はじめに
労働者災害補償保険法(労災保険法)では、労災事故を①業務災害、②複数業務要因災害、③通勤災害の3類型で規定しています。本記事では通勤災害の定義や認定基準、さらには通勤災害にまつわるよくある誤解、通勤時の自動車事故にかかる注意点などについて解説します。
通勤災害とは?
通勤災害の定義と認定要件
通勤災害とは、労働者が通勤によって被った負傷、疾病、障害又は死亡を指します。ここでいう「通勤」とは、就業に関し、以下の移動を合理的な経路及び方法で行うことをいい、業務の性質を有するものを除いたものを指します。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 複数の就業場所間の移動(副業・兼業先への移動など)
- 単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動(一定の要件を満たす場合)
「合理的な経路及び方法」とは、労働者が一般的に用いると認められる経路や手段を指し、定期券に表示された経路や、マイカー通勤で通常考えられる複数の経路などが該当します。
通勤災害と認められない場合
移動の途中で「逸脱」(就業や通勤と関係ない目的で経路をそれる)または「中断」(通勤に関係ない行為を行う)があった場合、その間およびその後の移動は原則として「通勤」と認められません。つまりいったん中断すると、以後に生じた事故は通勤災害にはならないのです。
ただし、日常生活上必要な行為(日用品の購入、病院での受診、要介護状態の家族の介護、理美容院の利用など)を最小限度の範囲で行う場合は、その行為の間を除き、合理的な経路に戻った後は再び「通勤」と認められます。
なお、経路近くでのタバコ購入といった「ささいな行為」は、そもそも逸脱・中断には該当しません。
業務災害と通勤災害の主な違い
労働基準法上の災害補償義務は、あくまで「業務災害」を対象としています。そのため、通勤災害については以下の点が業務災害と異なります。
- 待期期間中の補償:休業給付の待期期間(最初の3日間)について、業務災害の場合は事業主が平均賃金の60%を補償する義務がありますが、通勤災害にはこの義務はありません。
- 解雇制限:業務災害の療養期間中およびその後30日間は原則として解雇が禁止されますが、通勤災害による休業期間はこの解雇制限の対象外です。
通勤災害にまつわる誤解・注意点
出張先へ向かう途中の事故は通勤災害か?

インプラント学会に出席するため遠方に出張し、会場に向かうために現地で乗車したタクシーが、後ろからきたよそ見運転のクルマに追突され、むち打ち症になってしまいました。これは通勤災害になりますか?
いいえ、出張中の移動は原則として「業務災害」として扱われます。出張中は事業主の支配下にあるとみなされるため、積極的な私的行為によるものを除き、移動や宿泊も含めて業務遂行性が認められるからです。

いったん帰宅し再び勤務先へ向かう場合

子供の夏休み期間は、お昼休み中にいったん帰宅し、子供にお昼ご飯を食べさせてから、再び職場へ戻っています。すでにいったん出勤しているのですが、再び職場に向かう途中で事故にあった場合は通勤災害ですか?
はい、通勤災害になります。通勤は1日1回に限られるものではありません。昼休みの一時帰宅から再び出勤する移動も「就業に関し行われる移動」であり、通勤行為として扱われます。

自宅の敷地内で転倒したら通勤災害か?

仕事を終えて自宅に帰宅し、敷地の門から自宅の玄関に続く敷石を歩いていたところ、段差につまづき転倒して膝を擦りむいてしまいました。敷地内とはいえ自宅の外での怪我ですので、これは通勤災害ですよね?
一戸建ては門の外からが通勤経路とみなされるため、敷地内での転倒は通勤災害になりません。マンション等の場合は、自室のドアを出たところからが通勤となるため、共用部分での事故は通勤災害となる可能性があります。

通勤中に貧血で倒れ救急搬送されたとき

当クリニックの事務員が、バス通勤中に貧血により気分が悪くなり、そのまま卒倒して救急搬送されました。通勤中に生じた体調不良なのでこれは通勤災害になると思いますが、いかがでしょうか?
通勤災害として認められるには、その負傷や疾病が「通勤に通常伴う危険」によって生じたものである必要があります。内因性の疾病による卒倒などは、通勤行為に起因したリスクの顕在化とはいえないため、対象外です。

特別加入者の通勤災害は認められるか?

私は歯科クリニックの院長です。経営者なので労災保険に特別加入(第一種特別加入)していますが、特別加入者でも通勤災害に遭ったときは、労災保険から各種の保険給付を受けられますか?
第一種特別加入者については通勤災害も保険給付の対象となります。なお第二種特別加入者(一人親方等)のうち、個人タクシー業者など通勤と業務の区別が不明瞭な職種については、通勤災害制度が適用されません。

マイカー通勤にまつわるトピック
第三者行為災害
通勤中の交通事故のように、第三者の加害行為によって生じた災害を第三者行為災害といいます。この場合、被害者は自賠責保険等への損害賠償請求権と労災保険への給付請求権の両方を得ますが、二重の補填を防ぐため調整が行われます。
一般的には自賠責保険を優先して使い、足りない部分を労災保険が補うか、先に労災保険が給付を行って、後で国(労災保険)が加害者側へ求償することになります。なお、両方が全額併給されることはありません。
使用者責任に注意
多くの職場では、通勤手当の算定や事故時の経路確認のために通勤ルートを届け出させますが、特にマイカー通勤については、運転免許証、車検証、任意保険証の写しを定期的に提出させ、適正な運行を確認することが重要です。
もし職員が無免許、無車検、あるいは任意保険未加入の状態で悪質な事故を起こした場合、事業主がその運行を容認・黙認していたとみなされれば、被害者に対して民法上の使用者責任を問われ、多額の賠償責任を負うリスクがあります。
まとめ
余談ですが通勤にかかる費用に対して支給するものを通勤手当、業務上の移動にかかる経費を旅費交通費といいます。またマイカーを業務使用させる場合は、事業者は事故の相手に対する使用者責任のみならず、職員への安全配慮義務も負うことにご注意ください。
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