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004(制度概要)_雇用政策

2026年10月義務化!歯科クリニックにおけるカスハラ対策のポイント

2026年10月の改正労働施策総合推進法の施行により、すべての事業者においてカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)防止措置が義務化されます。歯科クリニックは小規模な組織が多く、院外のリソースを徹底的に活用した独自の対策を構築することが急務です。

なぜカスハラ対策が不可欠なのか?

カスハラ対策が義務化された

法改正により、事業主はカスハラから従業員を守るための相談体制の整備や被害者への配慮を行うことが義務付けられました。対策を怠り、不適切な対応を放置した結果として従業員が被害を被った場合、安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われる恐れがあります。

また、カスハラ防止措置を講じない企業は当局によって名称が公表される可能性もあり、ブラック企業(クリニック)としての烙印は有能な医療従事者や事務職の採用難を招きます。

カスハラとはどんな行為か?

厚生労働省のマニュアルによれば、カスハラとは「顧客等からのクレーム・言動のうち、要求内容の妥当性に照らして、実現手段・態様が社会通念上不相当なものであり、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されます。

カスハラの態様は大きく分けて「要求内容の妥当性」と「要求を実現するための手段・態様の相当性」の2点に集約されます。具体的には、暴言、威圧的な態度、土下座の要求、長時間にわたる拘束、SNSでの誹謗中傷などが該当します。

カスハラ行為を放置すると…

歯科クリニックにおいてカスハラを放置することは、経営の屋台骨を揺るがします。

  1. 人材の流出:熟練した歯科衛生士や助手がメンタルヘルス不調に陥り、離職や休職によって円滑な診療体制の維持に必要な人員を確保できなくなります。
  2. 診療の質の低下:医療スタッフが精神的に疲弊し、モチベーションが低下することで、医療事故や不注意によるトラブルを発生させるリスクが高まります。
  3. 風評被害:悪質な患者によるSNS投稿や口コミサイトへの書き込みを通じた誹謗中傷を放置することで、自院の診療圏において患者離れが加速します。
  4. 人時生産性の悪化:カスハラ行為者への対応に追われることで通常の診療行為や業務管理に充当する時間が奪われ、経営効率が著しく低下します。

歯科クリニックのカスハラ対策とは?

厚労省のカスハラ対策マニュアルを活用する

カスハラ対策のポイントは、カスハラポリシー(カスハラへの対応方針)の策定とカスハラ発生時の対応マニュアルの整備、カスハラ発生時を想定したスタッフ教育の3つです。またこれらを確実に実行できるように行政機関や専門家との連携を構築します。

しかしこれらを自前でイチから整備するのは多忙な院長先生にとって至難の業です。そこで厚生労働省が公表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」をベースに、自院の規模や実情に合わせてアレンジするのが効率的です。

医療業のカスハラは大きく4要素に集約される

かつて外来専門の大型クリニックの医事課長として、実際にカスハラ行為者に対処したことのある筆者の経験から申し上げると、外来診療に多く見られるカスハラの要因の多くは、概ね次の4つに集約されるのではないかと考えています。

  • 診療技術:治療結果に対する不満や、痛みや麻痺などの違和感
  • 施設・設備:待合室の清掃、待ち時間の長さ、駐車場の混雑等
  • 料金:説明不足による高額請求や自費診療の料金に対する不満
  • 接遇:医療従事者や受付スタッフの態度に対する不快感や怒り

医療機関のカスハラポリシー策定のポイント

カスハラポリシーとは、カスハラ行為に対して自院はどう捉えているか、またカスハラ行為が発生した時に、どのような方針に基づき対応するか、ということを院内外のステークホルダー(患者、取引先、監督官庁、従業員等)に明確に示すものです。

したがってカスハラポリシーをどのような内容にするかは院長の考え方次第ですが、医療サービスは医療機関と患者との間の診療契約にもとづき、相互に協力しあって提供されるべきものなので、患者第一主義とカスハラ容認(放置)とは明確に区別すべきです。

カスハラ対策マニュアルと研修の企画

カスハラマニュアルのポイントは責任と権限

小規模な歯科クリニックでは、権限と責任の明確化がカスハラ対策の生命線です。これらを曖昧にしたまま漫然とカスハラに対応すると、不用意な発言が責任逃れと受け取られたり、相手の剣幕に押されてついできない約束をしてしまったりと、二次災害を引き起こします。

