労働保険と社会保険の違い
労働保険の特徴
雇用保険料も社会保険料と同じように保険料を労使で折半して負担し、被保険者負担分は給与から控除するが、労働保険と社会保険は保険料の計算方法や納付の仕方が大きく異なるため、労働保険料の基本的な仕組みを理解していないと、保険料を控除した後の処理に苦労する。
そこで本記事の前半では労働保険と社会保険の相違点および労働保険に特有の保険料の計算や納付の方法について簡単に触れ、後半からは給与計算実務における雇用保険料の控除方法および控除した後の会計処理等について解説してゆきたい。
賃金と報酬
給与とは税法上の用語であり、労働保険(雇用保険法、労働保険徴収法)では賃金、社会保険(健康保険法、厚生年金保険法)では報酬という。賃金と報酬という使い分けの理由は、労働保険が労働者を対象としているのに対し、社会保険では役員も被保険者とするためである。
賃金や報酬に含めるべき手当は下表のとおり概ね一致している。退職手当は労働基準法では労働者の権利という趣旨で賃金としているが、雇用保険料や労災保険料の計算に退職手当を含めてしまうと、保険料が不当に高くなってしまうため賃金には含めないことになっている。
保険料の計算方法
賞与については賃金もしくは報酬に含めるとしている。ただし労働保険は賞与を含めた1年間の賃金総額に保険料率を乗じて保険料を計算するのに対し、社会保険は報酬を標準報酬月額と標準賞与額に分け、これらを支払う都度、保険料率を乗じて保険料を計算する仕組みである。
労働保険料は事業場全体の保険料を計算して年度更新の時に一括納付するが、社会保険料は被保険者ごとに支払った報酬や賞与に応じた保険料を計算して都度納付する。
労働保険の内訳
労災保険と雇用保険の違い
労働保険料は労災保険料と雇用保険料から構成されており、給与計算に関係するのは雇用保険料のみである。それは雇用保険料が社会保険料と同様に労使折半で負担し、被保険者負担分を給与から控除しなければならないが、労災保険料は事業主が全額負担するからである。
ちなみに労災保険は労働基準法に定める事業主の災害補償義務が、事業主の資力不足によって履行されないといった事態を避けるために、労災保険が事業主の補償義務を代行するものである。ゆえに労災保険は強制加入であり、保険料の全額を事業主が負担することになっている。
さらに労災保険は個々の労働者ではなく、事業場単位で適用されるため、雇用身分や雇用期間や賃金の多寡に関わらず、その事業場で働く全ての労働者が補償の対象となる。つまり労災保険制度には被保険者という概念が存在しない。
雇用保険二事業
雇用保険は、失業給付や育児介護休業給付などを行う雇用保険の本体部分と、付帯事業として行う雇用安定事業(失業予防のための雇用調整助成金の支給等)および能力開発事業(正規雇用を目指す労働者へのキャリアアップ助成金の支給等)から成る雇用保険二事業がある。
保険料率だけを見ると雇用保険料は労使折半になっていないように見える。しかし、それは雇用保険料率と雇用保険二事業にかかる保険料率が合算されて表示されているからである。雇用保険二事業の保険料は事業主が全額負担するが、保険本体の保険料は労使折半である。
なお失業リスクの高い季節労働者や有期事業の労働者、日雇い労働者を多く使用する事業については、保険料率が高めに設定されている。
雇用保険料の控除と納付
概算保険料と確定保険料
社会保険料は、報酬や賞与を支給するごとに、被保険者の標準報酬月額もしくは標準賞与額に応じた保険料を徴収して納付するが、雇用保険料は労働保険年度(4月〜翌年3月)ごとに事業場全体の賃金総額に保険料率を乗じて得た額を一括納付する仕組みになっている。
これは労働保険料の年度更新といわれるもので、毎年6月1日〜7月10日の間にいったん当年度の概算保険料を納付しておき、翌年の同じ時期に賃金の支払い実績をもとに計算した確定保険料を申告して、概算保険料との差額を調整する仕組みになっている。
労働保険料は原則として毎年7月10日迄に一括納付するが、概算保険料が160万円以上の場合は、3期に分けて分納(延納)することができる。
雇用保険料の控除
ここでようやく雇用保険料の控除方法の解説である。雇用保険料は毎月の賃金や賞与の支給総額に、雇用保険料のうち被保険者負担分に相当する料率を乗じて得た額を、賃金もしくは賞与から控除するが、控除した額は社会保険料のように翌月末に納付しているわけではない。
