はじめに
賃金とは労働契約において、労働者が労働力を提供した対価として事業主から支払われる金員をいいます。したがって賃金は労働契約のマスト要件であり労使間の信頼関係の礎となる重要な要素です。本記事では賃金の取扱を定めた各種法令の概要を俯瞰的にご紹介します。
労働基準法における賃金の原理原則
賃金支払の5原則(労基法第24条)
労基法では、労働者の生活安定のため、賃金支払における5つの原則を定めています。
- 通貨払いの原則
- 原則:日本国内の「通貨」(現金)で支払う必要があり、暗号資産やポイントでの支払いは禁止です。
- 例外:労働協約に基づく現物給与や、本人の同意を得た口座振込・指定電子マネー等への資金移動が認められます。
- 直接払いの原則
- 原則:労働者本人に直接支払う必要があり、代理人(親や配偶者含む)への支払いは違法です。
- 例外:家族等「使者」への手渡しや、派遣労働者への派遣先経由での手渡しは認められます。
- 全額払いの原則
- 原則:算定された賃金はその全額を支払う必要があり、不就労時間を超えるカットは違法です。
- 例外:税金・社会保険料などの法令控除、労使協定に基づく天引き、前月過払分の調整的相殺が認められます。
- 毎月1回以上払いの原則
- 原則:少なくとも毎月1回以上支払う必要があり、年俸制でも毎月分割して支払います。
- 例外:結婚祝い金等の臨時賃金、賞与、1ヶ月を超える期間を基礎とする手当には適用されません。
- 一定期日払いの原則
- 原則:「毎月25日」のように期日(日)を特定して支払う必要があり、「毎月第4金曜」等は違法です。
- 例外:賞与等には適用されず、休日に伴う前後の繰り上げ・繰り下げは認められます。
時間外労働等に対する割増賃金(労基法第37条)
法定時間外・深夜・休日労働に対しては、以下の割増賃金を支払う義務があります。
- 時間外労働(原則):25%以上増し
- 時間外労働(月60時間超):50%以上増し
- 深夜労働(22時〜翌5時):25%以上増し
- 法定休日労働:35%以上増し
賃金計算における端数処理のルール
賃金は労働時間1分単位で支払わねばならず、使用者の都合による恣意的な切り捨ては禁止されていますが、事務処理簡便化のため以下の特例が認められています。
- 1ヶ月の労働時間:月あたりの時間外等の合計で、30分未満切捨て・30分以上1時間切り上げが可能(日単位の切捨は違法)。
- 賃金単価・割増額:1円未満の端数は50銭未満切捨て・50銭以上1円切り上げが可能。
- 月支払額(要規定):就業規則に明記することで、1支払期の100円未満の四捨五入や、1,000円未満の翌月繰越が認められます。
減給制裁の法的制限(労基法第91条)
懲戒として賃金を減額する場合(減給処分)、以下の制限が課されます。
- 懲戒1回あたり:平均賃金の1日分の半額まで。
- 同月に複数の懲戒があった場合:賃金総額の10分の1まで(超える分は翌期繰越可)。
付加金の支払命令制度(労基法第114条)
未払いの賃金について労働者が請求した場合、裁判所は未払金と同額の「付加金」の支払いを命じることができます。
- 対象:解雇予告手当、休業手当、割増賃金、年次有給休暇中の賃金。
- 請求期限:違反時から5年以内(当面は3年以内)。
- 注意点:判決確定や訴訟中に全額支払われた場合、付加金は命じられなくなります。
労働条件通知書の記載義務
- 賃金の決定・計算・支払方法・時期:個別明示では書面等の提示が必須、就業規則でも必ず記載が必要です。
- 昇給に関する事項:個別明示では必須(口頭可)、就業規則でも記載が必須です。
- 退職手当・賞与等:制度を設ける場合のみ記載・明示義務が生じます。
労働契約法における賃金決定と不利益変更
不利益変更の制限・要件(労契法第9条・第10条)
原則として一方的な就業規則変更による賃下げは不可(無効)ですが、以下2条件を満たせば有効となります。
- 周知:変更後の就業規則が労働者に周知されていること。
- 合理性:不利益の程度、必要性、代償措置、労使交渉等を考慮して合理的であること。
給与条件の個別合意の原則(労契法第8条・第12条)
賃下げなど労働条件の変更は労使間における個別の合意が原則です。ただし、就業規則を下回る労働条件について労使間で合意していても、就業規則の基準が適用されます(強行規定)。
最低賃金法における最低額の保障
地域別最低賃金制度(最賃法第4条・第9条)
最低賃金は労働者の生計費・賃金・事業の支払能力を考慮して時給単位で都道府県ごとに定められます。強行的な効力があり、最賃未満の契約は無効となり最賃と同額とみなされます。
賃金不払いの罰則(最賃法第40条、労基法第120条)
- 地域別最低賃金の不払い:50万円以下の罰金(最賃法第40条)。
- 特定最低賃金(産業別)の不払い:30万円以下の罰金(労基法第120条)。
賃金支払確保法および民法における保護規定
退職労働者の賃金遅配に対する遅延利息(賃確法第6条)
退職後の賃金(退職金除く)の遅配に対し、期日の翌日から年14.6%の特別遅延利息が発生します(在職中の遅配には民事の遅延損害金3%が適用)。
未払賃金の立替払制度(賃確法第7条)
倒産等による未払賃金を国(労働者健康安全機構)が一部立替払する制度です。
- 要件:労災保険適用事業で1年以上操業した事業主の法律上・事実上の倒産
- 支給額・限度額:未払賃金(退職金含む)の8割を支給。年齢別の未払賃金限度額は30歳未満110万円、30〜45歳未満220万円、45歳以上370万円
賃金の先取特権(民法第623条、第306条、第308条)
- 定義(民法第623条):当事者の一方が労働に従事し、相手方がその報酬を与える約束で成立します。
- 先取特権(民法第306条・第308条):賃金債権は一般先取特権として保護され、使用者の総財産から他の一般債権者に先立って優先弁済を受けられます。
- 法的整理時:破産等の手続きにおいても優先的破産債権等として扱われ、高い優先順位で回収が図られます。
まとめ
法治国家においては「法の不知はこれを許さず」という基本原則があります。これは法を知らなかったことを理由に法令違反の責を逃れることはできないという意味であり、公平な社会秩序の維持に不可欠な法理ですが、賃金についても全く同様ですのでご注意ください。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。

