はじめに
給与計算を初めて担当することになり、賃金、報酬、給与という類似したキーワードに混乱した経験のある人は少なくないはずです。これらはどれも勤務先から労働者に支払われる金員ですが、実はそれぞれの目的と定義が異なります。そこで本記事では給与計算実務の解説に先立ち、給与計算事務の基本中の基本であるこの3つの用語について解説します。
なぜ3つのキーワードが存在するのか?
3つの用語の違いは根拠法令と目的の違い
結論からいえば、賃金と報酬、給与の違いは根拠法令の違いによるものです。これらを具体的に体系化すると次のような関係になります。
- 賃金
- 労働基準関係
- 根拠:労働基準法、労働契約法など
- 目的:労働者の権利を保障し労働者を保護するため
- 労働保険関係
- 根拠:労災保険法、雇用保険法、労働保険徴収法など
- 目的:各種保険料および保険給付の額を計算するため
- 労働基準関係
- 報酬
- 社会保険関係
- 根拠:健康保険法、厚生年金保険法など
- 目的:各種保険料および保険給付の額を計算するため
- 社会保険関係
- 給与
- 所得税関係
- 根拠:所得税法(源泉所得税)
- 目的:給与所得にかかる税金の額を計算するため
- 所得税関係
これらを正しく使い分ける必要があるのか?
賃金と報酬、給与は似て非なる用語であり、根拠となる法令や制度が全く異なることから、これらの違いを正しく理解していないと、人事労務の事務手続きにおいてミスを発生させてしまうのみならず、頭の中が混乱してしまい、いつまで経っても実務スキルが向上しません。
例えば労働基準関係では就業規則等に明記された退職金は労働者の権利(債権)として賃金に含めますが、労働保険においては退職金を賃金(保険料や保険給付金の算定基礎)から除外します。このような違いをきちんと認識し、適正に使い分けることが実務家の基本です。
賃金(労働基準関係)
賃金の定義
労働基準法では「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」であり、「①労働の対償として支払われるものであること、②使用者が労働者に支払うものであること、の2要件を同時に満たすもの」と定義しています。これは概ね労働保険徴収法の定義と同じです。
賃金に含まれるもの
基本給や一般の手当(役職手当、資格手当等)はもちろん賃金に該当しますが、一見すると恩恵的な給付や福利厚生、あるいは現物給付であっても、支給条件が明確に定められている場合や、労働者の実質的な利益となる場合には、例外的に賃金とみなされます。
具体的には退職金や慶弔見舞金規程に基づき支給される結婚祝金や死亡弔慰金、勤続慰労金なども賃金とされます。このあたりは労働保険など他の制度と根本的に異なる部分であり、使用者が労働者に支払いを約束した金員(=労働条件)は全て賃金とされます。
賃金(労働保険関係)
賃金の定義
労働保険(労災保険・雇用保険)において「賃金」とは、名称のいかんを問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うものを指します。なお食事、被服、住居の利益といった通貨以外のもので支払われる現物給与であっても、厚生労働大臣(または公共職業安定所長)が定める一定の範囲・評価額に該当するものは賃金に含まれる点にご留意願います。
賃金に含まれるもの
労働の対償として支払われる手当や給与は、原則としてすべて賃金に含まれます。たとえば基本給および諸手当(通勤手当、住宅手当、時間外手当、家族手当等)、年次有給休暇を取得した際に支払われる賃金等ですが、労働保険では賞与も賃金に含まれます。
なお恩恵的なもの(慶弔見舞金等)や、実費弁償的なもの(出張旅費等)、法律に基づく補償・給付金(育児休業給付金等)などは賃金には含まれません。
労働保険は労働により生じる保険事故(労災や失業)に対する保障(補償)を行うものなので、労働に直接関係しないものまで賃金に含めてしまうと、保険料や保険給付が不当に高額になってしまうため、労働基準法に比べて賃金とされる範囲が狭くなっています。
報酬(社会保険関係)
報酬の定義
健康保険法と厚生年金保険法において、「報酬」は「賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」と定義されており、金銭(通貨)のみならず通貨以外の現物(食事や社宅、通勤定期券など)も報酬に含まれる点は労働保険と同様です。
なお社会保険において「賃金」ではなく「報酬」と呼ぶ理由は、労働保険が労働者のみを対象としている一方で、社会保険は経営者(個人事業主を除く)も被保険者となるからです。賃金は労働契約が前提ですが、取締役や理事は委任契約に基づき役員(理事)報酬が支払われるため、これらを総称して「報酬」と呼びます。
報酬に含まれるもの
労働の対償として、経常的・恒常的に受ける金品や現物が該当します。具体的には基本給や諸手当(家族手当、時間外手当、通勤手当、住宅手当、宿日直手当)のほか、通勤定期券や無償で提供される食事や社宅などの経済的利益も報酬に含まれます。
注意すべきは社会保険において賞与は報酬に含まれない点です。労働保険は1年間に支払った賞与を含む賃金総額に基づき保険料を計算・納付しますが、社会保険は月給あるいは賞与を支払う都度、保険料を計算・納付するため、報酬と賞与を区別しています。
なお社会保険における賞与とは年3回以内の頻度で支払われるものをいい、年4回以上支払われる場合は報酬に含めることになっています。したがって賞与の支払があった月は、その月の報酬分と賞与分の社会保険料を別々に計算し、合算した額を翌月末までに納付します。
給与(税務関係)
給与の定義
給与とは所得税の課税対象となる各種所得(事業所得、不動産所得等)のうち、給与所得に該当するものをいいます。労働保険と社会保険では賃金と報酬を使い分けていましたが、給与には役員に支払われるものも労働者に支払われるものも、給与として取り扱います。
ただし法人税の計算において、労働者に支払う給与はそのまま損金(経費)算入できるのに対し、役員給与の場合は定期同額給与であること等の制約があります。また役職員が死亡した場合に遺族に支払われる未払給与は、遺族の給与所得ではなく相続財産(相続税)となります。
給与に含まれるもの
給与所得には通常の俸給、給料、賃金、歳費、賞与のほか、諸手当や現物給与(物や権利、その他の経済的利益による支給)も含まれます。なお労働保険料や社会保険料が「労働の対償性」の有無を基準としているのに対し、所得税は「経済的利益性」の有無に注目します。
したがって出張旅費(経費)や慶弔見舞金(非課税)は給与の対象外ですが、社会通念上相当と認められる額を超えた高額な支給については、高額な部分が経済的利益とみなされ、給与所得として取り扱われます(=課税されます)。
なお労働保険や社会保険では全額が賃金(報酬)とされる「通勤手当」ですが、給与においては通勤コストに相当する額は経費(=非課税)とみなされます。ゆえに通勤手当には公共交通機関を使用した場合とマイカー通勤の場合の非課税限度額がそれぞれ定められています。
まとめ
給与計算の大前提となる賃金、報酬、給与の違いを正しく理解し、適切に定義を使い分けることで、仕事の精度が格段に向上します。なお個人開業医などの個人事業者の場合は、自身に対して給与を支給しません。それは1年間の事業所得や雑所得の合計から経費および税金を控除し、残った額が自身の手取りとなるからです。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。
