年次有給休暇の付与義務
年次有給休暇の目的
年次有給休暇は、労働者が賃金の低下を心配せずに安心して休暇を取得し、心身の休養と疲労回復を促進することを目的とする法定の休暇であり、労働基準法では一定の要件を満たす労働者に、法定の日数の有給休暇を付与する義務を、事業主および使用者に課している。
年次有給休暇は、法定休日や所定休日とは別個に付与されなければならず、休暇の取得にあたっては、労働者が取得したい時季を指定するだけでよい。すでに法令で権利が付与されているので、休暇の目的などを申告した上で使用者から承認を得るような手続きは無用である。
時季指定権と時季変更権
年次有給休暇の取得が労働者の権利だからといって、全ての従業員が同じ日に一斉に年次有給休暇を取得してしまうと、事業の正常な運営を妨げる恐れがあるため、労動者は無制限に時季指定権を行使できるわけではない(労働契約法に定める権利の濫用に該当する)。
よって労働基準法では、年次有給休暇の取得によって事業の正常な運用に支障があると判断される場合は、使用者は労働者の時季指定権に対して、時季変更権を行使できるとしている。
労働基準法において「時期」ではなく、あえて「時季」という言葉を使う理由は、季節という大まかなスパンで時季指定権もしくは時季変更権を行使できるという意味をもたせるためである。
年次有給休暇の取得が認められない場合
ちなみに前述のように、事業場の全ての労働者が使用者への嫌がらせを意図して同じ日に一斉に年次有給休暇を取得することは、時季指定権に名を借りた単なるストライキに他ならず、使用者は年次有給休暇の取得を拒否できるという最高裁判例がある。
また「休暇よりもお金が欲しい」という理由で、所定の休日や休暇に年次有給休暇を充当するようなことも認められない。そもそも年次有給休暇は、労動者の健康維持のために、労働の義務のある日に、賃金をもらいつつ労働の義務を免除されるという制度だからである。
年次有給休暇の基本ルール
年次有給休暇の付与日数
使用者は、雇入れの日から6ヶ月経過し、その期間の全労働日の8割以上を出勤した労動者に対して、10日間の年次有給休暇を付与しなければならない。それ以後は、初回の付与日から1年経過するごとに、下表の日数の年次有給休暇を付与し、6年6ヶ月以後は毎年20日間となる。
出勤率の計算にあたっては、年次有給休暇および産前産後休業、育児介護休業を取得した日は出勤したものとみなし、ストライキや事業主の責任による休業、所定休日に出勤した日、代替休暇(月60時間以上の割増賃金の代替休暇)の取得日は、全労働日から除外する。
年次有給休暇、産前産後休業、育児介護休業の取得日を欠勤扱いとすると、これら休暇・休業制度の利用促進を妨げてしまう。また公平性の見地から、労動者に帰責しない不就労日は全労働日から除外することになっている。
短時間労動者の比例付与
正社員以外の労働者のうち、週の所定労働日数が4日以下かつ週の所定労働時間が30時間未満の短時間労働者については、原則的な付与日数✕週の所定労働日数÷5.2で計算(小数点以下の端数切り捨て)した日数を付与することになる(比例付与という)。
「学生アルバイトには年次有給休暇を付与しない」などと雇用身分を理由とした差別的扱いは認められない。労働基準法には正社員だのアルバイトだのといった雇用身分に関する定義は存在せず、所定労働時間の長短の区別こそあれ、全て「労動者」である。
年次有給休暇の取得時の賃金
年次有給休暇を取得した日に支払う賃金の額の計算方法は月給者と時給者とで異なっている。また算定事由発生日以前の3ヶ月とは、年次有給休暇を取得した日の前日から1日単位で3ヶ月間遡及するという意味ではなく、直近3ヶ月間に支給された給与総額を用いて構わない。
なお多くの企業では、固定給(基本給や家族手当などの固定的手当)と変動給(時間外手当など)の支給日が異なることが多いため、賃金総額の計算にあたっては、注意が必要である。
年次有給休暇の促進のための措置
計画的付与
厚生労働省の就労条件総合調査によると、令和5年調査の労働者1人あたり年次有給休暇の取得率は、全産業平均が62.1%だったのに対し、卸売・小売業は55.5%であり、全産業の中でもワーストである(「休めない」という悪しき業界体質は私がいた頃から全く改善されていない)。
