戦略的採用活動の時代
昔の日本企業の競争優位性は生産効率とされ、協調性があって組織に従順な人材が重宝されたが、今は創造性や問題解決力といった知識創造こそ企業の競争優位の源泉であり、一般職から経営者にいたるまで自立的なプロフェッショナル人材であることが求められている。
そして労働人口減少の局面においてプロフェッショナル人材を獲得するために、ジョブ型雇用、成果主義、目標管理制度などの専門性をベースとした人事制度を導入する企業が増えており、その入口となる採用活動は人事マネジメントの中でも戦略的位置づけにある。
採用方針の決めかた
どんな人材を採用するか?
採用方針の決定にあたりまず自社の経営理念と価値観を再確認する。経営理念とは企業の社会的使命であり、価値観は経営理念を具現化するために社員全員で共有すべき行動規範であるが、どんなに優秀な人材であっても価値観の合わない者は採用すべきではない。
名著「ビジョナリー・カンパニー(ジム・コリンズ著)」にも「経営者が真っ先にすべきことは誰をバスに乗せるか決めることである」と述べられている。知識や技能は入社後の社員教育でいくらでも向上できるが、人の価値観というものは容易には変わらないからだ。
どれくらい採用するのか?
「採用人数」=「当期の計画人員数」ー「既存の社員数」である。つまり採用計画の前に人員計画を策定しなければならないが、小売業は労働集約型産業ゆえに労働分配率が高く、人件費高騰の影響も考慮した中長期的な人件費予算を踏まえたものでなければならない。
具体的には人件費予算を1人時単価で除して得た必要人時を従業員1人あたり所定労働時間で割り返して必要人員数を算出する。なお必要人員数が机上の空論とならないように人件費予算から導き出した必要人時と個々の作業から積み上げた必要人時とのすり合わせも行う。
新卒採用か?中途採用か?
新卒採用のメリットは他社のカラーに染まっていないまっさらな人材を自社専用にカスタマイズできること、それゆえに自社の社風や伝統をありのままに受け継いでもらえることであり、デメリットは戦力化できるまで相当な時間と費用と忍耐を要することである。
中途採用のメリットは他社で培ってきた独自のノウハウを自社で活用できること、また即戦力採用の場合は人材育成に必要なコストを節約できることである。デメリットは人材としては既製品なので自社の価値観を素直に共有してもらうのが難しいことである。
求人方法と採用スケジュール
いつ採用するか?
中途採用は採用側の任意でいつでも採用できる。もっとも採用者の受け入れ手続きや新人研修をまとめて行った方が事務的に効率が良いので、新卒採用の時期に合わせて中途採用を行う企業は多い。実際に中途採用の求人数や求職者数は例年1~3月がピークとなる。
一方の新卒採用については大卒と高卒それぞれにリクルートに関するルールがある。少なくとも店長クラスであれば基本的なポイントだけはおさえておきたい。
大卒者の就活日程
大学生の新卒採用といえば経団連の就職協定がよく知られている。これは学生の青田買い防止のために経団連メンバー間で申し合わせた紳士協定であり、3月1日~求人票公開→6月1日~選考開始→10月1日~内定解禁という流れとなっていた。
しかしその実情は大手就活会社が3月1日前から業界研究会などと称する実質的な会社説明会を大々的に開催して就職協定は有名無実化していた。そして減少する若年労働力の確保に危機感を抱いた経団連が遂に2018年に就職協定の廃止を宣言するに至った。
この頃はリクルーター制度に名を借りたセクハラ犯罪も横行したため、政府は学生が安心して学業に専念できる環境を整備すべく経団連の就職協定を踏襲した「望ましい就活・採用スケジュール」を策定し、全国各地の経済団体にその励行を要請している。
高卒者の就活日程
高卒者のリクルートについては就活生が未成年者ということもあり、例えば求人企業はまず公共職業安定所に届出するとか、採用スケジュールは厚生労働省と文部科学省および経済団体の協議を経て公示されるといった職業安定法にもとづく厳格なルールが定められている。
ちなみに令和6年の高卒採用日程は6月1日~求人票受付→7月1日~学校訪問解禁→9月5日~応募解禁→9月16日~選考&内定解禁となっている。また就活生は同時に複数受験できない、翌年3月末までは会社の都合で求人を取り下げできないなどのルールもある。
どうやって採用するか?