これまで説明してきたとおり、労働保険料は年度単位で概算額を納付し確定額を申告して差額を調整する仕組みとなっている。よって給与から控除した雇用保険料の取り扱いは、社会保険料とはかなり異なる。両者の違いは会計処理のプロセスを比較することでよく理解できる。
労災保険が雇用身分や労働時間の多寡に関わらず全ての労働者を対象としているのに対し、雇用保険に加入するのは原則として週の所定労働時間が20時間以上の者となる。
雇用保険料の会計処理
給与支払時と月次決算時の仕訳
これは基本的な会計仕訳の例である。上段のT字フォームでは、給与の支払いにあわせて、労働者が負担すべき雇用保険料を控除し、職員預り金とした上で、差額を労働者に支給している。下段のT字フォームでは、月末に雇用保険の事業主負担分を法定福利費で計上している。
月末までに保険料を納付する社会保険料と違って、雇用保険料はすでに概算保険料として納付(仮払い)済である。したがって法定福利費と職員預り金の相手科目は現金預金のマイナスではなく、仮払金のマイナス(概算保険料の納付にかかる仮払金の残高消し込み)となる。
給与計算と確定申告の計算の違い
少し複雑な表を埋め込んでいるが、この表で伝えたいことは2つある。ひとつは、雇用保険料は労働保険年度の全ての労働者の賃金総額をもとに計算することについて、この表を通じてイメージを掴んでもらえたら…ということ(そのため確定申告書の雰囲気に似せて作ってみた)。
そしてふたつめは、雇用保険料の場合、事業主負担と被保険者負担という区分のみならず、固定給にかかる保険料と変動給にかかる保険料についても区分する必要があるということ。
その理由は、確定保険料はその年度中に支払った賃金ではなく、その年度において発生した賃金を元に計算するルールになっているからである。
少しわかりづらい解説で恐縮だが、経理経験者なら「確定労働保険料も、発生主義と期間損益の原則に則って計算するため」といえばピンとくるはず。つまり3月決算の企業であれば、決算整理を行う際に労働保険料の確定額も固まるということになる。
月給者の場合は、固定給を当月支給としている企業が多いが、残業代などの変動給については、翌月にならないと先月末日までの勤務実績が確定しないため、翌月の給料日に支給することになる。
労働保険の確定申告後の処理
このパートは人事というより経理サイドのトピックになってゆくが、労働保険料の確定申告を行うと、概算保険料との差額によって労働保険料の還付もしくは追納が発生する。また前述の表中において次年度に支払いの発生する変動給については決算整理仕訳が必要となる。
前項の表をもとに作成した事例
概算保険料70,000円>確定保険料66,593円(還付)
・概算保険料70,000円を仮払いして納付
・月々の給与支給時に被保険者負担額を給与控除
・月次決算で法定福利費を計上、職員預り金&法定福利費と仮払金を相殺
・次年度に支払う変動費を今期の費用に繰入(相手科目は未払費用)
・還付金3,400円と過払いの仮払金残高を相殺
・次年度で未払費用と仮払金の残額を相殺
前項の表をもとに作成した事例
概算保険料65,000円<確定保険料66,593円(追納)
・概算保険料65,000円を仮払いして納付
・月々の給与支給時に被保険者負担額を給与控除
・月次決算で法定福利費を計上、職員預り金&法定福利費と仮払金を相殺
・仮払金残高を超える分(仮払金の不足)を未払費用で計上
・次年度に支払う変動費を今期の費用に繰入(相手科目は未払費用)
・次年度で追納額1,600円(未払費用)を支払う
筆者が会計実務を離れてブランクがあること、また労働保険料の会計仕訳は、企業の会計方針によってそれぞれやり方が異なるので、実務を行う際は顧問税理士等に相談することを推奨する。
雇用保険料の控除まとめ
雇用保険料を給与から控除する方法は知っているが、その後の処理はわからないという人事担当者は珍しくない。しかし会計仕訳は無理としても、労働保険料の年度更新の仕組みを知ることで、給与から控除した保険料がどのように処理されてゆくのか想像することができる。
現在のところ労働保険料は社会保険料ほど高額ではないことから、割と大雑把に処理している企業は少なくない。今後は被保険者となる対象労働者が拡大されることから、雇用保険料のボリュームが大きくないうちに事務の流れを整理しておいた方が良いかもしれない。