労働基準法では、年次有給休暇の取得率向上のために、前年からの繰越分を含めた年5日を除く日数について、予め勤務シフトに組み込んで強制的に休暇を取得させる計画的付与を認めている。ただし計画後は、労使ともに時季指定権と時季変更権は行使できなくなる。
時間単位の付与
年次有給休暇は冒頭で述べたとおり労働者の休養と心身の疲労回復を促進することが目的なので、1日単位で取得することが原則である。しかし全国的に年次有給休暇の取得率が上がらないため、労使協定を締結した場合に限り、年5日まで時間単位での付与が認められる。
計画的付与を時間単位で行うことは禁止されている。また労働者の1日単位での時季指定権に対し、使用者が時間単位で時季変更権を行使することも認められない。
半日単位の付与
労働者が時季を指定し、その時季に使用者が同意をした場合には、労働者の過半数代表者と労使協定を締結したりしなくても、半日単位で年次有給休暇を付与することができる。半日単位で付与する場合には、時間単位での付与のように1年間に付与できる日数の制限もない。
一斉付与
年次有給休暇の更新作業を個々の労働者の雇入れ日ごとに実施するのは大変である。そこで、例えば毎年4月1日を基準日とし、全従業員の年次有給休暇を一斉に更新するような扱いが認められている。なお一斉付与を行う場合の注意点として、次の事項があげられる。
- 本来の付与日より繰り上げて一斉付与する場合、繰り上げた期間は出勤したものとみなす
- 年次有給休暇の時効は、本来の付与日に関わらず、一斉付与した日の翌日から2年間となる
- 年5日の付与義務は、一斉付与した日から1年以内に5日分を時季を指定して付与する
- 年度の途中で一斉付与に移行した場合は、前回の付与日から一斉付与日の1年後までの期間に応じた日数を時季指定付与する
年次有給休暇に関する注意事項
年5日の付与義務
事業主および使用者は、年10日以上の年次有給休暇を付与した労働者に対し、付与した日から1年以内に5日間の年次有給休暇を、時季を指定して取得させなければならない。ただしすでに労働者が自ら取得した年次有給休暇は5日には含めない(時間単位付与分を除く)。
なお年5日の時季指定義務に違反した場合は、使用者に対して違反労働者1名あたり30万円の罰金が科される。もし年次有給休暇そのものを労働者に付与しなかった場合は、6ヶ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金が科される(罰金刑は事業主にも併科される)。
年次有給休暇の買い上げ
年次有給休暇を付与する代わりに、年次有給休暇を買い上げること(年次有給休暇分の賃金を支払うこと)は禁止されている。ただし退職予定の労働者が、退職日までに未取得の年次有給休暇を消化しきれない場合は、例外的に年次有給休暇の買い上げが認められている。
年次有給休暇の消滅時効
年次有給休暇は付与された日の翌日から2年間経過すると時効によって消滅する。時効のルールは民法に定められており「法律は、権利を行使しようとしない者まで、その権利を保護しない」という考え方にもとづく。ゆえに未取得の年次有給休暇の残日数は2年分が最大となる。
労働時間等設定改善法(有給取得促進)
労働時間設定改善法は、事業主や使用者に、労働者のワークライフバランス実現のため、年次有給休暇の計画的付与を積極的に推進するなどの措置を講ずる努力義務を定めている。
年次有給休暇のまとめ
職場の労働生産性を向上するには、分子(付加価値額)を増加させるか、分母(総投入人時)を圧縮するしかないが、従来の長時間労働がはびこる職場において、付加価値アップのための創造的発想や人時生産性改善のためのイノベーションなどは絶対に生まれない。
なぜなら昨今の日本企業の低成長の主要因は、昭和時代から続く日本型労働慣行が通用しなくなったからであるが、年次有給休暇すらケチって目一杯従業員を職場に縛り付けようとするような職場風土では、社外から新しい知識やノウハウなどを導入できるはずがないからである。
経営者が自社にイノベーションを起こしたいのであれば、年次有給休暇でも変形労働時間制でもなんでも目一杯活用して、従業員の自己啓発や自己研鑽の機会をもっと増やし、社外で得たナレッジを自分たちの職場に還元してもらうといった発想の転換が必要ではないだろうか。