置数が法令で定められており、それは医療法にもとづく最低基準の遵守と、診療報酬制度による収益確保の両立という二層構造となっていることをしっかりと理解する必要があります。

医療法上の標準人員数(開設の最低基準)

病院(20床以上)と診療所(19床以下)は、医師、歯科医師、看護師、薬剤師などの職種ごとに配置すべき標準数が定められています。例えば一般病床の看護師標準数は(入院患者数/3 +外来患者数/30)などの計算式で算出されます。

特に医療監視(医療法第25条の立入検査)では、医師、歯科医師、看護師、薬剤師等が医療法の標準数を満たしているか検査されるのみならず、2024年4月からは、医師の働き方改革に関連して「追加的健康確保措置」の履行状況が重要なチェック項目となっています。

診療報酬上の人員配置(病院機能の根拠)

医療法を上回る手厚い人員配置は、診療報酬制度において評価され、医業収入に直結します。たとえば入院基本料の「7対1」や「10対1」といった看護配置基準がよく知られていますが、より高い入院基本料を算定するには採用力の強化と離職率の抑制は必須です。

医師事務作業補助者も医師の過重労働軽減の有効な解決策として、診療報酬において評価(MA加算)されています。具体的には医師の指示と確認のもと、医師に代わって電子カルテやオーダリングシステムの入力作業を行ったり、主治医意見書を作成したりします。

医療従事者の人員数の報告制度

特定の医療従事者には定期的な報告義務があり、これらの報告・届出を適切に履行することは、資格や認定を維持する上で極めて重要です。筆者が医療機関の事務部門に勤めていたときは、前述の医療監視の事務局とあわせて、これらの報告業務も担当していました。

  • 医療従事者の届出制度(三師調査)
    医師、歯科医師、薬剤師は、西暦の偶数年度(2年ごと)の年末時点の状況について、翌年1月15日までに住所地または勤務地の保健所を経由して厚生労働省に届け出る義務があります。通常は医療機関の事務部門(人事課等)が一括して行っています。
  • 保険医療機関の定例報告(施設基準)
    保険診療を行う医療機関は、基本診療料や特掲診療料の施設基準の適合状況など、毎年8月1日現在の状況を地方厚生(支)局長へ報告しなければなりません。通常は事務部門の医事課の所掌であり、筆者もクリニックの医事課長時代に2回ほど担当しました。
  • 保険医・保険薬剤師の異動届
    保険診療に従事するためには、医師・歯科医師は個人単位で厚生労働大臣の保険医登録を受ける必要があります。登録内容に変更が生じた場合や勤務先が変わった場合(異動)は、速やかに地方厚生局へ届け出ることが義務付けられています。
  • その他の重要な届出
    麻薬を取り扱う場合の麻薬施用者免許の届出や、歯科クリニック特有の保険医の勤務形態(常勤・非常勤)の変更なども、地方厚生局への速やかな届出が求められます。筆者は転職1年目に麻薬施用者免許の届出を知らず、薬局長に叱られた経験があります。

医療機関の人件費コントロールの特徴

医療機関の費用構造は、人件費が医業収入の50%前後を占める労働集約型産業であることが最大の特徴です。適正な人件費率を検証するには、診療報酬制度にのっとり医療収入を積算しなければなりませんが、医療業界に疎い外部専門家の多くはここで躓きます。

  • 人員配置基準による人件費の固定費化
    医療法にもとづく人員配置基準の遵守が義務付けられているため、患者数の増減に関わらず一定数のスタッフを維持する必要があり、他の産業のように生産性を改善して投入人区を削減するような施策は採用できません。人件費が重い固定費として経営を圧迫します。
  • 人件費と診療報酬の構造的ジレンマ
    収益の大部分を診療報酬に依存しているため、人件費が高騰しても自由に価格に転嫁できません。加算を狙って人員配置を厚くすると、人件費も増すジレンマを抱えており、人事部門であっても人材投資と期待収益のバランスを適切に評価できる知識が求められます。
  • 資金ショートと隣り合わせの資金繰り
    人件費(給与費や法定福利費)は当月〜翌月に支払われますが、診療報酬の入金はレセプト請求から約2.5か月後となるため、黒字でも資金ショートのリスクがあります。筆者が病院経理を担当していた時は、医療ファクタリングを利用して資金回収を早めました。
  • 戦略的人事マネジメントが不可欠
    医療経営における人件費は単なるコスト管理ではなく、職員満足度(ES)、患者満足度(PS)、診療報酬上の施設基準維持を両立させる戦略的マネジメントが不可欠です。2年ごとの診療報酬改定の内容いかんで、人事戦略の変更を余儀なくされることもあります。

