人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、数年前に個人経営から法人化した歯科クリニックです。院長である私と、理事を務める親族が数名在籍しています。
理事の報酬については、税務上のメリットを考慮して「定期同額給与」として設定しています。また、マイカー通勤をしている理事には、ガソリン代の市場価格と通勤距離に連動した「通勤手当」を支給しています。
最近、ガソリン代の単価が下がったため、規定通りに計算すると来月から通勤手当の額が数千円減額となります。事務長より、以下の懸念を指摘されました。
- 役員報酬(定期同額給与)を設定している場合、年度の途中で通勤手当を減額すると、税務上で「定期同額」とみなされず、損金算入ができなくなるリスクはありますか?
- 通勤手当の「非課税分」を減らすことで調整しようと考えていますが、実務上の注意点を教えてください。
- 金額が変わることで、社会保険の「随時改定(月変)」の手続きが必要になるのでしょうか?
役員の処遇は税務調査でも厳しくチェックされるため、正確な対応をとりたいと考えています。
ご相談への回答

歯科法人の理事報酬の管理において、通勤手当の扱いは非常に繊細なポイントです。結論から申し上げますと、非課税枠の範囲内での通勤手当の変動は定期同額給与の性質を損ないませんが、社会保険上の「固定的賃金の変動」に該当するため、等級への影響をチェックする必要があります。
定期同額給与と通勤手当の関係
役員報酬を損金算入するためには、原則として「定期同額給与(毎月同じ額を支払うこと)」でなければなりません。
- 課税分の変更リスク: 役員報酬(基本報酬)や通勤手当の「課税対象となる部分」を年度途中で変更すると、定期同額給与の要件から外れ、その報酬全額を損金として計上できなくなる恐れがあります。
- 非課税分の調整: 一方、所得税法上の「非課税限度額」の範囲内で支給される通勤手当は、そもそも損金算入が認められており、その額がガソリン代の変動等によって増減しても、定期同額給与の否認に直結することはありません。
- 実務的な判断: ガソリン代が下がった際に、役員給に含まれる「課税分」は維持し、「非課税分」の通勤手当のみを規定通り減額することは、税務リスクを回避しつつ適正な費用処理を行うための賢明な判断といえます。
社会保険における「随時改定」の要否
ここが実務上の落とし穴になります。税務上の課税・非課税の区分は、社会保険(健康保険・厚生年金)の標準報酬月額の算定には一切関係ありません。
- 固定的賃金の変動: 通勤手当の支給単価(1kmあたりの単価)が変わることは、社会保険上は「固定的賃金の変動」とみなされます。
- 2等級以上の差: 通勤手当の変動があった月から継続した3ヶ月間の総報酬(基本報酬や他の手当を含む)の平均額が、現在の標準報酬月額と比較して2等級以上の差が生じた場合、4ヶ月目に「随時改定(月変)」の届出が必要になります。
- 支払基礎日数の確認: 改定の判定対象となる3ヶ月間の支払基礎日数は、各月とも17日以上(短時間労働者の特例がある場合は11日以上)である必要があります。
給与計算システムの設定と管理
多くの給与計算ソフトでは、通勤手当の非課税限度額が自動計算される仕組みになっています。
- 個別マスタの修正: 理事のように「報酬額を固定したいが、実費相当分だけ変動させたい」というケースでは、ソフトの自動計算に頼りすぎず、役員個別の固定給マスタにおいて、非課税額を直接入力・修正する運用が必要になる場合があります。
本件のポイント

- 理事の通勤手当(非課税分)をガソリン代変動に合わせて減額しても、定期同額給与としての損金算入メリットは損なわれない。
- 「課税対象となる役員報酬」部分を年度途中で下げてしまうと、損金不算入となるリスクがあるため、調整は非課税枠の範囲内で行うのがセオリーである。
- 通勤手当の額が変わることは、社会保険上の「随時改定」の引き金になる。金額が数千円であっても、他の報酬との合算で2等級の差が出ないか必ず確認すること。
- 随時改定の届出が必要になった場合、その年は「算定基礎届」の提出対象外となるため、事務フローの整理もあわせて行う。
法人化した歯科クリニックにとって、理事の適正な報酬管理はガバナンスの基本です。ガソリン代という外部要因の変化に対しても、ルールに基づいた誠実な処理を積み重ねることで、健全な組織運営を証明(エビデンス化)していきましょう。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。