はじめに
給与計算は支給額と控除額をそれぞれ計算し、両者の差額を給料日までに振り込む作業と総括できます。このうち控除については法定控除と法定外控除の2つがありますが、本記事では法定控除のうち社会保険料と雇用保険料について詳しく解説します。
法定控除=例外的処理
賃金全額払いの例外
労働基準法第24条では、事業主に対して賃金の全額払いを義務付けています。そのため、事業主が労働者の同意(労使協定の締結)を得ずに独自の判断で賃金から控除(天引き)を行う行為は、原則として同法違反となります。
しかしこれには例外が存在します。社会保険料や税金など法令によって定められている項目については、事業主が労働者の賃金から徴収し、労働者に代わって納付することが義務付けられています。この例外については、労使協定の締結は不要です。
法定控除は4種類ある
法令に基づいて事業主が賃金から控除すべき項目を「法定控除」と呼びます。給与計算実務における法定控除は以下の通りです。
- 社会保険料: 健康保険料、介護保険料、子ども・子育て支援金、厚生年金保険料
- 労働保険料: 雇用保険料
- 国税: 源泉所得税
- 地方税: 個人住民税
社会保険料の法定控除
社会保険料の計算
毎月の給与計算で控除する社会保険料は、「健康保険料」「介護保険料」「子ども・子育て支援金」「厚生年金保険料」の4つで構成され、これら社会保険料の算出には「標準報酬月額表」を使用します。標準報酬月額表には以下の2種類が存在します。
- 健康保険の標準報酬月額表: 健康保険料、介護保険料、子ども・子育て支援金(健康保険料と子ども子育て支援金は都道府県や保険者により保険料率が異なります)。
- 厚生年金保険の標準報酬月額表: 厚生年金保険料(全国一律の保険料率です)
各被保険者の報酬月額をそれぞれの表に当てはめ、対応する等級と標準報酬月額を決定した上で、定められた保険料率を乗じて月々の負担額を導き出します。
社会保険料の控除
社会保険料(健康保険・介護保険・子ども・子育て支援金・厚生年金保険)は、原則として労使で折半(50%ずつ負担)しますが、社会保険料は、月末時点において被保険者資格を有しているか否かに基づいて月単位で発生します。
そのため、当月分の労働に対する給与を当月内に支払う方式(例:月末締め・当月25日支払い)を採用している場合、給与計算時に月末の被保険者資格を確認できません。したがって翌月に支払われる給与から当月分の被保険者負担分を控除します。
社会保険料の納付
事業主は、給与から控除した被保険者負担分と事業主負担分を合算し、控除を行った月の末日までに日本年金機構(年金事務所)へ一括して納付します。納付された保険料のうち健康保険関連の資金は、日本年金機構を経由して以下の各機関へ振り分けられます。
- 健康保険料: 協会けんぽ等の健康保険保険者
- 介護保険料: 各市町村(介護保険の運営主体)
- 子ども・子育て支援金: こども家庭庁
雇用保険料の法定控除
労働保険の確定申告
雇用保険は、労災保険と共に「労働保険」として取り扱われます。労働保険料は、労働保険年度(毎年4月1日〜翌年3月31日)の1年間に事業所全体で支払った賃金総額に対し、業種別の労災保険料率および雇用保険料率を乗じて算出された保険料を、毎年7月10日までに申告・納付します。この手続きを「労働保険の確定申告」と呼びます。
なお厳密には、当年度分の概算保険料をあらかじめ納付しておき、翌年度の7月10日までに前年度の実績賃金に基づく確定保険料を計算して精算(差額の追納または還付)を行います。つまり毎年7月10日までに当年度の概算保険料を納付し、前年度の確定保険料の申告と精算を繰り返しますが、この一連の手続きを「労働保険の年度更新」といいます。
雇用保険料の負担方法
労働保険のうち、労災保険料については全額を事業主が負担します。一方、雇用保険料は「雇用保険本体部分(失業等給付・育児休業給付等)」と「雇用保険二事業部分(雇用関係助成金事業やポリテクセンターの設置・運営等)」に大別されます。前者の本体部分は労使折半で負担し、後者の二事業分は全額を事業主が負担する仕組みです。
年度更新時に年間の労働者負担分を一括して労働者本人から徴収することは、労働者の経済的負担が過大となります。そのため給与計算の実務では、毎月支払う賃金総額に労働者負担率を乗じた金額を、その都度給料から控除することになっています。
労働保険料の納付
労働保険料は、原則として事業所単位で年に1回(7月10日まで)都道府県労働局へまとめて納付します。なお、一定の条件を満たす事業者に対しては、年3回に分納を認める「延納制度(①7月10日・②10月31日・③1月31日)」が用意されています。
月給や賞与を支給する都度、保険料を納付しなければならない社会保険とは異なり、労働保険では毎月の給料から控除した雇用保険料を自社の会計において一時的にプール(職員預り金科目等)しておき、保険料の納付時にまとめて充当する形式をとります。
混乱しがちな論点
当月控除方式・翌月控除方式
給与計算システムの法定控除マスタを設定する際、社会保険料の徴収方法として「当月控除方式」と「翌月控除方式」のどちらを選択すべきか判断に迷うケースが見られます。
「月末締め・当月25日支払」の月給制では、当月の給与計算時に月末の被保険者資格を確認できませんので「翌月控除方式」を採用するのが原則です。一方で時給制の「月末締め・翌月10日支払い」のような場合、月末の勤怠実績確定後に給与計算しますので、当月分の社会保険料を当月の給与から控除する「当月控除方式」を選択することになります。
社会保険と労働保険
社会保険は法人の役員等も加入対象となるため、算定の基礎となる金額を「報酬」と呼び、労働保険は労働者のみを対象とするため、算定基礎は「賃金」と呼びます。なお、「給与」は税法(所得税法)上の用語であり、給与所得の元となる総支給額を指します。
また社会保険料は被保険者単位・月単位で納付しますが、労働保険料は事業所単位・年単位で納付する点が大きく異なります。例えば東京都にある歯科クリニックの場合、社会保険料率は30%にもなりますが、労働保険料率は1.65%に過ぎません。保険料の額が圧倒的に大きい社会保険料は支払いの都度、こまめに徴収・納付することが安全だからです。
まとめ
社会保険は健康保険の保険者(協会けんぽ等)、雇用保険は厚生労働省の公式サイトからそれぞれ最新の保険料率(額)表を入手できます。なお北海道歯科医師会国保など、国民健康保険組合に加入している事業者には法定控除はありません(各自が自身で納付します)。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


