はじめに
医師の働き方改革とは、日本の医療機関特有の長時間労働の是正であり、その背景には医師の健康確保、医療安全の向上、持続可能な地域医療提供体制の維持という公的医療制度の根幹をなす深刻な課題があります。本記事では医師の働き方改革の概要を解説します。
医師・歯科医師の働き方改革の概要
前時代的な滅私奉公の弊害
日本の医療は病床過剰に対する医師・看護師等の配置が乏しく、医師の自己犠牲的な長時間労働によって支えられてきました。しかし過重労働は脳・心臓疾患や精神障害の労災リスクを高めるだけでなく、注意力の低下による重大な医療事故を招く恐れがあります。
2019年より一般業種で時間外労働の上限規制(通常の36協定で月45時間・年360時間、特例条項つき36協定では月100時間・年720時間)が開始されましたが、医師についてはその特殊性から5年間の猶予期間が設けられ、2024年4月から適用が開始されました。
全ての勤務医と勤務歯科医が対象
働き方改革の対象となる医師とは、病院や診療所に勤務し、診療に従事する全ての勤務医(医師・歯科医師)をいい、常勤・非常勤、臨床研修医、専攻医かを問いません。診療部長などの管理監督者も、診療に従事する限り健康確保措置(面接指導等)の対象となります。
自ら医療機関を経営する個人開業医や医療法人の代表理事などは、労働基準法上の労働者ではありませんので働き方改革(労働時間の上限規制)の対象外ですが、雇用する勤務医の労働時間を管理する使用者としての重い責任を負う点に注意が必要です。
医師・歯科医師の働き方改革にどう取り組むか?
医療機関は、医師の健康を守りつつ地域医療を継続するため、以下の体制整備が義務付けられています。
時間外労働の上限規制(水準の指定)
原則として時間外労働および休日労働は年960時間(月100時間未満)が上限ですが(A水準)、地域医療の確保や研修のためにやむを得ずこれを超える場合は、都道府県知事から特例水準(B・連携B・C水準)の指定を受ける必要があります。
- A水準(原則的基準)
- 対象: 特例水準の指定を受けない全ての医療機関に勤務する医師
- 時間上限: 年960時間以内(休日労働を含め月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内)
- 備考: 指定申請の手続きは不要です
- 連携B水準(受入派遣型)
- 対象: 副業・兼業先での労働時間を通算すると、時間外労働が年960時間を超える医師(各病院での労働時間は年960時間以内)
- 理由: 医師の派遣を通じて地域医療の確保に資する場合など、派遣元となる医療機関が指定を受けます
- 時間上限: 全事業場を通算して年1,860時間以内
- B水準(地域医療確保型)
- 対象: 地域医療の確保のために、所属医師をやむを得ず長時間従事させる必要がある医療機関
- 主な要件: 救急医療(二次・三次救急)、がん・周産期・小児医療の確保に重要な役割を担う機関、在宅療養支援病院など
- 時間上限: 年1,860時間以内
- C-1水準(技能向上集中研修型)
- 対象: 臨床研修医や専門研修(専攻医)を受ける医師
- 理由: 研修プログラムに沿って、短期間に集中的に症例を経験し、基本的な診療能力や最新の知見・技能を修得する必要がある場合
- 時間上限: 年1,860時間以内
- C-2水準(特定高度技能研修型)
- 対象: 専門研修修了後の医師で、高度な専門的技能の修得を目指す者
- 理由: 厚生労働大臣が公示する特定分野(高度な手術手技の修得など)において、長時間修練が必要な研修を行う場合
- 時間上限: 年1,860時間以内
労働時間の適正な把握と宿日直許可
タイムカードやICカード等を用いた客観的な労働時間管理が必須です。なお断続的な業務で労働密度が低い場合(いわゆる寝当直)は、労働基準監督署から「宿日直許可」を得ることで、その時間を労働時間の規制対象から除外できることがあります。
追加的健康確保措置の実施
時間外・休日労働が月100時間以上となる見込みの医師に対し、講習を修了した医師による面接指導を行い、必要に応じて就業上の措置を講じなければなりません。終業から翌日の始業までに原則9時間以上の休息(勤務間インターバル)を確保し、確保できなかった場合は事後的に代償休息を付与する必要があります。
医師労働時間短縮計画(時短計画)の策定
特例水準の指定を受ける医療機関は、現状分析と具体的な短縮目標を定めた時短計画を作成し、評価センターの評価を受ける必要があります。なお時短計画策定においては「複雑な法制度への適合」「実効性のある体制構築」「行政手続きの円滑化」が肝ですので、社労士などの外部専門家の活用(後述)を推奨します。
働き方改革を推進するにあたっての注意点
法令に準拠した適正な勤怠管理の実現
- 副業・兼業の通算:医師や歯科医師が複数の医療機関等で勤務する場合、労働時間は全ての事業場を通じて通算されます。主たる勤務先と副業先は互いの労働時間を把握し、合計で法定上限を超えないよう管理しなければなりません。
- 自己研鑽と労働の区別:上司の指示に基づくものや、業務に不可欠な学習は「労働時間」とみなされます。自身のキャリア形成に資する自発的な研究時間と労働時間との区別を院内ルールとして明確化し、周知することが不可欠です。
- 医療監視:面接指導やインターバルの履行状況は、都道府県による「医療監視(医療法第25条にもとづく立入調査)」のチェック項目となっており、未履行の場合は指定の取消や罰則の対象となり得ます。特に病院は注意が必要です。
外部専門家(社会保険労務士)の活用

制度が複雑で多岐にわたるため、医業労務コンサルタントの認定を受けた社会保険労務士等の専門家の活用は極めて有効です。筆者も医業労務コンサルタント認定の社会保険労務士ですが、医療機関の人事総務部門で医師の勤怠管理や医療監視の事務局経験もあります。
- 宿日直許可の申請支援:労働法令の専門家の見地から勤務実態を分析し、労働基準監督署の許可取得に向けた労働法令の書類作成やアドバイスを行います。
- 時短計画の作成サポート:G-MIS(医師の時短計画作成や特例水準の指定申請システム)を用いて実効性ある医師の労働時間短縮の施策立案を支援します。
- 就業規則・36協定の整備:特例条項付き36協定の締結や賃金・勤怠ルールの法的な適正化を代行します(無資格者が業として代行すると処罰されます)。
医師・歯科医師の働き方改革の先にあるもの
すでに病院完結型から地域完結型医療への移行が進み、地域包括ケアシステムの中での多職種連携が重要となっており、医師の業務をコメディカルやMAへ移管し、医師がその専門性をより発揮できるチーム医療の体制(タスクシフト/タスクシェア)が加速します。
医師の働き方改革は、単なる労働時間短縮ではなく、「医療の質」と「職員満足度(ES)」を両立させるための経営構造そのものの転換です。適切な人事マネジメントを通じて「選ばれる病院」となることが、次世代の医療経営の成否を分けることになるでしょう。
まとめ
残念ながら人事コンサルティング業界は、財務会計や医事統計の分野に比べて敷居が低いと誤解されているのか、雑多な人材が流入して人事コンサルタントを名乗り、いい加減なサービスを提供して依頼主とトラブルになる事例は枚挙に暇がありません。
しかし人事コンサルティングはヒトを扱うだけに、相談先を誤ると法令違反を犯して厳しく処罰されたり、人事制度が崩壊したりして甚大な被害を被ります。医師・歯科医師の働き方改革は労務管理の専門家である社会保険労務士に依頼しましょう。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
