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001_労働契約のFAQ

【競合制限】「退職後1年間は近隣での歯科診療禁止」。勤務歯科医師への誓約書はどこまで有効か?

人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界に置き換えてご紹介しています。

依頼者からのご相談

疑問な白衣の女性

当院は、本院のほかに3つの分院を展開する歯科医療法人です。この度、分院長を務めていた歯科医師(勤続6年)が、「自分の理想の歯科診療を追求したい」との理由で退職することになりました。

円満な退職だと思っていたのですが、後で確認したところ、彼は当院の分院からわずか500メートルの場所で新規開業する準備を進めており、さらに当院の複数のスタッフに「一緒に来ないか」と声をかけていることが判明しました。

当院の就業規則および入職時の誓約書には、「退職後1年間は、当院の各医院から半径3キロメートル以内での歯科診療および新規開業を禁止する」との条項があり、本人の署名も受領しています。

  1. 「退職後1年・半径3キロ以内」という転職・開業制限は、法的にどこまで有効ですか?
  2. 本人は「憲法で保障された『職業選択の自由』があるから、こんな誓約書は無効だ」と主張しています。このような強気の態度に対し、クリニックとしてどう対抗すべきでしょうか。
  3. もし制限に違反して開業を強行した場合、損害賠償を請求したり、営業停止を求めたりすることは可能でしょうか。

患者さんの引き抜きやスタッフの引き抜きは、残されたクリニックにとって死活問題です。


ご相談への回答

できるビジネスパースン

歯科医師による「近隣での独立開業」や「患者・スタッフの引き抜き」を巡るトラブルは、歯科業界において最も頻繁に発生する紛争の一つです。結論から申し上げますと、「競業避止義務」に関する誓約書は判例上、有効とされていますが、その有効性が認められるためには「4つの厳格な要件」を満たしている必要があります

競業避止義務が有効とされる「4つの要件」

裁判所は、憲法上の「職業選択の自由」を重く見るため、無制限な転職制限は認めません。制限が有効と認められるには、以下の合理性が必要です。

  1. 制限期間の合理性: 退職後「1年〜2年」程度であれば、公序良俗に反しない範囲として認められやすい傾向にあります。
  2. 制限地域の合理性: クリニックの診療圏(患者が来院する範囲)に基づき、半径数キロメートルといった「不当に広域ではない範囲」であることが求められます。
  3. 対象職種の合理性: 歯科医師のように、高度な専門性を持ち、患者情報(カルテ)やクリニック独自のノウハウに直接アクセスできる立場であれば、制限の必要性が認められやすくなります。
  4. 代償措置の有無: これが最も重要です。制限を課す代わりに、「役職手当(分院長手当)」の上乗せや、退職金の増額などの「経済的代償」が与えられているかどうかが厳しく問われます。

今回の「1年・3キロ」という基準自体は、地域性にもよりますが、歯科の診療圏に照らせば一定の合理性があると考えられます。

就業規則の「周知」が法的拘束力のカギ

たとえ誓約書にサインがあっても、その根拠となる就業規則の内容がスタッフに「周知」されていなければ、法的拘束力を持ちません

  • 後出しの誓約書は危険: 退職する直前に、手続きの一環として慌ててサインさせたような誓約書は、「無理やり書かされた」「対等な合意ではない」と主張されるリスクが高く、無効とされる可能性が高まります。
  • 事前の合意: 入職時の雇用契約書や、就業規則を常時閲覧できる状態にしておくといった「適切な周知プロセス」が必要です。

違反に対する対抗措置と「引き抜き」への対応

誓約書に正当な合理性が認められる場合、違反者に対して損害賠償請求を行うことが可能です。

ただし、注意が必要なのは以下の点です。

  • 引き抜きの立証: 単に患者が流れただけでなく、「名簿を不正に持ち出した」「執拗な勧誘でスタッフを退職させた」といった、背信性の高い(公序良俗に反する)態様があることを証拠として押さえておく必要があります。
  • 営業停止(差し止め): 裁判所による営業差し止めが認められるハードルは極めて高く、実務上は「損害賠償」での解決を目指すのが一般的です。

本件のポイント

気づきを得た白衣の女性
  • 転職制限は、「期間・地域・職種・代償」の4つの観点から合理性が判断される
  • 特に、分院長手当などの「代償措置」が講じられているかは、裁判における重要な判断基準となる
  • 就業規則の条項が「周知」されていることが、法的有効性の絶対条件である
  • 歯科医師は「高度の専門的知識等を有する労働者」に該当するため、労働契約の期間設定(最長5年)等、戦略的な契約設計を検討すべきである
  • 感情的な対立を避けるためにも、入職時から「地域医療連携」や「円満な独立支援」を前提としたルール作りをしておくことが、最大の経営リスクヘッジとなる

優秀な歯科医師の独立は本来喜ばしいことですが、ルールなき引き抜きは法人のガバナンス不全を露呈させます。今後は、個別の「雇用契約書」で条件を補足し、誠実な合意形成を図る体制を整えましょう。

本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


  • この記事を書いた人

山口光博/社会保険労務士/医療労務コンサルタント

医療法人の総務課長→医事課長→法人本部人事課長を歴任後、上場準備企業の人事部長を経て開業。歯科・歯科口腔外科部門の事務マネジャー経験あり。

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