  • 理事長・院長:最終的な判断と責任を負い、自院のカスハラポリシーに従って院外の専門家と連携しつつ、毅然とした態度でカスハラ行為者に対応します。
  • コメディカル・事務員:カスハラ行為と疑わしき場合は、接遇応対マニュアルに則り対応しつつ、迅速に院長へ「報・連・相」を行う初期対応に徹します。
  • 院外リソース:傷害や器物破損などの犯罪行為に備え、所轄の警察署への連絡ルートを確保します。訴訟が想定される場合は弁護士、医療事故が疑われる場合は地域の基幹病院(病院歯科)など「後方支援体制」の連携構築も極めて有効です。

カスハラと正当なクレームを混同しない

厚生労働省の統計によると、カスハラ行為の約7割は正当なクレームに対する初動の拙さが原因で、カスハラにエスカレートしたものだそうです。正当なクレームは医療経営の質向上に資する「宝の山」であり、両者を適切に判断できるトレーニングも不可欠です。

したがってカスハラ対応マニュアルと併行してクレーム対応マニュアルを整備し、カスハラ行為と判定された場合は、クリニックとして毅然と対応する、正当なクレームについては原因を追求し、改善に努めるといった2系統での業務管理体制の構築が理想的です。

公式マニュアルは因数分解して活用せよ

厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」は、カスハラポリシーの策定から院内におけるカスハラ発生時の対応フローの設計、さらには役職員に対するカスハラ研修教材などが網羅された、非常に有用なコンテンツです。

しかしこのマニュアルは経営者から一般職まで網羅した構成となっており、そのままではスタッフ研修には使えません。そこで研修の実施に際して、役割別にコンテンツを分け、OJTとOFF-JTを適切に組み合わせて企画・運営すると良いでしょう。

  • OJT(職場内訓練):院長や主任歯科衛生士が、日常的な診療行為や通常業務を通じ、コメディカルや事務スタッフに適切な基本動作を指導します。
  • OFF-JT(職場外訓練):社労士などの外部専門家を招き、カスハラに関する法令や制度あるいは他院の取り組み事例などについて講義を開催します。

医療経営の質向上でカスハラを防ぐ

カスハラ対策は根本的な解決にはならない

これまで述べてきたカスハラポリシーの策定やカスハラ対応マニュアルの整備、カスハラ研修の企画・運営などは、カスハラ行為が発生した後のいわば対症療法的なものであり、カスハラ行為の発生そのものを抑制できるものではありません。

最も理想的なのはカスハラ行為が発生しない状態を確立することです。そこで筆者が考えるのは、クレームマネジメントです。カスハラの7割がクレーム対応の失敗なら、クレームを発生させない、あるいはクレームの状態で収束できれば、カスハラは発生しません。

医療経営の質を高めてクレームを抑制する

医療業は、患者とスタッフが密接に関わる「サービス・プロフィット・チェーン(SPC)」の典型であり、診療技術や業務管理の質および職員満足度(ES)が高い職場では、結果的に患者満足度(PS)が向上し、クレームが発生する頻度も少なくなります。

門外漢が診療技術について語ることは差し控えますが、業務管理と職員満足度については、厚生労働省の「職業能力評価基準」を参考に、人事評価制度を整備し、人事評価に紐づいた社員教育プログラムと報酬制度を構築することが最も有効な施策です。

