人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。
依頼者からのご相談

当院は本院のほかに、市内に2つの分院を展開している歯科医療法人です。この度、欠員補充のために常勤の「勤務歯科医師」1名と、将来的な訪問歯科部門の強化を見据えて「歯科衛生士」2名を採用することになりました。
これまで当院では、入社時に「雇用契約書」を交わすのみで、労働条件の変更があるたびに書面を出し直すといった運用はしていませんでした。しかし、2024年4月から労働基準法が改正され、雇入れ時の労働条件明示ルールが厳格化されたと聞きました。
特に、歯科医師については将来的に分院の管理(院長候補)をお願いしたり、訪問歯科診療への対応をお願いしたりする可能性があります。また、歯科衛生士についても、診療補助だけでなく受付業務や、将来的なタスク・シフトを見据えた管理業務の一部を担ってもらいたいと考えています。
新しく採用するスタッフの労働条件通知書を作成するにあたり、以下の点について具体的に教えてください。
- 改正法で義務付けられた「就業場所」や「従事すべき業務」の「変更の範囲」とは、具体的にどのような内容を指すのでしょうか?
- 将来的な分院への異動や、業務内容の拡大(訪問歯科への対応など)を予定している場合、どのように記載すれば法的な義務を果たし、かつトラブルを防げるでしょうか?
- 歯科衛生士長などの「管理職」へ昇進した際にも、その都度、書面での通知が必要になるのでしょうか?
ご相談への回答

2024年4月に施行された改正労働基準法により、すべての労働者に対して、雇入れ直後の「就業場所」と「従事すべき業務」に加え、将来的な「変更の範囲」についても明示することが義務付けられました。歯科クリニック経営においては、分院展開や訪問診療の導入、多職種連携(タスク・シフト)が一般的であるため、この「範囲」を適切に定めておくことが、採用後のトラブル回避と柔軟な人員配置の鍵となります。
「変更の範囲」の定義と明示方法
「変更の範囲」とは、その労働契約の期間中において、会社側の命令によって命じられる可能性がある「就業場所」と「従事すべき業務」の最大公約数的な範囲を指します。
- 就業場所の変更の範囲: 異動(配置転換)が命じられる可能性がある場所
- 従事すべき業務の変更の範囲: 担当する可能性がある職種や業務の内容
これまでは「雇入れ直後」の状態さえ書いておけば足りましたが、今後は「将来的にどこへ行く可能性があり、何をさせる可能性があるか」をあらかじめ手の内を明かして契約を結ぶ必要があるということです。
歯科医師・歯科衛生士の具体的な記載例
貴院のような分院展開や業務拡大を予定している医療法人の場合、以下のような記載方法が考えられます。
【記載例:勤務歯科医師】
- 就業場所:
- (雇入れ直後)○○歯科クリニック(本院)
- (変更の範囲)法人が運営するすべての歯科診療所、および法人が指定する訪問先
- 従事すべき業務:
- (雇入れ直後)歯科医業(外来診療)
- (変更の範囲)歯科医業、訪問歯科診療、歯科診療所の管理運営業務、およびこれらに付随する一切の業務
【記載例:歯科衛生士】
- 就業場所:
- (雇入れ直後)○○歯科クリニック(本院)
- (変更の範囲)法人が運営するすべての歯科診療所、および法人が指定する訪問先(居宅・施設等)
- 従事すべき業務:
- (雇入れ直後)歯科衛生士業務(診療補助・口腔衛生指導)
- (変更の範囲)歯科衛生士業務、訪問口腔衛生指導、受付事務、歯科用電子カルテの入力補助(代行入力)、管理業務、およびこれらに付随する一切の業務
ポイントは、将来的にタスク・シフト(業務の役割分担)によって歯科事務作業補助や受付を兼務してもらう可能性があるなら、それを明記しておくことです。これを怠ると、いざ配置転換を命じた際に「歯科衛生士として採用されたので、受付は契約外です」と拒否されるリスクが生じます。
昇任・昇格時の書面通知の実務
歯科衛生士長などの管理職に昇任した際、労働基準法上は改めて労働条件通知書を交付する「義務」まではありません。しかし、労働契約法においては、労働条件が変更される際には「できる限り書面により確認すること」という努力義務が課せられています。
実務上は、昇任後の新役職、新給与(役職手当等)、および「管理監督者」となることで残業代の支給対象から外れる旨などを記載した「処遇通知書」や「昇任辞令」を交付することが望ましいです。これにより、役職に伴う権限と責任、待遇の変更について労働者の理解を深め、後の「名ばかり管理職」論争などのトラブルを未然に防ぐことができます。
本件のポイント

- 2024年4月から、雇入れ時および契約更新時に「就業場所」と「業務内容」の「変更の範囲」を明示しなければならない。
- 将来的に分院や訪問歯科を任せる可能性があるなら、労働条件通知書にあらかじめその範囲を含めて記載しておくべきである。
- 「変更の範囲」が不明確だと、後の人事異動やタスク・シフト(業務分担の見直し)に際して法的根拠を欠き、業務命令権の行使が困難になるリスクがある。
- 管理職への昇任時などは、法的な義務ではなくとも、トラブル防止と納得感向上のために、変更後の条件を明示した書面を交付することが推奨される。
- 労働条件通知書と雇用契約書の内容に大きな違いはないが、合意を得るプロセスを重視するなら「雇用契約書」の形式で締結する方が、労働契約法の趣旨に合致する。
採用時のミスマッチを防ぎ、歯科クリニックの組織力を高めるためには、この改正対応を機に、スタッフが担うべき職責と職域を再定義することをお勧めします。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。




