はじめに
経営者であれば最低賃金という言葉はもはや常識の範疇ですが、その内容について正確に理解している方は少ないようです。その証拠に毎年2,000件もの事業者が、最低賃金法違反で当局から是正勧告を受けています。そこで本記事では最低賃金の要点をまとめました。
最低賃金とはなにか?
最低賃金の目的と根拠法令
最低賃金とは、国が強行法規(最低賃金法)により賃金の最低限度を定め、使用者にこれ以上の賃金を支払わせることで、労働者の生活の安定、労働力の質的向上、および事業の公正な競争の確保を図ることを目的とした制度です。
労働基準法第28条において「賃金の最低基準に関しては、最低賃金法の定めるところによる」と規定されており、同法から独立した最低賃金法がその根拠法令となります。最低賃金額の決定や改正にあたっては、次の3つの要素が考慮されます。
- 労働者の生計費
- 労働者の賃金
- 通常の事業の賃金支払能力
さらに、労働者の生計費を考慮する際には、労働者が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮することが法律上義務付けられています。
地域別最低賃金と業種別最低賃金
最低賃金には、大きく分けて「地域別最低賃金」と「特定(産業別)最低賃金(業種別最低賃金)」の2種類が存在します。
- 地域別最低賃金:都道府県ごとに、その地域内のすべての産業およびすべての労働者・使用者に対して一律に適用される最低賃金です。非正規雇用であるパートタイマーやアルバイト、派遣労働者も含め、すべての労働者に例外なく適用されます。
- 特定(産業別)最低賃金:特定の都道府県内の特定の産業(業種)に従事する労働者を対象とする最低賃金です。労使の申出に基づき、必要と認められる場合に最低賃金審議会の調査審議を経て決定されるもので、その額は原則として、その地域の地域別最低賃金を上回る水準に設定されます。
最低賃金の定義
最低賃金法における最低賃金の定義
最低賃金が守られているかを評価・比較する際に対象となる賃金は、「毎月支払われる基本的な賃金」に限定されます。具体的には、実際に労働者に支払われる賃金総額から、以下の手当や賃金を除外した額が「最低賃金の対象となる賃金」として定義されています。
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当、慶弔見舞金など)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与、ボーナスなど)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金・残業代など)
- 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
- 深夜労働に対して支払われる割増賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金)
- 精皆勤手当、通勤手当、および家族手当
したがって、基本給に各種の手当が加算されている場合でも、通勤手当や家族手当、精皆勤手当、および時間外等の割増賃金はすべて差し引いた上で、1時間あたりの金額に換算し、最低賃金額(時間額)と比較しなければなりません。
労働基準法における賃金との相違
労働基準法第11条においては、賃金を「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定義しています。
この労働基準法における定義は非常に広範であり、労働の対償(見返り)として支払われるものであれば、通勤手当、家族手当、精皆勤手当、賞与、時間外割増賃金などであっても、すべて「賃金」に含まれます。労働契約法上の「賃金」もこれと同義です。
しかし、最低賃金法においては、上述の通り「労働者の生活を支える毎月の安定的・基本的な賃金」の実態を評価するため、賞与や一部の諸手当、割増賃金を最低賃金の算定基礎から除外することになっています。
最低賃金の適用
最低賃金の改定スケジュール
最低賃金(特に地域別最低賃金)は、社会経済情勢の変動を反映させるため、中央最低賃金審議会および各都道府県の地方最低賃金審議会による調査審議を経て、毎年1回改定されます。
改定の具体的なスケジュール
- 毎年夏から秋にかけて審議・決定が行われ、通常は10月から12月にかけて、都道府県ごとに個別の発効日(効力発生日)が定められて順次発効・適用されます。
- 例えば、令和7年度の地域別最低賃金全国一覧によれば、全国加重平均を含む改定額は、早い地域では令和7年11月1日(鹿児島県など)、遅い地域では令和7年12月1日(沖縄県など)に発効されています。
どのタイミングで賃金改定するか?
事業主は、改定された新最低賃金の「発効日(効力発生日)」当日からの労働に対して、新しい最低賃金額以上の賃金を確実に支払わなければなりません。
最低賃金法第4条第2項により、最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は、その部分について「無効」となり、無効となった部分は自動的に「最低賃金額と同様の定めをしたもの」とみなされます。したがって、仮に賃金計算期間の途中に発効日が到来する場合であっても、発効日以降の労働分については新最低賃金を下回ることは許されません。
実務上は、発効日以降の最初の給与計算、またはそれ以前の改定時(例:10月1日や11月1日などのキリの良い改定日)に合わせて、遅くとも発効日の前日までに引き上げ手続きを完了し、発効日当日の勤務分から新単価が適用されるように賃金改定を行う必要があります。
最低賃金を下回ると?
違反に対するペナルティ
最低賃金額を下回る賃金しか支払わなかった場合、使用者は不足分を差額として遡及して支払う民事上の義務を負うだけでなく、以下の刑事罰(ペナルティ)を科されます。
- 地域別最低賃金に達しない場合(最低賃金法違反):最低賃金法第40条が適用され、「50万円以下の罰金」が科されます。
- 特定(産業別)最低賃金に達しない場合(労働基準法違反):最低賃金法独自の罰則は適用されず、労働基準法第24条第1項(全額払いの原則)の違反とみなされ、同法第120条第1号に基づき「30万円以下の罰金」が科されます。
なお、労働者には、事業場に最低賃金法違反の事実があるときは行政官庁(労働基準監督署等)へ申告する権利が認められており、当該申告を理由とした解雇その他の不利益な取扱いは厳しく禁止されています。
最低賃金の推移
近年の最低賃金は、物価上昇や政府の方針に伴い、非常に高いペースで毎年引き上げられています。

令和7年度には、全国の地域別最低賃金の平均値(全国加重平均)は、改定前の1,055円から66円の大幅な引き上げとなり、時間額1,121円(引き上げ率6.3%)に達していますが、これを契機として短時間労働者の社会保険加入要件が見直されることになりました。
まとめ
労働集約型産業で人件費率の高い保健医療業において、最低賃金の上昇率が高止まりしていることは医業利益に直接的に影響する極めて重大な経営問題です。DXをはじめ業務プロセスの合理化を推進し、業務の運営体制と人員配置の見直しが急務といえるでしょう。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。