医師の働き方改革が医療経営に与える影響

2024年4月からの医師の働き方改革は、医師の自己犠牲的な長時間労働に依存してきた従来の体制に対し、短期的には人員配置基準の維持を困難にする強い圧力となります。また医師から多職種にタスクシフトを行うことで、医師以外の医療従事者の不足が予想されます。

地方の中堅病院では医師確保が困難に…

時間外労働の上限規制(原則年960時間)の適用により、宿直や救急対応を少ない人数で回していた医療機関では、法定時間内に収めるための追加の医師確保が必要になります。医師の偏在は解消されておらず、地方の中堅病院ではさらなる医師不足が懸念されます。

コメディカル不足で医業収益の減収も

医師の業務短縮のために他職種へタスク・シフトする際、受け皿となる看護師等が不足すると、「7対1」などの手厚い配置を要件とする高得点な加算の維持が危うくなります。看護師は72時間ルールもクリアしなければならず、入院基本料が減収する恐れがあります。

医療機関が採るべき4つの人事戦略

働き方改革と地域医療包括ケアシステムの推進に対応するため、医療機関は「業務の質的改善」と「職種間の役割分担」を軸に、持続可能な体制への転換を図る必要がありますが、労働集約型の医療機関にとって、これらの推進エンジンとなるのはまさに人事戦略です。

  • タスク・シフト / タスク・シェアの推進
    医師の負担を軽減しつつより診療に注力させるため、医師事務作業補助者を導入し、診療にかかる事務作業を移管します。DPC病院では診療情報管理士を経営企画部門の中核に据え、統計分析と戦略立案機能を担わせることで、経営参謀として院長を補佐します。
  • 病院機能の選択と集中
    地域医療構想においては急性期、亜急性期、回復期、慢性期など、自院のポジショニングを明確にしなければ埋没します。自院の専門性とプレゼンスをアピールすることで、その分野の専門職を採用しやすくなり、さらなる専門特化が進む好循環をもたらします。
  • 外部専門家(社労士)の活用
    医療機関は女性の多い職場であり、人事管理においては出産や育児あるいは女性活躍推進に関する労働法令や社会保険制度に対する幅広い知見が不可欠です。これら複雑な法制度に対応するためには、社会保険労務士などの外部専門家の積極的活用が効果的です。
  • 人材定着のためのキャリア支援
    薬剤師や看護師等の人材流出を防ぎ、組織力を最大化させるため、クリニカルラダーの導入や教育研修の充実を図り、自院におけるキャリアパスを整備し、教育訓練給付金などを利用するなど、職員満足度(ES)を高めるキャリア形成支援の強化が必須です。

医療業界の人事管理は、他の産業には見られない独特な制度や慣行が多くありますが、全体最適の視点から適切な人事マネジメントを提言できる内部人材はなかなかいません。そこで医業労務コンサルタントの認定を受けた社会保険労務士の活用を推奨します。

社会保険労務士は医師や看護師と同様に厚生労働大臣所掌の国家資格者です。労働法令と社会保険制度のスペシャリストであり、健康保険法に関する諸手続きの事務代行(保険医や診療報酬にかかる施設基準)を業として独占的に請け負うことができるのが強みです。

本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


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  • この記事を書いた人

山口光博/社会保険労務士/医療労務コンサルタント

医療法人の総務課長→医事課長→法人本部人事課長を歴任後、上場準備企業の人事部長を経て開業。歯科・歯科口腔外科部門の事務マネジャー経験あり。

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