レベル区分能力水準の目安具体的な実務・行動指標
レベル 1新人指示に従い、診療の準備・後片付けおよび基本的な補助が安全に遂行できる。● 診療ユニットの清掃・給水、配管洗浄ができる。● 使用済み器具の洗浄、滅菌パック詰め、オートクレーブ操作ができる。● 基本セットの準備、バキュームでの簡易な水分吸引ができる。
レベル 2中堅術者の意図を察した機敏なアシストと、正確な材料の取り扱い・在庫管理ができる。● 各種セメント・レジン等の歯科材料を、説明書通りの粉液比で正確に練和・混和できる。● ハンドピースへの注油、ライト調整など、診療の流れを止めない先読み介助ができる。● 消耗品の在庫を把握し、欠品を出さないよう管理・発注担当ができる。
レベル 3ベテラン
(主任)
高度な診療介助を完遂し、新人歯科助手の指導および診療環境の質維持を担う。● インプラントや外科手術等の直接介助において、清潔・不潔の区別を徹底し補助できる。● 新人歯科助手に対するOJT(職場内訓練)を担当し、業務マニュアルの整備を行う。● 患者の表情や言動から診療への不満(カスハラ予備軍)を早期に察知し、院長へ報告・連携できる。
レベル区分能力水準の目安具体的な実務・行動指標
レベル 1新人接遇の基本を理解し、マニュアルに沿って正確な受付・窓口業務ができる。● 保険証の確認(月初め、初診時)と問診票の記入依頼が適切にできる。● 診察券の発行、会計、領収書発行、処方箋の受け渡しができる。● 明るい挨拶と身だしなみを徹底し、待合室の環境整備ができる。
レベル 2中堅歯科点数表を理解し、診療実態に即したアポイント調整と正確なレセコン入力ができる。● 電話応対において、患者の症状(痛みや緊急性)を正確に聞き取り、予約の優先順位を判断できる。● 出来高算定の仕組みを理解し、処置・手術内容を遅滞なくレセコンへ入力できる。● 窓口での初期的な苦情に対し、冷静に事実を確認し、適切に院長へ取り次げる。
レベル 3ベテラン
(主任)
診療報酬の専門知識に基づき、算定漏れ防止、返戻対策、新人事務の教育ができる。● レセプトの事務点検・内容点検を行い、出来高算定の取り漏れ(各種加算等)を徹底して防ぐ。● 返戻・減点の原因分析を行い、医師へフィードバックして適正請求を維持する。● 未収金管理フローを運用し、法的時効(3年)を意識した適切な督促や公的制度の案内ができる。
レベル 4事務長人事労務・財務会計・医療法を深く理解し、クリニックのガバナンスと経営基盤を支える。人事労務: 就業規則や36協定を整備し、スタッフの勤怠管理やハラスメント防止体制を構築する。● 財務会計: 試算表(B/S, P/L)や資金繰り表を理解し、収支分析に基づく経営改善案を提案できる。● 医療法: 施設基準(外来環等)の届出維持や管理者の責務を把握し、法令遵守を統括する。● 悪質なカスハラ発生時、社労士・弁護士等の外部専門家や警察との窓口となり、組織的に対応する。

カスハラ対策に関するその他トピック

歯科クリニックがカスハラ行為者になる時

これまで自院においてカスハラ行為が発生した場合にどう対処するか?というお話をしてきましたが、自院がカスハラ行為の加害者になってしまうケースもあるのでご注意下さい。たとえば歯科技工を外注したり、レセプト請求事務を派遣で実施しているような場合です。

もし歯科技工所に対し不当に短い納期(独禁法違反)や支払直前に値下げを強要したり(取適法違反)、派遣スタッフに違法な就労を強いたりすること(派遣法違反)は、カスハラ行為として民事上の損害賠償責任を負うばかりでなく、刑事犯罪として処罰されます。

カスハラ対策は自院の社会的責任でもある

北海道では2025年4月に全国の自治体に先駆けてカスハラ防止条例を制定・施行しました。その趣旨は、「道民の快適な日常生活は、エッセンシャルワーカーに支えられており、貴重なエッセンシャルワーカーをカスハラで喪失することは許されない」というものです。

エッセンシャルワーカーとは社会を維持するために不可欠な仕事に従事する人たちをいい、医療介護、インフラ、物流や小売、公共サービス業などです。歯科クリニックの従事者もエッセンシャルワーカーなので、カスハラ対策を講じることは社会的責任でもあります。

カスハラ対策には自院の人事制度の整備が不可欠です。またカスハラ行為によるメンタル不調や精神疾患は安全配慮義務や労災事故とも密接に関係します。カスハラ対策に活用できる雇用関係助成金などの案内など、カスハラ対策は社労士に依頼するのが近道です。

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  • この記事を書いた人

山口光博/社会保険労務士/人事コンサルタント

医療法人の総務課長→医事課長→法人本部人事課長を歴任後、上場準備企業の人事部長を経て開業。歯科・歯科口腔外科部門の事務マネジャー経験あり。

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