はじめに
年に一度の「算定基礎届(定時決定)」は、多くの人事担当者が苦手とする業務ですが、医師や看護師、医療技術職など、夜勤手当や残業代によって報酬が変動しやすい職種を抱える医療経営において、この仕組みを正確に理解しておくことは必須要件です。
算定基礎届とは?
標準報酬月額の改定届
社会保険料は、被保険者が受ける実際の報酬額にもとづいて算出されますが、月々の給与額をそのまま計算に用いると、事務が著しく煩雑になります。そのため、報酬額を一定の幅で区分した「標準報酬月額」に当てはめて保険料を計算する仕組みがとられています。
しかし、定期昇給や人事異動、あるいは勤務形態の変化によって月々の報酬額が変わるため、実際の報酬と標準報酬月額との間に大きな差が生じないよう、毎年1回、全被保険者の報酬額をチェックし、標準報酬月額を決定し直すことになっています。
この一連の作業が定時決定であり、その集計結果を日本年金機構および健康保険組合に提出する書類が「算定基礎届」です。
標準報酬月額の内訳
標準報酬月額は健康保険と厚生年金保険で異なります。前者の標準報酬月額は、第1級の5万8,000円から第50級の139万円までの50等級に区分されています。一方で後者は年金格差が拡大しないよう全32等級までとなっており、両制度で区分が異なる点に注意が必要です。
たとえば医療機関においては、基本給のほか、役職手当、資格手当、通勤手当、さらには宿日直手当や残業手当などの「労働の対償」として受けるすべてのものが「報酬」に含まれます。算定基礎届では、これらの総額を用いて新しい標準報酬月額を決定します。
定時改定のながれ
対象者と除外者の選別
定時決定は、原則として毎年7月1日時点で適用事業所に使用されているすべての被保険者を対象に行われます。ただし、事務の効率化を図るため、以下の者はその年の定時決定の対象から除外されます。
- 6月1日から7月1日までの間に被保険者資格を取得した者:定時決定の直前に新たに標準報酬月額(資格取得時決定)を決定したばかりであり、期間をおかずに再び標準報酬月額を改定する意味がありません。
- 7月から9月までの間に随時改定(月額変更)が行われる者:昇給等により固定的賃金が変動し、すでに標準報酬月額の改定が行われる予定がある場合に、わざわざ定時決定を重ねて行う必要がないためです。
4月~6月の平均額を算出
定時決定の対象者については、4月、5月、6月の3ヵ月間に支払われた報酬の平均値を計算し、新たな標準報酬月額を決めます。なお、これら3ヵ月間のうち、報酬の支払の基礎となった日数が17日以上(短時間労働者は11日以上)ある月のみを計算の対象とします。
介護保険料と子ども・子育て支援金は、健康保険料と一緒に徴収されますが、健康保険の芳醇報酬月額表において、これら2つの保険料の表記方法が異なるため、はじめて社会保険事務を担当するかたは、次の違いにご留意願います。
- 介護保険料:40歳以上65歳未満の被保険者(介護保険第2号被保険者)については、健康保険料に介護保険料が加算されます。標準報酬月額表は健康保険料との合算額で表記しているため、参照する欄を間違えないように注意しましょう。
- 子ども・子育て支援金:健康保険料と合算して表記される介護保険料とは異なり、標準報酬月額表に子ども・子育て支援金が単独で表記されています。
7月10日までに届け出る
算定基礎届の提出期限は、毎年7月10日です。基準日である7月1日から提出期限までは10日間しかありませんので、6月度の給与計算が完了次第、すみやかに定時決定の作業に着手し、算定基礎届を作成する必要があります。
7月10日は労働保険の年度更新の期限とも重なります。労働保険の確定保険料は前年4月から当年3月までの賃金総額が対象なので、まず労働保険の年度更新から先行して作業を始め、その後に社会保険の定時決定を行うのが合理的です。
定時決定の例外=保険者算定
4~6月の報酬額にもとづく新たな報酬月額の算定が困難、あるいは通常の方法で算出された額が著しく不当であると認められる場合には、保険者が個別に報酬月額を決定する「保険者算定」が行われます。本記事では多くの職場で起こりうる代表的な事例を2つ挙げます。
4月~6月の報酬月額が少なすぎる場合
病気による長期欠勤等により、通常の定時決定の計算方法では、適切に報酬月額を算定できないケースです。これは全く就労できなかった場合と、就労はしていたが勤務日数が少く、報酬支払基礎日数が所定の日数に足りなかった場合で扱いが異なります。
- 4月から6月の間に報酬を全く受けなかった場合:私傷病による休職などで4〜6月の全ての月で報酬が支払われなかった場合、定時決定を行うことができません。この場合、休職直前の標準報酬月額をそのまま継続するなどの処理が行われます。
- 支払基礎日数が3ヵ月とも不足している場合:4月・5月・6月の全ての月で報酬支払基礎日数が17日(短時間労働者は11日)未満である場合も、通常の算定方法による算出が困難なため、保険者算定の対象となります。
4月~6月の報酬月額が多すぎる場合
春先に残業が集中するために、4~6月の報酬をもとに報酬月額を算定すると1年間の実態を正しく反映できないケースです。4月は新人受け入れ、5月は障害者雇用納付金の申告、6月は算定基礎届や労働保険の年度更新などの業務が立て込む人事部などはその典型例です。
なお対象となるのは、4~6月の報酬平均から算出した等級と、前年7月~当年6月までの1年間の報酬平均から算出した等級との間に2等級以上の差が生じる場合です。この差が業務の性質上、例年発生することが見込まれる場合に限り、年間平均額にもとづき報酬額を算定します。
「春に残業すると社会保険料が上がる…」という誤解を持つ方が少なくありませんが、このような一時的な激変については保険者算定によって調整される仕組みがあることを周知し、特に公益性の高い業種では、業務の繁閑に応じた適切な勤務計画を組むことが大切です。
定時決定のその後について
保険料の改定と徴収時期
提出した算定基礎届は日本年金機構等で精査されます。内容に問題がなければ、事業主に対して「標準報酬月額決定通知書」が送付されます。新たに決定された標準報酬月額は、その年の9月分(10月納付分)から適用され、翌年8月分まで使用されます。
被保険者負担分については、法令により「翌月の給与から前月分の保険料を控除する」ことができると定められています。したがって9月に改定された保険料は10月に支払われる給与から控除されます。従業員は10月の給与明細を開封して、社会保険料の改定を実感します。
事業主負担分は9月に処理
経理部のスタッフは、改定後の社会保険料の計上タイミングに注意が必要です。会計ルールの「期間損益の原則(発生主義)」にもとづき、9月に改定された保険料のうち、事業主負担分(法定福利費)は9月度の月次決算に費用計上しなければなりません。
従業員負担分は、10月の給与から控除しますので、9月の時点では特段の処理は生じません。10月の給与から控除した従業員負担分の社会保険料を、事業主負担分(法定福利費の相手科目は未払費用)と合算し、10月末までに日本年金機構に納付することになります。
まとめ
多くの組織では給与計算を人事部で、社会保険料の納付を経理部で分業していますが、法定福利費(および未払費用)と職員預り金の処理は人事部(発生側)と経理部(処理側)が緊密に連携しないと、残高の不整合を招きますので、事前に連携フローを整理しておきましょう。
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