公共職業安定所
公共職業安定所(ハローワーク)は職業安定法にもとづく公共の人材紹介機関である。ハローワークの求人部門で求人票を提出すると無料で人材を紹介してもらうことができる。ただし労働法令違反の求人や著しく労働条件の悪い求人は受付を拒否されることもある。
求人者にも求職者にも最もよく知られた職業紹介・人材紹介サービスであるが、ハローワーク自体は応募人材のスクリーニングを行わないため、明らかなミスマッチ人材が応募してくることも珍しくない。選考作業が電話や書類のやりとりを介して行われる非効率さも難点だろう。
求人広告サービス
求人広告サービスは新聞、雑誌、Webサイトなどのメディアに求人広告を掲載して求職者の応募を勧誘するもの。料金は求人広告の掲載期間に応じて課金される仕組みで、週単位で料金設定している事業者が一般的である。有料の採用サービスの中では最も割安だ。
新卒者(大卒等)向けには大手就職情報会社が運営する新卒専用のWeb就活サイトがあり、主に会社説明会やインターンシップの開催告知およびこれらの応募者の出欠管理などの機能を利用できるサービスである。料金は就活シーズンごとに設定されている。
採用マッチングサービス
採用マッチングサービスには人材紹介サービスとダイレクトソーシングがある。前者は担当エージェントが自社のニーズにマッチした人材を紹介してくれるサービスで、後者は運営会社のデータベースを利用して求人者と求職者がお互いに意中の相手にアプローチする仕組みだ。
人材紹介サービスは求人側にとって応募人材のスクリーニングを省けるメリットがあるが、エージェントの質が玉石混交でマッチングスキルに個人差があり、またノルマ消化のためにミスマッチな人材を無理やり押し込んでくる悪質なエージェントもいるので注意したい。
その他の採用サービス
その他の採用方法としては紹介予定派遣サービスやリファラル採用などがある。
紹介予定派遣サービスは派遣後6ヶ月以内に直接雇用する前提で派遣労働者を受け入れるものだが、紹介予定派遣に限っては派遣”先”企業が面接を行って派遣してもらう人材を指名できる。そして直接雇用する場合には派遣”元”企業に紹介料を支払うことで採用(転籍)となる。
リファラル採用とは従業員や取引先担当者の知人などを紹介してもらう採用方法で、事前に求職者の人となりを詳しく知ることができる一方、もし人材ニーズに合致しなかった場合であっても、わざわざ紹介してもらった手前もあり不採用にしずらいというデメリットがある。
採用に関係する法令
募集や採用条件に関する法令
労働施策総合推進法は原則として募集時や採用時の年齢制限を禁止している。また常時300人以上の従業員を使用する事業所は、現在勤めている従業員のうち中途採用者の割合を自社のホームページなどで定期的に公表しなければならない。
男女雇用機会均等法も募集時や採用時における男女差別を禁止しており、配置、昇進、退職、教育などにおける直接的な男女差別のみならず「単身赴任できる人優遇します」などといった間接的な男女差別も法令違反となる。
労働者派遣法では派遣先企業が派遣労働者の担当業務について新たに人材を採用しようとする場合には、まずその派遣労働者に対して求人を提示する義務を定めている。また契約満了後に派遣労働者が引き続き派遣先での就労を希望した場合は直接雇用するよう努める義務もある。
労働契約の内容に関する法令
最低賃金法は都道府県ごとに労働者の最低賃金を定めたものであり、違反した事業者には最低賃金に満たない労働者1人につき50万円の罰金が科せられる。なお最低賃金は時給で設定されているが、月給者の場合は基本給を所定労働時間で時給換算してチェックする。
採用が内定したら労働契約を締結して採用決定となる。そこで労働契約法では事業者は労働条件や労働契約について内定者に誤解を与えないように、できる限り書面で説明するように努力する旨を定めている。
その他の法令
個人情報保護法では個人のプライバシー権を保護するため、個人情報を取り扱う事業者に対して個人情報の収集や利用について様々な義務を課している。特に応募者の履歴書や職務経歴書などは特定個人情報に該当するため、より慎重な取り扱いが求められる。
採用活動にあたっては予め人事部長等を特定個人情報管理者に指定し、もし不採用であれば応募書類一式をすみやかに求職者へ返送する、採用決定した場合には人事部のキャビネット内に施錠保管するなどの社内ルールを決めておかねばならない。
厚生労働省のガイドライン
厚生労働省の「公正な採用選考の基本」には法的拘束力はないが、家族の職業、実家の資産、支持政党、労働組合の加入歴など、就業に必要な能力と関係のない情報をもとに採否を決めないこと、不必要な個人情報の収集を行わないことなどを定めている。
公正な採用選考を目指して(厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク)
これからの採用活動の課題
労働力人口の減少と就労に対する価値観や選択肢の多様化によって採用方法が母集団選考からダイレクトソーシングにシフトしている。また複雑化し不確実性を増す厳しい経営環境を乗り切るために雇用方針もメンバーシップ型からジョブ型へ変化している。
したがって今後はプロフェッショナル人材に対してピンポイントの採用活動を仕掛けてゆく必要があるが、その本質はワン・トゥ・ワン・マーケティングなので、求人者も求職者も相手からアプローチされるためにSTPなどのマーケティング戦略が不可欠となる。
特に求人側はプロフェッショナル人材を自社に誘引する有力な手段として「採用」→「教育」→「評価」→「処遇」の4つのフェーズにおける合理的で公平かつ透明性の高い人事制度(プロフェッショナルを活かす人事制度)の早期実現に全社をあげて取り組まねばならない。
これが冒頭で採用活動は人事マネジメントにおいて戦略的位置づけにあるとした所以だが、ブランド力の乏しい中小企業が有能な人材を獲得するためには、完成品ばかり求めるのではなく良質な仕掛品を発掘して自前で完成形に仕上げるという逆転の発想もまた必要だろう。
参考書籍;ビジネスキャリア検定試験 標準テキスト 人事・人材開発(中央職業能力開発協会 編)、販売士ハンドブック発展編(日本商工会議所・全国商工会連合会 編)
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