はじめに
事業活動において給与計算作業は不可欠ですが、給与計算事務には様々な法令が関係しており、それらが給与明細書に集約されていることを意識している方は少ないと思われます。本記事では給与明細書の各項目を読み解きながら、実務の流れや注意点を解説していきます。
給与明細とは
給与明細の作成義務
労働基準法には、賃金支払に際して遵守すべき5つの原則や、賃金計算の過程において生じた端数処理の方法、あるいは時間外労働などに対する割増賃金の率などが細かく規定されていますが、意外なことに給与明細(賃金明細)の作成や交付に関する規定は存在しません。
実は給与明細書の根拠法令は所得税法です。同法第231条第1項は「国内において給与の支払いを行う者は、給与を支払う際に、給与等の金額や源泉徴収税額など必要な事項を記載した支払明細書を、給与の支払いを受ける人に交付しなければならない。」と定めています。
源泉徴収簿と賃金台帳
所得税法において給与明細に記載すべき事項は、給与の支給額とその課税区分および源泉徴収税額です。一方、労働基準法では事業主に対し賃金台帳の調製を義務付けており、賃金を支払う都度、賃金の額とその内訳、労働日数、労働時間数などを記録します。
つまり多くの給与明細書は所得税法の支払明細書と労働基準法の賃金台帳を組み合わせた様式となっています。ただし源泉徴収簿は1月~12月、賃金台帳は4月~翌年3月を1年としてそれぞれ調製する点にご注意下さい。前者は年末調整、後者は労働保険申告の元となるからです。
給与明細の内訳:支給項目
固定的賃金
固定的賃金は、月々の労働日数や労働時間の多寡に関わらず、毎月定額で支給されるものをいい、基本給、役職手当、家族手当、住宅手当、通勤手当などがその主なものです。一般的に基本給は、職能資格制度に基づき設定された等級号俸テーブルにより決定します。
職能資格制度は、個々の従業員の職務遂行能力に応じて格付けを行い、人事評価によって改定(昇格・昇給)します。固定的賃金は異動辞令や人事評価表、従業員からの身上変更届に基づき、給与計算ソフトの固定給マスタ画面からマスタデータを更新するのがセオリーです。
変動的賃金
変動的賃金とは、勤務実績(出勤日数、労働時間等)によって月々の支給額が都度変動するものです。時間外手当、深夜勤務手当、休日出勤手当がその代表格ですが、法定労働時間を超える勤務や深夜時間帯あるいは法定休日の勤務には法に従い割増賃金を上乗せします。
変動的賃金を正確に計算するためには、就業規則や労働条件通知書により各日の所定労働時間が明確になっていること、出退勤時刻を客観的に記録できる勤怠管理システムを導入すること、単価(手当)×数量(労働時間)=支給額というロジック確立の3点が不可欠です。
給与明細の内訳:控除項目
法定控除
労働基準法の賃金支払5原則のひとつに全額払いの原則があります。これは賃金を支払う際に、事業主が賃金の一部をピンハネすることを禁じる法理ですが、この原則の例外として税金や社会保険料は、法律に基づき賃金(給与)から控除して徴収・納付することになっています。
具体的には健康保険料、介護保険料、子ども・子育て支援金、厚生年金保険料、雇用保険料、源泉所得税、個人住民税です。これらは各根拠法令において、事業主が労働者の賃金(給与)から控除し、事業主負担分を加算した上で、国や自治体に納付するルールになっています。
法定外控除
事業主と労働者の過半数代表者が労使協定を締結することで、法定控除以外のものを賃金(給与)から控除することができます。例えば社宅の家賃や社内食堂の食事代、社内預金の積立金、財形貯蓄の積立金、自家診療の一部負担金等です。
ただし労使協定を締結さえすれば何でも賃金(給与)控除できるというものではなく、行政解釈(通達)等において「事理明白なもの」(控除の趣旨や計算が明らかで、労働者が納得しているもの)に限定されています。また社内預金の実施は別の労使協定の締結も必要です。
給与明細の内訳:手取り額
差引支給額の振込
通常の給与計算は、「固定支給額の改定」→「変動支給額の計算」→「法定控除額の改定」→「法定外控除額の計算」の順で進行し、「支給額合計」から「控除額合計」を控除した残りの額(=手取り額)を、給与支給日までに従業員の指定する金融機関の口座に振込します。
なお労働基準法では原則として「賃金は通貨で労働者に直接支払うこと」と定めています。ただし労働者が銀行振込について同意した場合は、現金払いに代えて銀行振込で給与を支払うことができます(振込先口座を指定する届出をもって同意とみなすことができます)。
給与明細書の配布
給与明細書の作成および交付は書面が原則です。筆者が人事部で給与計算を担当していた頃、給与明細書の印刷と封入は大仕事でしたが、現在は労働者の同意を得て、PDFファイルやWeb給与明細システムなどの電子データで給与明細書を提供することも認められています。
給与明細の配布をもって一連の給与計算は完了です。なお経理部が給与計算を担当している場合は続けて会計記帳を行います。事業主には賃金台帳(原則5年間、当面3年間)と源泉徴収簿(7年間)をそれぞれ法定期間、保存しておく義務があることにもご留意願います。
まとめ
2023年4月の労働基準法施行規則の改正により、賃金の支払いを電子データ(電子マネー)で行うことが可能になりました。銀行振込の選択肢を残すこと、厚生労働大臣が指定した電子マネーに限られる等の制約がありますが、キャッシュレス決済の普及とともに、電子マネーでの給与支払いへの対応も検討していく必要があるでしょう。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。

