制度の目的と給付対象者
休業(補償)給付が開始されてから1年6ヶ月経過(=長期化)し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)施行規則に定める傷病等級第1級〜第3級に該当(=重症化)した場合に、休業(補償)給付に代えて支給されるのが傷病(補償)年金である。
両者の相違は、休業(補償)給付が給付基礎日額の60%相当額を休業した日ごとに給付するのに対し、傷病(補償)年金は給付基礎日額×所定給付日数により算定した年額を年金方式で給付する点である。
なお労災保険法では、業務災害に対する保険給付を「◯◯(補償)給付」、通勤災害に対する保険給付を「◯◯給付」というが、本記事ではスペースの都合上、これらをひとまとめにして「◯◯((補償))給付」と表記させて頂く。
傷病(補償)年金の内容
給付される額
傷病(補償)年金の給付額は、年金給付基礎日額に傷病等級ごとに定められた給付日数を乗じて得た額(年額)である。年金給付基礎日額は、原則的な給付基礎日額(≒平均賃金)に、年金方式のスライド改定を行い、年令階層別の最低限度額・最高限度額で調整した額である。
給付される期間
傷病(補償)年金は、被災した労働者が要件を満たす限り給付が継続され、労働者が退職しても受給権を喪失することはない。傷病(補償)年金の受給権は、①労働者が死亡した時、②傷病等級に該当しなくなった時、③休業状態が解消された時に失権する。
傷病等級に該当しなくなった時に、引き続き療養(補償)給付を受給し、なおかつ療養のために休業を余儀なくされる場合には、再び休業(補償)給付を受給することができる。つまり休業(補償)給付と傷病(補償)年金は同質の保険給付であり併給されることはない。
特別支給金と特別年金
労災保険には、保険本体の付帯事業として、被災した労働者の社会復帰促進のための特別支給金制度がある。傷病(補償)年金には、一時金として給付される傷病特別支給金と、傷病(補償)年金と同様に年金方式で給付される傷病特別年金の2つがある。
傷病特別支給金は、被災した労働者の傷病等級に応じて定められた定額となっており、傷病特別年金は、算定基礎日額(労災にあった日以前の1年間に支給された賞与の総額÷365日)に、傷病(補償)年金と同じ日数を乗じて得た額となる。
労災保険料は年度の賃金総額(月給+賞与)に対して徴収されるが、傷病(補償)年金は給付基礎日額(≒直近3ヶ月間の平均賃金)をもとに計算されるため、徴収した保険料のうち賞与部分を傷病特別年金で還元している。
事務に関すること
請求手続き
労災保険給付を受けるには請求手続きが必要だが、傷病(補償)年金は被災した労働者が給付要件に該当すると、労働基準監督署長が職権で休業(補償)給付から傷病(補償)年金に切り替える。ただし切り替えの可否を判断してもらうために次の届出が必要である。
新規該当者
・届出様式〜傷病の状態等に関する届(様式第16号の2)
・提出期限〜休業1年6ヶ月から1ヶ月以内
給付継続者
・届出様式〜傷病の状態等に関する報告書(様式第16号の11)
・提出期限〜毎年1月1日から1月末日まで
費用の負担
傷病(補償)年金の受給に際して被災労働者に一切の自己負担は生じない。また労災保険料は全額を事業主が負担するので労働者の保険料負担もない。なお傷病(補償)年金は労災保険のメリット制の算定対象に含まれるため、翌年度以後の労災保険料が上がることがある。
だからといって休業中の労働者を退職させると不当解雇となる。労働基準法では、労災による休業中およびその後30日を経過しない労働者の解雇は禁止されている。
他の公的制度とのちがい
障害(補償)年金
傷病(補償)年金の傷病等級第1級〜第3級と障害(補償)年金の障害等級第1級〜第3級の年金は同額である。両者の違いは、前者が療養継続中の者を対象としているのに対し、後者は障害認定(症状固定により治療効果が期待できない状態)を対象としていることである。
よって傷病(補償)年金と療養(補償)給付は併給されるが、障害認定された後は、療養(補償)給付は打ち切りとなり、傷病(補償)年金から障害(補償)年金に切り替わる。なお障害等級が第8級以下だった時は、年金ではなく障害(補償)一時金で給付される。
傷病(補償)年金から障害(補償)年金に自動的に切り替わるわけではなく、障害認定を受けた労働者が労働基準監督署に障害(補償)年金の給付申請を行わねばならない。
障害基礎年金・障害厚生年金
障害基礎年金(国民年金)と障害厚生年金(厚生年金保険)は、要件を満たせば労災か私傷病かを問わずに給付される。したがって労災保険から障害(補償)年金を受給していても、これら社会保険の障害年金も併給される。
さらに障害基礎年金と障害厚生年金は、初診日から1年6ヶ月経過した時に、障害状態(症状が固定し治療の効果が見込めない状態=療養打ち切り)になっていなくても、障害状態とみなして障害認定してもらえるため、傷病(補償)年金とも併給されることがある。
障害基礎年金と障害厚生年金が障害(補償)年金もしくは傷病(補償)年金と併給される時は、労災保険側の支給率を88%〜73%の範囲で減額調整する。
傷病(補償)年金まとめ
国民年金や厚生年金保険の障害年金は、障害状態(症状固定により治療打ち切り)になっていなくても、被保険者の経済的保障を優先して、初診日から1年6ヶ月経過したら障害認定してもらえるが、労災保険の障害年金は、障害状態であることがマスト要件なので、国民年金や厚生年金保険より保険給付のハードルが高くなっている。
もし障害認定されなければ被災労働者は休業(補償)給付を継続することになる。しかし早期の復職と短期的な給付を想定した休業(補償)給付は給付基礎日額の60%しかもらえないため、休業(補償)給付と障害(補償)年金の中間的な位置づけとして、障害基礎年金や障害厚生年金に準じるような給付要件の傷病(補償)年金制度が追加されたという経緯がある。
労働基準法の災害(補償)義務を代行するのが労災保険であるというのは別の記事で何度か説明しているが、傷病(補償)年金が労働基準法の災害補償条文に明記されていないのはこういった背景があるからである。