人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は、歯科医師3名、歯科衛生士6名、歯科助手・受付4名が勤務する医療法人です。今年度から業務効率化とペーパーレス化のため、クラウド労務管理システムを導入し、雇用契約書(労働条件通知書)の電子化を進めることになりました。
システム上の初期設定では、部門のリーダー(歯科衛生士長や受付リーダーなど)が所属メンバーの雇用契約書全体を閲覧できるようになっています。
ところが先日、ある歯科衛生士から「業務上必要な情報(勤務シフトや契約期間など)だけを見られるようにしてほしい。衛生士長とはいえ、他のスタッフに自分の給与額や自宅住所、家族構成まで見られるのは個人情報保護の観点から抵抗がある」と申し出がありました。
現在のシステム仕様では、特定項目のマスキング(非表示)処理が技術的に難しいため、当院としては「労務管理やシフト作成を行う役職者として、閲覧必要な情報」として全員分を閲覧可能なまま運用したいと考えています。このままの運用は個人情報保護法や労働法等の法令違反になるのでしょうか?
ご相談への回答

クラウド労務システムの導入によるペーパーレス化は非常に素晴らしい取り組みですが、スタッフの給与額や住所といった機微な個人情報の閲覧範囲については、慎重な整理が必要です。
結論から申し上げますと、評価や処遇決定の権限を持つ院長や事務長などが業務上必要な範囲で閲覧することは「雇用管理」の目的内であり、直ちにコンプライアンス違反(違法)となるわけではありません。
しかし、評価や処遇決定権限を持たない現場のリーダー職にまで一律で給与額等を開示している場合は、個人情報保護法上の観点から不適切と判断されるリスクがあります。
閲覧権限と個人情報保護法(直ちに違法とはならない理由)
個人情報保護法上、事業者は取得した個人情報を「利用目的の達成に必要な範囲内」で取り扱う必要があります。
歯科クリニックにおいて、院長や事務長が、部下の労務管理やシフト調整、人事評価・処遇決定のために雇用契約書(労働条件通知書)の記載事項(給与額、手当、住所、契約期間等)を確認することは、「雇用管理・労務管理」という正当な利用目的の範囲内です。したがって、適切な権限を有する者が閲覧する運用自体は法的に問題ありません。
歯科衛生士長や現場リーダーの「権限範囲」による注意点
注意が必要なのは、閲覧できる「所属長(役職者)」の定義と権限です。歯科クリニックにおける「衛生士長」や「受付リーダー」などの役職者は、現場での業務指示やシフト作成、技術指導を行っていても、「基本給や手当等の処遇決定権限(人事評価権)」までは持っていないケースが多く見られます。
処遇決定権限を持たない現場リーダー層に対してまで、部下の給与額や各種手当、自宅住所などのプライベートな情報を一律閲覧可能とすることは、個人情報保護法上の「アクセス権限の最小化(必要最小限の原則)」や「安全管理措置」の観点から過剰なアクセス権限とみなされ、トラブルや不適切運用の指摘を受けるリスクが高まります。
システムでマスキング処理ができない場合の実務的対応策
システムの仕様上、一部情報のマスキングや細かな権限分離が技術的に難しい場合でも、以下のような「運用上の安全管理措置(人的・組織的対策)」を講じることで、実務上のリスクやスタッフの懸念を緩和することができます。
- 閲覧権限者の範囲を厳選する:システム上の閲覧アカウントを「院長」「事務長」などの処遇決定権限者に限定し、現場の衛生士長には必要な情報(勤務日、勤務時間、契約期間等)のみを別途リスト化して共有する運用に見直す。
- 「個人情報取扱規程」の整備と周知:雇用管理に関する個人情報の取り扱いルール(閲覧可能者の範囲、目的外利用の禁止など)を明確にした院内規程を整備する。
- 守秘義務の徹底と誓約書の締結:閲覧権限を持つ役職者に対し、業務上知り得た個人情報を第三者に漏洩したり業務外で利用したりしないよう、守秘義務の周知徹底と誓約書(個人情報の守秘義務にかかる誓約書等)の提出を行う。
本件のポイント

- 人事権(評価・処遇決定権)を持つ院長や事務長が雇用契約書(給与額や住所等)を閲覧することは雇用管理目的の範囲内であり、直ちに法令違反とはならない。
- 処遇決定権限を持たない現場のリーダー職(衛生士長や助手リーダー等)にまで一律で給与額等を閲覧可能にすることは、個人情報保護法上の「アクセス権限の最小化」の観点から不適切とされるリスクがある。
- システム上の権限分離が難しい場合は、閲覧可能な役職者を限定するか、個人情報取扱規程の整備や守秘義務の徹底といった「人的・組織的安全管理措置」でリスクを回避する。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


